第6話 一筋の光
「はぁ、はぁ、はぁ……。死ぬとわかっていると逆に冷静になるぜ……」
折れた銀剣はリッチに効果が全く無かった。なら、こんな負け試合にこそずっと付き添ってくれた愛剣を使うのが手向けってもんだろ。
俺はコルンのション便塗れになっている大剣の柄を持つ。あまりに可愛そうだ。だが、拭きとってやれるほど時間がない。
「『死の弾』」
リッチは大量の魔法陣から高速で黒い弾を発射してきた。先ほどの『死の光線』は建物を貫通していなかった。つまり、生きている物体にのみ効果がある。
「シアン流斬!」
俺は受け身の型である剣戟を使い、迫りくる黒い弾を大剣で弾いていく。
「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらっ!」
もう、声を出さないとやっていけない。今、黒い弾に当たったらどう考えても死ぬ。死と生の綱引きを行っているようで心臓がずっと高鳴っていた。
「ははははっ! やりおるなっ!」
リッチも気分が高まっていた。全弾打ち切ったらしく、黒い弾は飛んでこなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。舐めるなよ……。ここまで生き残って来ただけの根性はあるんだ。時間をまだまだ稼がせてもらうぜ!」
俺は床を走る。戦わなければいけない状況なら守るより攻めろ。守っていても良いことは無い。俺の長い冒険者経験から言えることは逃げられないとわかった時、攻めるしかないと言うことだ。
――だが、相手はブラックベアーじゃない。討伐難易度特級のリッチだぞ。ブラックワイバーンや邪竜、クラーケンなんかと同じ化け物だ。俺が勝てる確率なんてゼロに等しい。
俺はすでに負ける前提で動こうとしていた。そんな甘い考えをしていたため、頭を振る。
――ああそうか。神様が俺の冒険者の終わりにこんな強敵と鉢合わせてくれたと考えればいい。ずっとずっと憧れていたカッコいい冒険者像をここで体現するんだ。それで死ぬのなら、本望!
「行くぞおらあっ! 戦い後の筋肉痛なんて気にしてる場合じゃないぜ!」
俺は大剣を右後方に引き、足を溜める。
リッチは同じ技を同じ相手使うなんて愚の骨頂と言っていた。だが、俺は同じ技を繰り返すしか能が無いおっさん冒険者だ。実際、ルークス流剣術くらいしか、老いた俺の取り得が無い。
ルークス流剣術はルークス王国で広く普及した剣術だが、それも昔の話しだ。まあ、最近の戦闘は魔法主体で剣術を使う者はほとんどいない。だが、魔法が使えない俺にとってはここまでの人生を繋いでくれたありがたい剣術だ。極めたとまではいかないが、それなりの自信がある。長い間磨き続けた技術を今ここで、リッチに思う存分ぶつけてやる。
「フラーウス連斬!」
俺は大きな雷鳴音を鳴らしながら、走る。脚が引き千切れそうになるが走れているので繋がっているとわかった。すでに筋繊維がズタボロだ。若いころなら問題ないが、今の俺が何度も行える代物じゃない。だが今、俺はリッチの後方に付いている。またと無い好機だ。
「うむっ、やはり、早いの」
リッチは振り向き際に魔法陣を展開させていた。
――こいつ、無詠唱も使えるのか。さすがリッチ。伝説級だぜ!
「おら!」
俺は大剣の長さを利用し、魔法陣ごとリッチの右脇から左肩にかけて振り上げる。
「グオオオオオオオオオッツ!」
リッチの体に燃えるような傷跡が生まれた。
俺は訳がわからない。
同じようにリッチも何が起こっているのか理解していなかった。
「くっ、これは……」
リッチは黒いローブに付いている染みを触る。
「ぐあっ!」
リッチの指が燃え、震えながら痛み出した。
「きさま、いつの間に聖水を……」
アンデッド系は銀と聖水などの聖なる力に弱い。だが、俺の銀剣は壊れ、聖水など元から持っていない。そもそも大剣に付いていた液体は……。
「あいつのション便、聖水なのか……」
俺は苦笑いと共に、一筋の光を得る。
「ふ、ふふふっ、フハハハハハ! 久しぶりの痛み……。やはり良いな。戦いはこうでなくては面白味が無い!」
リッチは後方に下がり、骸骨の癖に盛大に笑っていた。奴の生前は戦うのが大好きな戦闘狂だったのだろう。たった三○年で特級のリッチにまで昇格するアンデッドだ。元の人間が相当強かったに違いない。
当時八歳だった俺に、公明な魔法使いの名など知る由もなかった。だが、時を超えて互いに磨き合った武術を競い合えることの楽しさを死が首元に掛かる今、感じてしまっている。
この戦いが最後になるのなら、俺は命を容易く懸けられる。それだけ、一瞬一瞬が全身に活力を漲らせてくれる。歳を重ねるごとに何をするにしても刺激が少なくなり、ただただ老いていくだけの人生、それはそれで素晴らしいが、俺の求める一生じゃない。
「俺は冒険者だ……。安定なんて糞くらえ。強い魔物を狩って狩って狩りまくって俺の名をこの世界に轟かせる! それが俺の夢だった。今ここでその夢を拾わせてもらう!」
「ハハハハハッ! よかろう、このプルウィウス卿が相手をしてやる。小僧、掛かってこい。だが、一つ助言をしてやろう。息をすることを忘れるな、戦いの合間に窒息死するぞ」
リッチの体に肉が纏わりついてくる。そのまま、リッチの足裏が床に付くとフードを取る。
「この方が、楽しめるだろう」
リッチは人の体を手に入れた。そんなこと、俺はあり得ないと思いながら、不気味な笑みを浮かべる強敵に、全身が震えている。
今は死が怖いから震えているわけじゃない。あの者に俺の全てをぶつけたくて仕方がないのだ。
「この体は生前のわれの姿を模したものだ。急所は変わらん。今一撃貰ったからな。血も流れる」
リッチの腹部を見ると大きな傷がついており、血が床に滴っている。
「本物の血ではない。だが、魔力だ。大量に流れれば体が鈍る。今のわれに攻撃すれば、どのような武器であろうと攻撃が通る」
「なぜ、そのようなことをする。死にたいのか?」
「違う。そうではない。われは死闘を望んでいる。この方が楽しいだろう。それだけだ」
リッチは身長ほどの杖を剣に変えた。
「あとな、この体の方がわれは強いぞ。早々に死んでくれるなよ小僧」
リッチの不気味な微笑みは人族の顔が戻ってからより一層深みを増した。俺よりも若い。
ざっと二十代前半の顔立ちだ。好青年と言っても良い。髪は黒く短い。だが、雰囲気は歴戦の猛者、巨大な壁、大樹、火山かと思うほど力量に差がある。だが、俺は落ち着いていた。
「俺の名前はディア・ドラグニティ。金級の冒険者だ」
「ふっ、律儀な奴だな。だが、嫌いじゃない。われの名はパルディア・ディル・プルウィウス。ただの魔法使いだ」
パルディアは漆黒の剣の柄を握り、身を屈める。
「『加速』」
バルディアは石床を破壊するほどの加速を見せ、俺の眼の前に剣を突き出してくる。冒険者の勘が剣身に切られたら終わりだと直感した。
「シアン流斬!」
大剣を小剣のように使い、漆黒の剣を後方に流す。
「やはり! 即死はせぬかっ!」
パルディアは背筋が凍りそうなほど屈託のない満面の笑みを浮かべ、攻めてくる。剣の心得は無いようだが馬鹿力と魔法で補っていた。
リッチなのかと疑わしいほどの筋力があり、耐え続けるのは不可能。だが、こちらから攻めさせてもらえる雰囲気は無い。
「『剣速強化』」
パルディアが詠唱を放つと剣速が二倍になった。
「ふざけるな。ずる過ぎだろ!」
「力の差にずるなど無いだろう。ほらっ! もっと踊れ!」
パルディアは気高く笑い、剣を振り回してくる。この男に剣の心得があったら俺は即死している。
俺はだてに剣術を習っていたわけじゃない、パルディアの体の動きから剣筋の予測がある程度できる。だが、それにしても攻撃が早すぎる。
――こいつ脳が何個あるんだ! 魔法を発動しながら高速で動くとか普通じゃないぞ。
パルディアは剣に魔法を付与しながら、他の魔法も同時に使っている。
大量の魔力があるから。はたまたリッチだからかは知らないが、俺はたまらないほどゾクゾクしていた。
「ウィリデ流連斬」
俺はルークス流剣術の癒しの型を使う。相手の攻撃を連続でいなし、呼吸法により体力を回復させる剣術だ。
パルディアが隙を見せるまで持ちこたえなければ、勝機が無い。なら、耐えてやる。
大剣と漆黒の剣が何度も何度も打ち合い、広間の中で金属音が幾度となく重なる。
「ハハハハハっ! 楽しいっ! 楽しいぞっ! ディア、よくこの緊張感の中、剣を振れるな! やはり経験か! 死を前にした時の腹の座りようは素晴らしいものがある!」
パルディアは酒でも飲んだのかと思う程上機嫌だ。俺との戦闘が相当楽しいのだろう。中身は爺さんの癖に、やけに子供っぽい野郎だ。だが、楽しいのは俺も同じだったから何も言い返せない。
「あんたみたいな強者に褒めてもらえるなんて、俺の人生も無駄じゃなかったみたいだ」
俺達は剣同士をぶつけ合いながら会話し、奴の心を感じる。死んでいるリッチから流れ込んでくる高揚感に俺も当てられ、死の恐怖を感じなくなっていた。
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