第5話 討伐難易度特級

「今のところ、雑魚ばかりで助かっているが……。震えが止まらねえ……」


 俺の手は未だに震えていた。大量のアンデッドを討伐しているので多少なりとも恐怖心が減っていいと思うのだが、昨日と何も変わっていない。


「やっぱり、この屋敷に討伐難易度が二級以上のアンデッドがいる。いや、どう考えても一級か。もしくは特級……。コルンを早く見つけて徹底しなければ、ここが俺の墓場だ」


 一階は全て探し終えた。だが、コルンの姿はなくアンデッドばかり。銀剣の耐久力がみるみる減っていく。大剣で攻撃しても致命傷にならないので光属性魔法が使えるコルンを早く見つけたい。


「はぁ、はぁ、はぁ……。コルン! どこだ! いたら返事をしてくれ!」


「でぃ、ディア……。き、来ちゃ駄目! 早く逃げて!」


 コルンの声が屋敷の中で最も豪華な扉の奥から聞こえた。


 俺は最悪な雰囲気を扉の奥から感じ、即死を考え、回復薬を一本飲んでおく。回復薬を出し惜しみをしている場合じゃない。


「コルンっ! 無事か!」


 俺は大剣で扉を切り開き、罠に警戒する。


「ば、馬鹿ぁ……、な、何で来たの……」


 コルンは腰を抜かし、薄汚れた高級なカーペットの上に座り込んでいた。大量に漏らしており、今も震えている。だが仕方がない。なんせ、恐怖を目の当たりにしているんだ。


 今、コルンが死んでいないのは光属性魔法の乱打を放ったからだろう。後方に焼け焦げた跡は無いが、前方は部屋の壁、絵画、天井のくすんだシャンデリアなどことごとく黒くなっている。

 加えて、目元を両手で覆い、一級のアンデッドを討伐したコルンの光属性魔法をもってしてもほぼ無傷な化け物がいる……。


「久しいのぉ。人間に合うのは……」


 俺の経験からして言葉を放つ魔物の時点でやばい。


 目の前にいたのは霊系アンデッドの最上位、討伐難易度特級のリッチだった。


 肉や眼球、鼻がない頭蓋骨。肋骨や背骨が丸見えの体。だが、黒い高級なローブを羽織り、明らかに質が良い魔石が付いた大鎌を持っている。

 死神と言う単語が一番早く脳裏に浮かんだ。


 脚が震え、手に冷や汗を掻きまくり握力が無くなっていく。その為、銀剣の柄が上手く握れない。


 俺は特級を前にしたことが初めてではない。ただ以前は逃げ、隠れ、他の冒険者にまかせっきりだった。

 だが、今、この場にいるのは俺とコルンのみ。このまま何もしなければ、死ぬのは明白。言葉を出そうにも過呼吸になっているせいでコルンに指示が出せない。


「お、おっさん! わ、私が時間を稼ぐから、早く逃げて! こ、こんな化け物、私達だけじゃ倒せない!」


 コルンは大きな魔石が先端に着いた杖をリッチに向ける。


「『シャインレーザー!』」


 コルンは光属性魔法を放つ。杖先が眩い光を放ち、光が集まった筒状の一撃が発射される。


「『闇切り』」


 リッチは刃渡り三メートル長、持ち手が二メートルはある大鎌を縦に振るう。

 大鎌の刃が『シャインレーザー』を切り割いた。加えて光が闇に呑み込まれ、コルンの目の前に黒色の斬撃が飛ぶ。


 コルンは俺の方を向き、悔しそうに泣いていた。


「『フラーウス連斬!』」


 俺は考えるよりも先に雷が落ちるような歩行音を鳴らしながらコルンを抱える。そのまま黒い斬撃を交わすように右方向に飛ぶ。後方を見ると、部屋の入口が大きく抉れていた。


「ほほぉ。今の一撃を回避するか。面白い……」


 リッチは頬肉すらない骸骨なのに笑っているように見えた。

 その顔があまりにも恐怖で俺の背筋が凍る。

 コルンは死を感じたのか目をぎゅっと瞑っており、子供のように震えていた。


「コルン……。逃げるぞ」


「わ、わかった。今の私じゃ、あの化け物に勝てない……。で、でも、助かるの?」


「わからない。だが、新人冒険者を助けるのは熟練冒険者って相場が決まってるんだよ!」


 俺はリッチを後目に外が見える窓ぎわへと走る。


「させぬわっ!」


 リッチは骸骨と思えない速度で移動し、俺の首筋に大鎌を振りかざしてくる。


「『シャインバインド!』」


 コルンが放った光属性魔法は大鎌を跳ねのけ、リッチを一瞬で拘束する。だが、一〇秒も持たないだろう。


「くっ……、こざかしい」


 リッチがひるんでいる間に俺は窓を開け、コルンを投げ捨てる。コルンなら、風属性魔法で上手く着地できるはずだ。


「おっさんも、早く!」


 コルンは投げ飛ばされている状態で手を伸ばしていた。


「お前は逃げろ。俺は……、ここに残る!」


「なっ! ば、馬鹿なの! おっさんに何ができるの! 私の光属性魔法も効かなかったんだよ! ちっぽけな銀剣じゃ絶対倒せない!」


「だが、二人で逃げ切れるとも思えない。なら、もう冒険者を引退するおっさんと将来有望な若者なら、俺が残るに決まってるだろ。コルン、生きろ!」


「でぃ、ディアの馬鹿あぁああああっ!」


 コルンは木々が生えている庭に落下した。


「最後くらい、カッコつけさせてくれよ……。ふらあああっ!」


 俺は後方に迫りくる死を銀剣で切り裂く。巨大な鎌と銀剣が眩い火花を散らしながら衝突し、停止。俺とリッチは対面から衝突した。


「くっ……、骨の癖に力が案外ありやがるな!」


「われの専門は魔法だが? おぬしの力が非力なだけではないかー?」


「なら、なぜ魔法を使わない……」


 俺は巨大な鎌を跳ねのけ、銀剣でリッチの体に何度も切り込む。だが、リッチの匠な鎌さばきに俺の普通の剣戟は通用しなかった。


「お主は魔法が使えないのであろう。なら、同じような戦い方で勝ち、完全な敗北と言う恐怖をお主に与えたくてな」


 リッチはにんまりと笑い、全身から恐怖と言う名の威圧感を放つ。だが、リッチが本気を出さないでいてくれているのは好機だった。


「ほんと、魔法使いって言う種族はどいつもこいつも性格が悪いな……」


 ――奴が俺を舐めている間に、俺の最速と最大火力を打ち込む。出し惜しみして体力が尽きたら終わりだ。


「スゥ……、はっ!」


 俺は息を大きく吸い、リッチを跳ねのける。多少、空間が開き、加速するための助走が可能となった。


「男の雰囲気が変わった……。先ほどの高速移動を繰りだした時と似ているな。魔法以外であれほど加速できるのも珍しい。直に見させてもらうとしようか……」


 リッチは舐めた言動を吐き、鎌を構える。隙が多く、誘っているようにも見えたが攻撃に出ないと言う選択しは無い。


「はぁああああああああっ! 『ルフス撃連斬ッ!』」


 俺は大木を叩き割るほどの強烈な一撃が放てる『マゼンタ撃斬』と雷鳴の如く移動し、相手に気づかれる間に切り割く『フラーウス連斬』の合わせ技『ルフス撃連斬』を放つ。

 時が止まって見えるほど加速し、銀剣に俺の全運動力が乗るように床が抜けそうになるほど思いっきり踏み込んだ。すると石製の床が蜘蛛の巣状に破損。体の節々が悲鳴を上げるが、気にしていられない。俺の死力を今ここで使わず、どうすると言うのだ。


「俺の人生最後の一撃だっ! 食らいやがやがれっつ!」


 銀色に輝く銀剣が空気の摩擦で発火し、火を纏う。真っ赤な銀剣がリッチの鎌の刃を破壊しながら、右肩に振り下ろされる。だが……。


「なっ……」


 銀剣はリッチの肩の骨に触れると、中央から前方が粉々に破損した。


「強力な一撃に銀剣の方が耐えられなかったか。だが、良い物を見せてもらった」


 リッチの鎌が長い杖に変わる。俺は今すぐ後方に下がらなければならなかった。だが、技の反動で体の筋肉が硬直し、上手く動かない。


「『死の光線』」


 リッチと俺の間に、真っ黒な魔法陣が浮かび上がる。確実な死。攻撃に当たればそうなることくらい容易に想像できる。

 体は技の反動でただでさえ動けないのに、恐怖でさらに委縮した。後方に飛んでも死ぬだけ。両側に飛んでもリッチが体を動かせば終わり。もう、突破口は前しかない。


「おらああああああああああああああああっ!」


 俺は大声を出し、魔法陣から魔法が放たれる前にリッチに突進する。魔法陣をすり抜ける瞬間は血の気が引いたが生きていた。


「なっ!」


 リッチは予想していなかったのか動きが鈍った。骸骨が猪のように低い姿勢からの突進を受け止められる訳がない。加えて俺はリッチの脚を両手で抱え込み、浮かせるように持ち上げて地面に叩きつける。

 リッチが仰向けになった影響で魔法陣も上を向く。魔法が発射されるとどす黒い魔力の粒子が飛び、天井を移動していた鼠が灰になって死滅した。


 俺はリッチの首に折れた銀剣で切りつけるも、効果が無かった。


「こざかしい」


 リッチが手を払いのけると俺は軽く弾かれる。


 この時、俺の体の筋肉は硬直しておらず、疲労がたまっているのみ。石造りの床を転がると背中から水がしみた。何事かと思い、体勢をすぐに立て直す。俺がいた場所はコルンがへたり込んでいた場所だった。


「これ……、あいつの。くっそ。ション便塗れで殺されるとか勘弁してくれよ……」


 窓際から中央に向って攻撃を開始してからいつの間にか入口付近に戻ってきていた。リッチは古びた椅子の前に悠々と立っており、余裕の表情だ。


「おい、リッチ。お前は魔法を使わないんじゃなかったのか……」


「お主が全力を見せた。だから、われも全力の技を使った。まさか回避されるとはおもわなんだがな。われもまだまだと言うことだ」


「このまま見逃してくれてもいいんだぜ……。お互い、全力を出し切ったと言うことで……」


「はははッ! このように楽しい交戦を今更止めるなどできるものか。全力の技を使った。なら、次は小手先の技を使う。だが魔法使いが同じ技を同じ相手に使うのは愚の骨頂。同じ技は使わんよ。さあ、耐えてみよ、冒険者!」


 リッチは背後に小さな魔法陣を大量に生み出した。視界に入るだけで恐怖するほどの数。ざっと六六枚以上。今の俺に、あれだけの物量を防げるとは思えない。だが、防がなければ死ぬ……。

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