第4話 ロリっ子の依頼

「あら、案外乗りきじゃない。私の軽い挑発に乗るなんて、ぷぷぷっ、ざっこ」


「舐めやがって……。俺は引き返してもいいが、お前が仕事先であっけなく死なれても寝覚めが悪い。これは……仕方なくだ。熟練冒険者が新人冒険者を見る研修だと思え」


 俺は腕を組みながら、心境の変化を無理やりこじつける。


「ま、やる気になってくれたのならいいわ。場所はルフンクリン。ここから、走って三カ月くらいかかる場所ね」


「はぁ……、遠いな。馬車で行きたいが金がねえ……」


「ため息が多いわね。大人のくせに金が無いとか、ほんとゴミ人間じゃない。そんなんで、よく金級の冒険者なんて名乗れるわね。なっさけないおっさん」


 コルンは思ったことをそのまま口にする性格なのか、俺が気にしている部分を殺意ある言動で如く撃ち抜いてくる。


「ぐ、うぐぐ……。仕方ない。走っていくか」


 俺は体力が無い状態でコルンの依頼を手助けするため、目的地であるフルンクリンに走っていくことになった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。き、きつい……。なんで山は傾斜が多いんだ……」


 俺は息を荒げながら、山道を上っていた。


「ほら、さっさと付いてくる。年下の女の子にすら走りで負けるとか、糞雑魚じゃん」


 コルンは自身に身体強化魔法を付与し、俺よりも先を走っている。魔法はずるいだろ……。


「くっそ……」


 俺は金級冒険者としての誇り、男としての威厳を取り戻すべく血反吐を履く思いでコルンを追った。


 三カ月の間、俺は朝起きて夜寝るまで走り続けた。といっても、俺がほぼ野営の番をしていたのでしっかり眠れたのは移動中に見つけた村の宿に泊まれた時くらいだ。


「いい! 絶対に襲わないでよ! 臭いおっさんに襲われるとか死んでも嫌だから!」


「誰が、お前みたいなちんちくりんのクソガキを襲うか。立ちもしねえよ」


「それはただ、あんたが勃起不全なだけでしょ。へっ、糞雑魚じゃーん」


「くっ! 言わせておけば……」


 実際、その通りなので俺は何も言えなかった。


 こんな日々が三カ月。俺はコルンに何度も何度も罵倒を浴びせられ、何度見捨ててやろうかと思ったことか。だが、二級の依頼を受けている新人を放っておくわけにはいかなかった。

 コルンも自分が難しいことをしようとしていると理解しており、俺を罵るのは緊張をほぐすためだと酒を少し飲んでいた時、ぼそぼそと呟いていた。そんなことを言われたら、離れるにも離れられないだろうが……。


「ここか。雰囲気がやけに重いな」


 俺達はフルンクリンの廃墟に偵察にやって来た。仕事をする前に状態を知っておいた方が成功率が上がるのだ。


 俺達が来た場所は街外れにある廃墟で、昔、有力だった貴族の別荘だったとか。そのため、やけにデカく、外見は綺麗に見える。ただ、大量の蔦が巻き付いた鉄格子や鼠やモグラが穴を掘った形跡、岩壁の風化具合を見るに、相当昔から放置されている場所のようだ。


「おい、コルン。今回の依頼は二級じゃない。どう考えても一級だ。お前、何年前の依頼を受けたんだ?」


 俺の長年培ってきた冒険者の勘が『ここはやばい』と言っている。


「……さ、三〇年前」


 コルンは苦笑いを浮かべ、指先を突きながら言う。


「馬鹿野郎! なんて依頼を引き受けているんだ!」


「だ、だって! こんなことになってるなんて思わなかったんだもん!」


「昔の判定の甘さで二級の依頼だぞ。加えて三〇年前だ。三〇年前で二級なんて今の時代じゃ一級以上もあり得る。ここにいるだけで身が震えるのがわかるだろ。体が拒否してるんだ」


 俺の手の平を見ると、地震が起こっているわけでもないのに震えまくっていた。武者震いなんかじゃない。完全に体が恐怖し、強張っている影響で震えている。


「でも、私達は冒険者だ! 困っている人達を放っておけない!」


 コルンは正義感を危険な地に向かう理由にして依頼続行を正当化した。


「駄目だ。これは俺達がするような依頼じゃない。王都に戻って報告するのが正解だ」


 生憎、馬車を借りられるだけの資金は移動中に確保できていた。三〇年もの間、何も起こっていないのなら、俺達が王都に戻っている間に何か異変が起こる可能性は低い。


「相手は悪霊よ。私の光属性魔法があれば負けない。こう見えても討伐難易度一級のアンデッドを屠った経験が学生時代にあるんだから!」


 コルンは学生時代に一級のアンデッドを討伐しているという実績を持っていた。


「な……。そ、それは凄いな……」


 俺は討伐難易度三級のブラックベアーまでしか屠れていない。

 一級のアンデッドを討伐した実績があるコルンだからこそ、理屈が通る。


「でも駄目だ! お前は天才かもしれないが、経験が浅すぎる。今まで学生だったガキが冒険者を舐めるな。ここは熟練の俺を信じろ。早死にしたくないだろ」


「……くっ」


 コルンは俯きながら俺に背を向けた。そのまま、フルンクリンの宿に戻る。


 宿に戻ってから、一泊し、次の日の朝に王都に向けて出発する算段を立てていた。


 俺とコルンは別々の部屋で眠り、一夜を明かす。


 俺は出発時刻の朝八時に宿の食堂で待っていた。だがコルンの姿が見えない。あいつは時間厳守が口癖なくらい時間にうるさい奴だ。そんな奴が送れるなんて……。


「まさか……」


 俺は最悪の事態を想定し、コルンが寝ていた部屋の扉を叩く。


「おいっ! コルン! 起きてるか! 起きてるなら、返事をしろ!」


 部屋から何も反応がない。


「無言を貫くならお前が裸でいようと中に入るからな!」


 俺は部屋の取っ手を握り、下げる。そのまま引く。鍵は掛かっていなかった。生唾を飲み、部屋の中をそっと見る。中にコルンはおらず、机の上に手紙が置いてあった。


 『清掃の方、この手紙を見つけたらゴツイ大剣を持ったおっさん冒険者に渡してください』


 二つ折りにされた紙を開く。


 『おっさんは王都に行って現状を報告して来て。私は少しでも悪霊の数を減らしておく。本当にやばいと思ったら逃げるから、心配しないで。コルン』


「馬鹿野郎!」


 俺は手紙を握りしめ、移動費に当てるはずだった金を使い、フルンクリンの武器屋に向かう。

 腕が良い鍛冶師が作ったと言う悪霊やアンデッド系に効果がある銀剣の状態を見る。魔物や盗賊を狩って得た金を全てつぎ込み、良い銀剣を購入した。店主が気を利かせてくれて二本の回復薬(ポーション)もまけてくれた。ものすごくありがたい。


 俺は準備を早急に整えて廃墟に向って走った。山道を走るのに比べたら屁でもない。


「はぁ、はぁ、はぁ。くっ……あのクソガキ」


 廃墟のデカい鉄格子が開いており、何者かが入った形跡がある。


 ――コルンのやつ、ビビりの癖にカッコつけやがって。あいつを止められなかったのは俺の責任だ。金級の癖に俺に威厳が無かったから。無事でいろよ、クソガキ!


 俺は辺りを見渡しながら、冷や汗を無理やり掻かせてくるほどの悪寒を放つ屋敷に向かう。


「コルン! コルン! どこだ!」


 俺は薄暗い建物の中を警戒しながら歩き、声を張ってコルンを探す。一部屋一部屋、扉を蹴り開け、コルンが倒れていないか調べた。


「グオオオオオオオオオ……」


 真っ黒なボロボロの布を被ったようなアンデッドが浮遊しながら俺を出迎えた。噛まれたり、鋭い爪で裂かれれば俺の身が呪われ、最悪死に至る。だが、ただの霊系アンデッドなら、銀剣で討伐できる。


「おらっ!」


 俺は左腰に掛けた銀剣の柄を握り、勢いよく抜剣して斜め下から切り上げる。


「グギャアアアアアアアッ!」


 アンデッドは銀剣に切られた部分から焼かれ、消滅。


「一体、討伐。だが……、この数は異常だ……」


「グオオオオオオオオオ……」


 俺の周りから壁をすり抜け、霊系のアンデッドがパッと見だけで二〇体以上。壁や扉を見ても、コルンが光属性魔法を放った形跡はない。どうやら、コルンに合わないよう隠れていたアンデッドたちが俺を餌食にしようと這い出てきたらしい。


「はは、良いぜ。来いよ。新人の尻を拭かなきゃならねえのはいつも俺達熟練なんだよ!」


 俺はコルンを探しながら、アンデッドたちを討伐していった。討伐難易度四級以下のアンデッドなら銀剣でどうにでもなる。だが、討伐難易度が三級以上のアンデッドは光属性魔法か聖水ほどの力が無いと討伐が不可能だ。

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