第50話 休憩

「うううっ、うううぇえ……」


 コルンは大海原に朝食を吐き戻した。もったいないが、仕方がない。彼女は特段酔いやすい体質なのだ。

 俺はコルンの背中をさすり、毎度のことながら子守をする。


「うぅ、ディアぁ……、気持ちわるぃよ……」


 コルンは涙目になり、顔が青い。絶不調なのが丸わかりだった。


「そう言われてもな。俺はいつも通り、お前の背中をさすってやるくらいしかできないぞ」


「それでもいいからずっとして。あと、手も握ってて……」


 コルンは小さな手を上げる。弱々しい手で赤子と誤認しそうだ。


「はいはい。わかったよ」


 俺は左手でコルンの背中をさすりながら右手で彼女の右手をぎゅっと握る。


「船に乗って酔うってどういう感覚なんだ?」


 キクリはあまりにも余裕の表情だ。発言から考えて乗り物酔いをした経験が無いのだろう。


「お酒を飲み過ぎて視界が回ってる感じ……」


 コルンは羨ましそうにキクリを見た。


「へぇー。船に乗るだけでそんな状態になるんなんて、魔法使いは大変だな」


「皆が皆、私みたいに酔いやすい訳じゃないわよ……。私は天才から特段……うげぇぇ……」


 コルンは喋りながら海に吐き戻した。もう、酔い過ぎて心配になる。子供が風を引いて寝込んでしまったから冒険者の仕事ができないと言っていた同僚の気持ちが今になってわかった。確かに目が離せないな。


 俺達は船の上で半日凄し、クゴウチ国の港にやって来た。運んでくれた漁師の小人族に感謝し、クゴウチ国の検問を無事通過。

 コルンが死にかけていたので二日から三日くらい滞在して飛行船でルークス王国に帰る算段を立てる。


 クゴウチ国の飛行場に移動し、三日後にルークス王国に向って飛ぶ飛行船の搭乗券を四人分購入し、出発時間を確認してそこはかとなく良い宿を探す。良さそうな宿を見つけ、借りようとしたところ……。


「ただいま二人部屋しか空いておりません。それでもよろしいですか?」


 受付の男性が宿の状況を教えてくれた。コルンの翻訳魔法の効果でルークス語に聞こえる。ほんと便利な魔法だな。


「んー、じゃあ、二人部屋を三室借りれば……」


「バカ。それじゃあ無駄なお金を使うじゃない。お、おっさんは私の部屋で寝ればいいわ」


 コルンは俺にもたれ掛りながら提案した。もたれ掛るのは体調が悪いと言っているので仕方がない。ただ一緒の部屋でも良いと言うのはなぜだろうか。前は頑なに嫌がっていたのに。


「いやいや、コルンは可愛いからディアに何かされるかもしれないだろ。おれなら何をされても問題ないから、ディアはおれがいる部屋で寝ればいい」


 キクリは反対方向から俺の腕を引く。

 いや、キクリも可愛いから困るんだが。そもそも、何をされても問題ないって……。そんなことを言われたらおじさんは盛大に勘違いしちゃうぞ。


「待て待て、二人共。男と女は一緒の部屋で寝ない方がいい。その方が安全だ。俺だから良いが、他の冒険者の男に同じような発言をするなよ。手を出されても一緒の部屋を借りたと言うだけで無理やり手を出してきたと誰も信じてくれなくなる」


「ばぁーか。あ、あんたにしかこんなこと言う訳ないでしょうが……」


「おれはディア以外の男と寝るなんて嫌だぞ」


 コルンとキクリは俺を相当信用してくれているようだ。だが、俺もいっぱしの男だ。可愛らしい女と同じ部屋に二人きりで泊まったらどうなるかわからん。というのはおっさんの俺だ。今は子供。何も心配する必要がない。


 その後、コルンとキクリが言い合いを始めて取っ組み合いになった。


「はぁー。二人が喧嘩するからディアは私の部屋で寝ろ。それでいいだろ」


 フィーアはコルンとキクリの仲裁を行い、俺と同室を望んだ。


「フィーアが良いと言うのなら、そうさせてもらおう。その方が喧嘩しなくて済むからな」


「むぅうううっ!」


 コルンとキクリが何も言い返せず、頬を膨らませながら黙りこくる。


 俺とフィーア、コルンとキクリは二人部屋に向かい、室内に入った。

 一人用のベッドが二台置いてある部屋かと思ったら二人用のベッドが置いてある部屋だった。

 硬貨を入れたらお湯が出てくるシャワー室があり、近代的だ。わざわざお湯を運ぶ手間が省ける。


「ふぅー。疲れたなぁー。おお、ディア。このベッド、すごいフカフカだ」


 フィーアは子供っぽくベッドのマットレスで跳ねて遊んでいた。その都度、そこはかとなく大きい胸がふわふわと弾み、俺の視線が上下する。はっと気づき、頭を振るった。

 アダマンタイン製の大剣をベッドの横の壁に立てかけ、備え付けられていた椅子に座る。


「ディア、潮風のせいで体がベトベトだから風呂に入りたい。そこはどうやって使えばいいんだ?」


 フィーアはシャワー室を指さした。


「ああ、構わないぞ。いくらだ?」


「えっと……、読めん」


 フィーアはシャワー室に書かれているクゴウチ国の文が読めなかったようだ。

 俺は部屋を借りるためにコルンの翻訳魔法を丁度受けていたので、代わりに読む。


「一分銀貨一枚って書いてある。結構するんだな。まあ、汗を流すだけなら二、三分で十分だと思う」


「わかった」


 フィーアはボンサックから銀貨三枚を取り出し、羽織っていたローブをおもむろに脱ぎだした。革製の胸当てを外し、鎖帷子を脱ぐと綺麗な黄緑色のブラジャーが露になる。


「ちょちょ、俺がいなくなった後、脱衣所で脱げよ」


「ああ、すまんすまん。いつもの癖が出た。なんなら、一緒に入るか? その方が利口だろ」


「ば、馬鹿野郎。一緒に入れるわけないだろ」


 俺はシャワー室をさっさと出る。


 フィーアはボンサックを持ち、シャワー室の前にある脱衣所に入る。俺はフィーアの天然な行動に心臓を高鳴らされてばかりだ。


 ――おっさんの俺にとってもフィーアは年上のお姉さんなわけで、正直めっちゃ好み……。森の民出身だから顔は言わずもがな。礼儀正しく天然な行動がお茶目。乳や尻も大きめで色気がすごい。子供の俺でもそんな目で見えてしまうのだから相当だ。あの女が歩けば何人の少年が性に目覚めるのだろうか……。


「って、いかんいかん。俺の方が惑わされてどうする」


「ふん、ふふん、ふふんー。ひゃ、冷たい」


 シャワー室から聞こえるフィーアの驚いた声が部屋に響いた。

 今、フィーアは全裸でシャワーを浴びている。そんな姿を想像したら下半身が軽く反応してしまった。やはり、子供でもあの女は性の対象になってしまうらしい。


「俺が八歳のころ、女なんて気にせず、ずっと鍛錬してただろ。なに目覚めているんだ」


 俺は椅子に座って瞑想を行い、ふしだらな妄想を消す。三分でシャワーの音が止まった。


「あれー、体を拭く布が無い」


 フィーアは脱衣所から出て来た。もちろん全裸だ。

 俺はすぐに後ろを向いた。だが、脳内にフィーアの綺麗な体が軽く焼き着く。


「ディア、布はどこだ?」


 フィーアは何も感じていなさそうに言う。


「し、シーツでも使って吹けばいいだろ」


「なるほど」


 フィーアはベッドの上に敷かれていたシーツを剥ぎ、濡れた体を拭いた。全部拭き終わるとシーツをベッドに投げ捨て、脱衣所に戻る。


「……あのシーツ、羨ましい奴め」


 俺はフィーアの乳や股間に擦りつけられたシーツに嫉妬した。ただの布が羨ましく思うなんて重症だろ……。


「ふぅー、さっぱりした。ディアも入ればよかったのに」


「お、お前はもっと自分の可愛さを自覚しろ。お前といると正直、心臓が持たん」


 俺は腕を組みながらおっさんの本心をフィーアに伝える。


「なんだー、ディア。私を可愛いと思ってたのか? それを言うなら、ディアも可愛いぞ」


 フィーアは俺の両脇に手を入れ、抱き着いてきた。

 身長がフィーアの方がデカいので、はたから見たら姉と弟のように見える。下着姿だからか、後頭部に当たる柔らかい感触が直に伝わって来た。


「私、兄弟が欲しかったんだが、待てど暮らせど出来なかった。ディアは兄でもあり、弟っぽさもあるから、私好みだ」


 フィーアは俺を抱きかかえながらベッドに倒れ込む。


「こうやって弟をぎゅっと抱きしめながら一緒に眠ってみるのが小さな夢だったんだよな……」


「お、俺は弟じゃないぞ……」


 ――ち、乳が柔らかい……、体からめっちゃ良い匂いがする……。ま、待て待て、落ち着け俺。冒険者パーティーの中でこんな感情は不要だ。絶対に良い流れにならない。でも、呪いが解けて冒険者を引退すれば……。はは、ありえないな。


「すぴぃ……。すぴぃ……」


 フィーアはあっという間に眠ってしまった。寝つきの良さは冒険者にとって必要不可欠な能力だ。新しい寝床に倒れ込んでものの一〇分。健やかな入眠だ。


「たく……。おっさんをドキドキさせやがって。う……、こ、こりゃ、たまらんな……」


 振り返ると超絶美女がほくそ笑みながら眠っていた。

 艶やかな緑髪と真っ白な肌が魔石の白っぽい照明に照らされており、色気をむんむんに放っている。頬の傷なんて全く気にならないほどの美しさだ。

 横向きに寝ているせいで胸が腕に潰され、いつも以上に飽満に見えた。谷間に顔を埋めたくなってしまうくらいに淫らだ……。無垢な寝顔と厭らしい乳との差が大きく、なぜか萌えそうになる。

 くびれから盛り上がるように安産型の尻と太すぎず細すぎないツルツルの長い脚。こんな女が隣で寝ていたら、大半の男が襲っている。

 おっさんの俺だって襲えるのなら食べつくしたい。


 だが、だが! 今はくしくも子供ゆえ、目の前の贅沢品に手が届かない。


 俺は半泣きになりながら、贅沢品をありありと見つめる。見るだけなら無料だ。


「この天然美女は何を考えているんだか……。ちょっと触れるくらいなら……。いやいや、駄目だ駄目だ。だが、抱き着いてきたのはフィーアだし、俺からも抱き着いていいのでは?」


 俺は生唾を飲み、フィーアの腕の内側に潜り込もうとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る