第46話 アダマンタイン

「う、ううん……。んぁ?」


 俺は長い間眠っていた。眼を開けると垂れた金髪を耳に掛け、俺の顔を覗き込む美少女の姿があった。ぺったんこな胸のおかげで彼女の可愛らしい顏がありありと見える。そんなことを言ったら、俺は蹴飛ばされるだろうから黙った。


「お、おはよう、ディア。よく眠れた?」


 コルンは視線をそらし、俺の頭を撫でながら訊いてきた。


「膝枕してくれていたのか……。男嫌いなコルンが珍しい……」


 俺は起き上がり、体を解す。


「ふぅー、良い感じだ。よく眠れたらしい。コルン、ありがとうな」


「べ、別に、減るもんじゃないし……」


 コルンはぼそぼそと呟く。いつもより気迫がない。寒い空間にずっといたから風邪でも引いたのだろうか。


 俺はコルンの額に手を当てて熱は無いと知り、安堵する。魔法使いの体調は魔法に影響を及ぼす可能性が高いので万全な状態にしておかなければならない。浮いている途中に落下するなんて事態になったら大惨事だ。


「コルン、魔法使いは体調管理に人一倍気を使え。わかったな」


「わ、わかってるわよ。子供じゃないんだから……。学園でも添わったし……」


「そうか。なら言うことは無い。地上に出る準備はしてあるみたいだな。体を温めてから地上に帰還するぞ」


 俺は筋肉を動かし、体に熱を帯びさせる。


「はぁ……、準備運動程度にしておきなさいよ……」


 コルンは屈伸運動と跳躍だけしか行わなかった。それくらいで体が十分温まるそうだ。


 フィーアも目を覚ました。すぐに柔らかい体を伸ばし、美しい筋肉を解していた。


「ディア、握り飯だ。食っておけ」


 キクリは炊いた米を三角形に握った品を作り、俺達に手渡してくる。朝から米なんて贅沢だ。

 握り飯の中に梅干しが入っており、体に力が湧く。きっと傷を負っていない状態なら回復薬を飲むより、キクリお手製の握り飯を食ったほうが体力が増えるだろう。

 寝起きなのに、握り飯を食したらいつも以上に元気が湧いてきた。


「よし、地上に帰って現状をゲンナイに報告するぞ」


「了解」


 コルンとフィーア、キクリは頷いた。


 帰還方法はコルン頼りだ。幸い、天井の穴まで一直線で浮上できるので面倒な魔力操作が要らないらしく、八階層まで安全に移動できた。光源の魔石に魔力を込めて帰り道を把握したのち、鉱山を出る。


「はぁあああああああああああああ、そとだぁあああああああああああああっ!」


 俺達の感情は皆一致。

 日が丁度上ったころで、陽光が体に刺さる刺さる……。風呂に入っているみたいに気分が良い。

 やはり日の光は無くてはならない存在なんだなと思い知らされた。


 一応鉱山の入り口を封鎖しておき、ゲンナイの家に帰る。


「じっちゃん、ただいま」


 キクリが家の扉を開けるも、ゲンナイは仕事に行ったのか居間にいなかった。そのため、俺達は鍛冶場の方に向かい、声を掛けに行く。仕事中だからと言って報告を怠るわけにはいかない。


「ゲンナイ、仕事中に済まない。今回の依頼の結果を報告したいんだが……」


 俺は黙々と作業を進めているゲンナイに話しかけた。


「……い、生きておったのか」


 ゲンナイは金づちを落とし、俺達の方を見る。


「ああ、だれ一人掛けず、生きて帰って来た。依頼も無事、完遂した」


「は、はは……。そ、そうか……、そうか……」


 ゲンナイは膝を崩し、目頭を押さえる。案外心配してくれていたのかもしれない。


「えぇ……。おれ、じっちゃんが泣いているところ、始めて見た」


 キクリは目を丸くし、膝を崩しているゲンナイの姿に驚きを隠せていない。


「馬鹿野郎、泣いてねえ。灰が目に入っちまっただけだ……」


 ゲンナイは立ち上がり、鍛冶場を出て家の居間に移動する。俺達も居間に向かい、炭を焚いた囲炉裏の周りに座布団を敷いて座った。


「八階層のロックアントはすでに死にかけていた。何者かが攻撃した後だったんだ。その個体を駆除した後、脆い地面が抜けて新女王の巣穴に落ちた。死にかけたが、皆の力で討伐してきた。これで当分の間はロックアントの被害にあわない」


「驚いた……。ディア、お前は俺が思っていたよりもずいぶんと優秀な冒険者だったんだな。死にかけとは言えロックアントの女王を倒し、新女王まで狩ってくるとは……」


「はは……。運が良かった。以前、何者かが新女王に攻撃した痕跡があったから勝てたんだ。まあ、どう考えてもキクリの父親のおかげだな。俺達は後始末をしたに過ぎない」


「そうか、あやつが……」


「地下を捜索したが遺体らしいものは見つけられなかった。ロックアントは鉱物を食うから、骨まで食い荒らされたかもしれない。息子さんの亡骸を持って来れなくてすまない」


 俺はゲンナイに向って頭を深く下げる。


「気にするな。生きるも死ぬも、自由だ。あいつが選んだ道を否定はしない。だが……、あいつの存在が無駄じゃなかったと言うのなら、息子も本望だろうよ」


 ゲンナイはパイプを吸い、遠い目をしていた。


「今、鉱山にロックアントの女王二体の素材がある。小人族達と共に回収しに行ってくれないだろうか?」


「もちろんだ。なんなら奴らが溜めこんだ鉱石類を掻っ攫ってやる。良い鉱石を見つけるのが美味い奴らだからな。一〇年もの間、溜め込んでいるはずだ。ディアの目的を息子の代わりにわしが遂行する」


 ゲンナイはパイプをひっくり返し、燃えた香草を囲炉裏の中に入れる。


「じっちゃん! おれにも手伝わせてくれ! おれも、ディアの武器を作りたい!」


 キクリは立ち上がり、橙色の瞳を輝かせた。


「半人前が出しゃばって良い仕事じゃない。息子の仇を打ってくれた冒険者の武器作りだ。どれだけ重要な仕事かわかっているのか?」


 ゲンナイは睨みだけで人が殺せそうなほど鋭い眼差しをキクリに向ける。だが、キクリは引かずに口を開いた。


「おれ、冒険者になってみる。冒険者ならおれの特技がいっぱい活かせるんだ! ディアの冒険が終わったらおれも一番しっくり来た職業一本に絞る! だから、今は半人前だ。でも、やる気だけなら本業の者たちにも負けない自信がある!」


 キクリは大きな声で言い切った。その張りのある声を聴いただけでやる気が漲っているとわかる。


「…………ふっ、冒険者か。ここにいるだけじゃ、絶対に見つけられなかった選択だな。良いだろう。武器作りを手伝わせてやる。だが、わしはただの武器など打たんぞ。一〇年以上募った鬱憤を力に変えて傑作を生みだす。ちんたらしとったら何もできず終わるからな。覚悟しておけ!」


 ゲンナイは鉄製の帽子を被り、ピッケルやスコップ、工具を持って家を飛び出した。


「ちょっ! 待ってよ、じっちゃん! 皆に報告してからじゃないと危ないよ!」


 キクリはゲンナイを追い、家を飛び出す。


「やる気になってくれたみたいだな」


 俺は焦燥感溢れる居間で呟いた。


「そうみたいね。で、私達はこれからどうするの?」


 婆さんのようにおっとりした表情のコルンは囲炉裏で温めたお茶をコップに移し、軽く啜る。


「そうだな……。俺達もゲンナイたちの手助けをするか。もしかしたら宝石が見つかるかもしれないぞ」


 俺は女が好きそうな話しをした。仕事を終えた新人冒険者のやる気を再度上げるのも熟練冒険者の役目だ。


「ふーん、私、宝石に興味ないな……」


 コルンはお茶を啜り、宝石に無関心だった。珍しい女もいたもんだ。


「私も興味ない。宝石なんてただの石にしか見えん」


 フィーアは腕を組み、胡坐をしていた。胸が無ければ美形の男と見間違えそうになるほど堂々とした恰好だ。


「お前ら……、ほんと冒険者気質があるな」


 俺は苦笑いを浮かべながら、後輩たちの女っぽくない部分を垣間見る。


 俺も一服するためにお茶を飲んだ。緑茶と呼ばれる紅茶になる茶葉を青い状態で使った飲み物。苦味が強く、眠気が飛ぶ。

 珈琲みたいな飲み物だが、後味はすっきりしておりとても飲みやすい。寒さが厳しいので暖かい飲み物がより一層美味く感じた。


「よし、行くか」


 俺はコップを床に置き、立ち上がる。


「ちょっ……。もう行くの?」


 コルンは俺を見て、顔を顰める。まだ、まったりしていたいようだ。


「ここでずっと休んでいるわけにはいかない。多くの者に手を貸してもらったんだから他の者の仕事も手伝わないとな」


 フィーアはお茶を飲み終わった後、すっと立ち上がる。ほんと腰が軽い奴だ。


「はぁ……、やるしかないか……」


 コルンはため息をつきながらお婆さんのようにのっそりと立つ。腰が重すぎるだろ。


 俺達は鉱山に歩いて行った。すると小人族が何名も走っている。木箱にロックアントの素材が入っており、皆で運び出していた。


 小人族は見事な連携で鉱山内にある魔物の素材を隅から隅まで集めていく。


 俺達も手を貸した。素材を運んだり、岩壁に埋まっている鉄を採取したり、地面を掘ったり……。

 魔物を倒すこと以外の雑用も冒険者は行わなければならない……と言う決まりは無いが、行ったほうが信頼を得られる。

 信頼は冒険者にとってなくてはならない繋がりだ。信頼を失った者から死んでいく。そう言っても過言じゃない。


 俺達は最下層で新女王を倒した場所までやって来た。多くの小人族が地面を掘り起こし、岩の中から新女王の素材を採取していく。

 その中に、ボロボロだが活路を開いてくれた大剣があった。キクリは泣きながら頬擦りしており、頬が土塗れになっていた。


「親父の武器……」


 キクリは大剣を綺麗に磨く。俺じゃなければまだまだ使えそうだ。


「キクリ。今は情よりも仕事の方を優先しろ」


 ゲンナイはキクリに鋭い視線を送る。


「わ、わかってる。ちょっと懐かしんでいただけ……」


 キクリは大剣を置き、鶴嘴を持って地面を割っていく。

 俺達も手伝い、女王の素材を集める。

 俺が道具を使うと耐久力を奪ってしまう可能性があるので素材運びに徹する。皆が長い間、素材を採取し、土や泥まみれになったころ、キクリ達が何かを見つけた。

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