第7話 死闘
「『身体強化』『筋力上昇』『肉体活性』」
パルディアは身体強化系魔法をいくつも身に纏わせる。
「ああ……、もっともっと続けていたかった。だが、そろそろお開きにせねばならん」
パルディアは腹部から大量の血があふれ出ており、体の動きが鈍っていた。それにも拘わらず傷を治そうとしない。
元はアンデッドだ。きっと聖水(コルンのション便)による傷は治癒できないのだろう。だが同時に俺は感じていた。彼は人間の魂のまま戦いたいのだと。
「あんた、名の知れた冒険者だったんじゃねえか? 俺は知らねえがその強さをもっていたら確実に名が知れ渡っているはずだ。どうもお前は俺と似ている……。俺が死ぬ前にお前の話しを少し聞かせてくれ」
「われの話しなどどうでもいい。だが、ここまで楽しませてもらった礼だ、良いだろう。われはただただ戦い、血に飢えながら生きてきた。多くの魔法を生み出し、竜族にも勝る力を手に入れた! だが! われは人族だった。老いにだけは勝てなかった……。それが悔しくて悔しくて悔しくて仕方がなかった。気づいた時にアンデッドになっていた。それだけのことだ。特段、面白い話しでもなかろう」
「いや……。パルディア、あんたはすげえよ。老いに勝とうとするなんて……。俺は三八歳ですらもう人生を諦めちまった……。俺とあんたは全くの別人らしい」
「だが、ディア。きさまは今もなお、われの前に立っているだろう。その時点で誇れ。われを前にして五種類以上の魔法を見た者はおらん。きさまをわれの最後の好敵手として認めてやる! 特級のアンデッドから認められた金級冒険者ならば、拍が付くだろう。まあ、きさまが生きて帰れたらの話しだがな」
パルディアは今日、一番良い笑顔を浮かべ、剣を構えた。
雑な構えだが、全身から大量の魔力を消費しているのが目に見える。最後の一撃になると察した。
「俺は……、さっき人生最大の大技を使った。もう、あれ以上の技は出せない、そう決めつけていたのかもしれない。だが、パルディア。お前と戦ってわかった。リッチになってまで老いに抗い、泥臭く高みを目指していくのもバカみたいにカッコいいんだな!」
俺は大剣の柄を拉げさせるくらい思いっきり握り、一度も成功した覚えがないルークス流剣術の奥義を放つことした。
師匠の技を何度も見てきたし、泥臭く練習し続けてきた。だが、一度も成功した試しがない。だが、ここで使わなければ一生使えずじまいだ。心残りなんて、残したくない。ただ死ぬか、奥義を決めて死ぬか、そんな考えが脳内で巡る。
――嫌だ、まだ死にたくない。だから、俺はあの男に勝つ! 特級のリッチに勝って、冒険者ギルドにカッコよく凱旋してやる! 冒険者人生最後の幕引きに特級のリッチを倒したと言う名誉を持ちかえってやる!
「ふっ、目の色が変わったな。生きたいか。当然の感情だ。だが、そうやすやすと生き残れると思うなよ。いざ、参る! 『死の残花』」
パルディアは石床を破損させながら接近してくる。残像が見えるほど速く、稲妻のように急激に進行方向が変わり、建物内に爆音が響いていた。
「お前を倒すっ! ルークス流剣術奥義! 『ニガレウス撃流連斬!』」
俺は集中し、大剣を右後方に流しながら、一歩踏み出す。一歩一歩踏み出すごとに体に力を溜めていく。加えて光のごとき速度で脚を動かす。脚を動かすたび体に力が溜り、大剣に流してく。
ニガレウス撃流連斬はマゼンタ撃斬の力、シアン流斬の流れ、フラーウス連斬の速度を掛け合わせた奥義だ。二種類を掛け合わせるだけでも難しいと言うのに、三種類なんて神業としか言いようがない。だが、今の俺は人生の最高潮にいる。
「ハハハハハハハハハハっ! 素晴らしいっ! 良いぞ! もっとだ! もっと気持ちを上げろ! 本気のきさまを倒したい!」
パルディアが持つ漆黒の剣と力が溜まりまくっている大剣が連続してぶつかり合う。そのたび、辺り一面の壁に大量の罅を走らせ、窓ガラスが弾け飛ぶ。建物が軋み、床がぬけそうだ。だが、そんなことを考えている暇はない。
「おらああああああああああああああああああああっ!」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
俺の雄叫びとパルディアの甲高い笑い声が屋敷の広間で反響し合っていた。何分剣をぶつけ合っただろうか。わからない。だが、俺の限界が近いことは確かだった。
目は充血し、奥歯を噛み締めすぎて血の味がする。今更、パルディアの助言を思い出した。
――い、息、息をしろ! 窒息するぞ!
だが、気づいた時、すでに息着く暇など無かった。もう、一分も動いていられない。俺の余命は残り一分だ。この間にパルディアを倒しきらなければ、俺は死ぬだろう。だが、それも悪くないと思える。
ただ、心残りを残さないよう、死力を尽くす!
「グおらアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「認めてやる! 剣術においてわれが見てきた冒険者の中できさまを超える者はいない!」
俺は人生の大先輩であるパルディアに認めらた。嬉しくないわけがない。だからこそ、勝ちたかった。
――これが失敗したら、俺は死ぬ。だが、しなければ勝てない!
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ……、おっ!」
俺はパルディアの剣を大剣と共に流した。すぐさま、左腰に掛けてある銀剣の柄を握る。俺の右横に力を流され、身が前に仰け反っているパルディアがいた。
「スゥ……。お前の力、借りるぞ!」
俺はシアン流斬により、パルディアに付与され筋力の代わりとなっていた魔法を身に流した。魔法に耐性が無い俺が大量の身体強化魔法を身に纏った状態になれば、即死してもおかしくない。だが、今までニガレウス撃流連斬を使用し、体が極限状態になっている。その影響もあり、強大な力に身が慣れていた。
「俺は、冒険者だ! 同じ相手に何度でも同じ技を使う! そう、倒せるまでな! 『ニガレウス撃流連斬!』」
俺は身体強化魔法すら、銀剣に流し、パルディアの体に打ち付ける。
「ふっ……。見事……」
俺が持つ銀剣がパルディアの背後に突き刺さり、そのまま石床に衝突。巨大な爆発音を鳴らしながら、石床が崩壊し、一階に落下。パルディアの肉体は散り散りになる。
『あー。楽しかった……。だが、すまない。われはアンデッドだった。まあ、それは手向けだと思ってくれ』
パルディアの声が薄れゆく意識の中で聞こえた。手向けとは……。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。う……、もう、限界……」
俺はリッチの根城で倒れ、意識を失った。
意識を失ってからどれだけ時間が経っただろうか。思い出せない。
俺は屋敷の中で未だに倒れていた。割れた窓ガラスの奥が明るいため外は朝らしい。半日眠っていたのか。はたまた一日眠っていたのかわからない。
「えっと……。俺は、生きてるんだよな……」
俺は立ち上がり、歩き出した。喉の調子がいいのか、いつもより声が高い気がする……。少々疑問に思いながらも割れた窓ガラスに映る自分を横目で見た。頭に疑問符が浮かび、二度見した後、しっかりと見る。
「は? え……、ちょ。はああああああああああああああああああああああああああっ!」
ガラスに映っていたのは黒髪短髪の少年だった。顔に皴や染みなど無く、歯の形からして乳歯が残っているっぽい。黒い瞳に眼付きが悪く、寝不足のような憎たらしい雰囲気。目尻の近くにあるほくろの位置まで、なにもかも昔の俺と同じだ。
「な、なんで、俺は若返ってるんだ!」
俺は特級アンデッド、リッチを倒した影響で若返ってしまった。理由として思いつくことは……。
「もしかして、リッチの呪いか……。これが手向け? いやいや、いやいやいや……。こんなちんちくりんの体にしやがってあの野郎っ! 何が手向けだ! ただの嫌がらせだろ!」
俺は確実に人生で一番楽しく苦しかった対戦相手のパルディアに向って叫ぶ。
「くっそ……。こんな体じゃ、風俗すらいけねえじゃねえか……」
俺は身に纏っていた大人用の服が全く合わず、ローブを羽織ったようなだぼだぼの状態で歩いていた。一度立ち止まり、下半身を確認。
「うわ……。可愛い。俺の子供のころってこんな感じだったんだな。って! 悠長なこと言ってられるか!」
俺は自分の息子の貧弱さを再確認し、叫ぶ。
「落ち着け、落ちつくんだ、金級冒険者ディア・ドラグニティ。俺の経験からこの後どうすればいいのか考えろ。体は幼くなったが知識はそのままみたいだ。力は……」
俺は木製のテーブルを見つけ、拳を叩きつけてみる。普段なら容易く壊せるのだが……。
「いった! いったああっ!」
俺は右手を抱え込みながら転がるしまつ。どうやら、肉体は子供に戻ってしまったらしい。
「うぐぐ……。とにかく、ここから早く出ねえと」
俺は靴すら合わず、天井が割れたおかげで壁に使用されていた薄い木材が破損していたのを見つけ、足裏に合う板を二枚手に取る。折れた銀剣で長ズボンを半ズボンする。余った布を使い、木の板と共に簡単な履物を作った。ガラスを踏んだら危険だからな。
俺は大人用の半ズボンを履いてみると切れ端がくるぶしに掛かるほど身長が縮んでいた。
「アンデッドがいなくなっているのが不幸中の幸いか。必要なものだけ持って早くここから出ないとな」
今は体が小さくなったことを悲しむよりもこの場からすぐに退散することの方が重要だと考え、大剣を探した。一階の床に転がっており、持ち手を掴む。
「ふぐぐぐ……。お、おっも! こんなのブンブン振りまわしてたのかよ……」
俺は大剣を両手で持ち上げることが出来ず、穂先をずるずると引きずりながら移動させるしかなかった。
銀剣の方は腰に掛け、折れた長さが身長似合っていた。パルディアを倒した記念品だ。持ちかえらないわけにはいかない。
長袖のすそを捲り、胸当てだけを付けながら廃墟を出る。
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