第51話 コルンの機嫌
「お腹が減ったわ! 食事に行きましょう!」
扉が勢いよく開き、コルンとキクリが入って来た。
「…………か、鍵は?」
俺はフィーアの腕を持ち、内側に入ろうとしているころだった。苦笑いをしながらぽつりと呟く。
「かかってなかったけど」
コルンはゴミを見るような目で俺を見下してくる。手に顕現させた杖をパシパシと叩き、手の平に息を吹きかけていた。
「ちょ、ちょっと待て。ご、誤解だ! 俺はフィーアに抱き着かれてだな。そこから這い出たところだったんだ」
俺は事実を言う。まあ、今は入ろうとしていたわけだが……。
「ディア……、シャワー気持ちいいか……。私が全部洗ってやるからな……」
フィーアは寝言を呟いた。頭の中で俺とシャワーに入っている場面を想像しているのだろう。
「ね、寝言だ。事実じゃない。フィーアだけ、シャワーを浴びたんだ。俺の体を嗅いでみろ、汗臭いぞ!」
「へぇー、そうなのー。まあ、別にディアがフィーアとシャワーを浴びようがどうでもいいけどね! 二人で勝手に寝てればいいわ! 私はキクリと食事してくるから!」
コルンは俺を打たず、服を脱ごうとしているキクリの手を取って部屋から出て行った。
「ん……。コルンの声がした気がするんだが」
フィーアはようやく目を覚まし、あくびをした。
「フィーア、さっさと着替えろ。俺達も食堂に行くぞ」
「ああ、もうそんな時間か……」
フィーアは短パンと楔帷子、胸当てを付け、ローブを羽織り、出発する準備を終えた。
俺は盗まれたら大変なアダマンタイン製の大剣を背負って部屋を出る。鍵をしっかりと閉め、人がいきなり入ってこないように配慮した。
コルン達を追いかけて食堂に向かう。食堂に到着すると泣きながら食事をしているコルンと目新しい料理を楽しんでいるキクリの姿があった。
「はぁ、はぁ、はぁ。コルン、フィーアから話しを聞いてくれ」
「よくわからないが、コルンが泣いている理由は私にあるそうだ」
フィーアはコルンと話し合った。するとコルンの方が顔を赤くし、俺に謝って来た。
「早とちりしてごめんなさい……。ディアがフィーアを襲ってると思って……」
「ば、馬鹿野郎。規則を破るようなことはしないって言っただろ」
――危うく破るところだった。コルン達が来なかったら顔を乳に埋めていたな。
「感謝をしないといけないのは俺の方だ。えっと、俺はフィーアと一緒にいたら落ち着けないと気づいた。キクリ、俺と部屋を変わってくれないか? 俺はコルンと一緒にいた方が安心できるんだ」
「ん、そうなのか。なら別にいいぞ。コルンの長話を聞くのは面倒だったからな。フィーアの方が気楽そうだ」
俺とキクリは互いに意見が一致した。
「な、なによおっさん。今更、私と一緒の部屋に潜り込んでくるなんて気持ち悪い。そもそも安心できるってどういう意味よ……。ふ、不愉快だわ」
コルンは先ほどまで泣いていたのに今は頬が膨らむほど、にんまりとした顔を浮かべている。――こいつの感情変わりすぎだろ。
「いやぁ、フィーアが色っぽ過ぎて目のやり場に困るんだ。コルンと一緒なら、気にする必要がないから規則を破ることが無くて安心できる」
「…………」
コルンの頬が風船のようにパンパンに膨れ、魔法杖で顔を思いっきり叩いてきた。
「ごはっ!」
俺は小柄なコルンの力で軽々吹っ飛ばされる。
「ばーか、ばーかっ! ちびっ! 雑魚っ! 変態っ! 子供体型で悪かったですね!」
コルンは何度も罵ってきた。実際、俺はフィーアに手を出そうとしていたので何も言えない。
特大プリンで機嫌を直してもらい、夕食を終える。俺とコルン、キクリとフィーアが部屋に入った。コルンは扉の内鍵をしっかりと閉める。
「何気に、二人で宿の部屋に泊まるなんて初めてだな」
俺は大剣をベッドの近くの壁に立てかける。
「そ、そうね……。フィーアの家で居間に寝泊まりしたことはあったけど、宿では初めてね」
コルンは寝間着を換装し、魔法使いの姿から半そで短パンになり子供っぽさ全開になる。
やはり、フィーアと比べると明らかに色気が無い。これなら問題なさそうだ。
「コルンはシャワーを浴びるか? それとも、魔法で体を綺麗にするか?」
「無駄にお金を使いたくないから、魔法で綺麗にするわよ。気分は悪くないし、魔力量もある。なら魔法を使わない理由がないわ。『クリーン』」
コルンは詠唱を呟き、足下に魔法陣を展開した。コルンの金髪や白い肌がじゅわーっと潤い、汗や皮脂汚れが浮かび上がって完全に消える。
「ふぅ、すっきりした。ディアにもしてあげようか?」
「そうだな。頼む」
俺も体を魔法で綺麗にしてもらった。さっぱりしたが、やはりお湯で体を洗ったほうが爽快感があって好みだ。
俺は防具とローブを脱ぎ、武器の状態などを点検した後、歯を磨いた。服を脱ぎ、内着と下着だけの状態でベッドに倒れ込む。
「ちょっと、なんでそんな恰好をしてるの」
「いや、気温が結構暑いだろ。寝間着なんて着ていられるか」
「はぁ、これだからおっさんは。まあ、照明を落とせば見えなくなるし、どうでもいいけど」
コルンもベッドに寝転んだ。二人用のベッドに子供体型の俺達が並んでも広々と仕えた。
「はは、俺達の体型なら一人用のベッドでも十分寝られるな」
「じゃあ……、試してみる?」
コルンはベッドの上を転がり、俺の隣で止まった。
「な、なんか近くないか……」
俺の背中にコルンの背中がくっ付く。
「そう? でも、ベッド一台分に二人が乗るって考えたらこれくらいくっ付かないと無理なんじゃないかな」
コルンは背中をぴったりと合わせてくる。なんなら、更に押してきた。
「ちょ、押すなって。落ちるだろ」
「わかった。押さないように逆を向く」
コルンは俺の背なかに抱き着きて来た。フィーアよりも年が近い姉弟に見えるかもしれない。だが、コルンの体型が子共なので犯罪臭は少なかった。
「別に抱き着かなくてもいいんじゃないか。ちょっと子供っぽいぞ」
「子ども扱いするな……。私はもう立派な大人なんだよ……」
コルンは力を入れながらぼそっと呟く。
「年齢から考えればな。だが、俺からしたら、コルンはまだまだ子供だ。親と子くらい歳が離れてるから、そう見えるのかもしれない」
「年齢とか関係ない……。見た目もどうでもいい。私は性格重視なの……」
「ん……。なんの話しをしているんだ?」
「何でもないけど……、私を子ども扱いしないで。浮気と同じくらい駄目なことにする」
「まあ、コルンが言うなら……」
俺は振り返り、不貞腐れているコルンに抱き着いた。
「へ?」
コルンは驚いた声を出し、氷漬けにされたように身が硬直した。
「コルンが大人だって言うなら、おっさんに抱き着かれても構わないだろ」
「ちょ……、いきなり抱き着かれたら心臓に悪いから……」
「はは、やっぱりコルンはまだまだ初心だな。そう言うところがお前らしくて可愛らしい……」
「うぅぅ……、み、耳元でそんなこと言うな。恥ずかしすぎるだろ!」
コルンは俺を突き飛ばし、ベッドの外に出した。俺は硬い床に衝突し、鈍痛が全身に走る。
「いてて……、何だよ、コルンが子ども扱いするなって言うから大人の女にするような発言をしたのに……」
俺はベッドによじ登り、顔が真っ赤になっているコルンと視線を合わせる。
「はぁ、はぁ、はぁ……。そ、そう言う大人扱いじゃないっつーの!」
コルンはベッドの上を転がり、端っこに行ってしまった。俺とコルンの間にベッド一台と半分くらい空き、仲が悪い夫婦の距離感になる。
「あぁー、なんだ。俺は頭が悪いからさ、コルンが思っていることと違うことをしているのかもしれない。何度も怒らせてすまないな。でも、コルンがいなかったら今の俺はいない。だから、誰よりも感謝してる。一緒に冒険してくれてありがとう」
俺はコルンに感謝の気持ちを伝えた。気持ちは伝えられるときに伝えておいた方がいい。伝えようと思っても相手がいなくなってからでは遅いのだ。
「…………」
コルンは何も言わなかった。でも、聞こえて入るはずだ。
「じゃあ、お休み」
俺は黙りこくるコルンに睡眠時の挨拶をして枕に頭を埋め、眠った。
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