第3話 新人ロリっ子魔法使い

「えっと、大丈夫か?」


 俺は乾いた布をボンサックから取り出し、少女に渡す。


「う、うう……。臭い……」


 少女は俺が渡した布を顏にゴシゴシと当てながら、言いやがった。


「悪かったな、臭くて」


 俺は額に静脈を浮かべかけたが冷静になる。若い奴の言うことだ、気にしていたらきりがない。


 可愛らしい少女はお漏らしでもしたのか、股部分の地面が茶色に変色していた。


「も、漏らしてないから! み、水属性魔法が掛かっただけだから!」


 少女は俺が何を考えていたのか察したらしく、吠えた。まあ、小型犬に吠えられている感覚に近く、恐怖心は無い。


「災難だったな。八体のコボルトに襲われるなんて」


 俺は倒したコボルトの胸を裂き、魔石を回収。討伐難易度が低くとも、金になるのだから回収しなければ損だ。


「た、助けてくれて……、ありがとう」


 少女は感謝し慣れていないのか、小さな声で恥ずかしそうに言う。

 可愛い子から感謝されるのは気分がいい。

 俺は澄ました表情で右手を軽く上げ、聞いていたと知らせた。魔石の回収をすぐに終わらせる。


「魔法を撃つ時は標的をもっとよく見て撃て。あれだけの火力が出せるのなら、コボルトを恐れる必要はない。じゃあな」


 俺は木々に空いている大穴を指さし、少女に伝えた。彼女は優秀な魔法使いになる。そんな雰囲気がした。まあ、実戦経験の浅さから考えて最近まで学園で魔法を学んでいた学生だったのだろう。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 少女は布で股を拭いた後、俺の後を小走りでついてきた。身長は一四八センチメートルくらい。小柄だ。胸や尻はローブのせいでよくわからないが、身長からして小さいだろう。


 俺はココロ村に到着し、人生最後の冒険者依頼を受ける。


 森の中でコボルトの群れを見つけ、罠に懸けながらほんろうし、大量にほふたっあと、残ったこまごまとした個体を丁寧に狩っていく。一体でも残せばまた増えていくので、丁寧な仕事を心掛けなければならない。


「ギャガガガガッ!」


 慎重に行動しすぎていた俺は後方のコボルトに気づけなかった。昔なら容易に反射神経を駆使し、返り討ちにするのだが俺の頭は働いてくれず、酒を飲んだようにボーっと立ち尽くしてしまう。


「『シャインレーザー』」


 光の弾道が見えるとコボルトの眉間が黒く焼き焦げており、俺にのしかかるように倒れた。


「お前……」


 俺はコボルトの背後に立っていた先ほど助けた少女を見る。


「ぷぷぷっ、間抜けなおっさん。コボルトにビビッて動けないとか雑魚雑魚なんですけど」


 少女は生意気なにやけ顔を浮かべ、頬を膨らまし、口を手で押さえながら憎たらしく言う。


 ――お前が言うか……、舐めやがって。


 俺は本心を飲み込み、いったん腹式呼吸をする。ガキに向きになるような大人ではない。


「助かった。感謝する」


 俺が少女に頭を下げると、少女はなぜか困った反応をした。


「ちょ、良い大人がなんで年下に謝ってるのよ。気持ち悪い」


「助けてもらったんだ。大人も子供もないだろう」


「は? ば、馬鹿にするな! 私は一八歳の大人だ!」


 少女だと思っていた者は成人していた。彼女は目と口をグワっと開き、耳障りな高音を出しながらキャンキャン吠える。


「まさか成人していたとは……。見た目があまりにも子供だったから気づかなかった」


 きっと少女の背丈や顔立ちから、成人だと気づく者はいないだろう。だから、俺は悪くない。


 俺はゴブリンの群れを少女と討伐して魔石の回収を行い、最後の依頼を淡々とこなした。


「ディアさん、依頼を受けていただき、ありがとうございました。ココロ村一同、本当に感謝しております。ディアさんのおかげで安心して暮らせています」


 よぼよぼになったココロ村の村長の爺さんが依頼書に依頼完了の印を書き、頭を下げてきた。一三年前はもっとハキハキしていたと思うがもう歳なんだろうな。


「気にするな。だが、俺はもう来ない……。今日で冒険者を引退するんだ」


「え?」


 村長にしては幼い声だと思ったら、反応を示したのは家の壁にもたれ掛っていた少女の方だった。


「あんた、冒険者を辞めるの?」


「まだ、若いお前にはわからないだろうがな。もう、歳に勝てないんだよ……」


 俺は奥歯を噛み締め、爪が手の平に食い込むくらい強く握りしめた。


「そうですか……。少々悲しいですが、人である以上避けられない定めですからなぁ。ディアさん、長い間の冒険者人生、お疲れ様でした。今度、冒険者ではなく単なる友人としてぜひ、ココロ村に脚をお運びください。村人一同歓迎いたします」


 ココロ村の村長は穏やかな笑顔を見せ、俺に頭を下げた。


「ああ……。そうさせてもらう」


 俺は村長に頭を下げ、家から出ようとした。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。まだ動けるんでしょ。なら、私の仕事を手伝いなさい!」


 魔女帽子をかぶった小女は俺に杖先を向け、怒鳴る。


「こら、コルン。ディアさんの決めたことだ。口出しするんじゃない」


 村長は魔女の名前らしき言葉を吐き、行動を止めさせた。


「村長は黙ってて。私はこの糞雑魚と話してるの!」


 少女は俺を糞雑魚呼ばわりしてきた。


「糞雑魚……だと? 俺は金級の冒険者だぞ。ガキが舐めた口聞いてるんじゃ……」


「金級なんてただのお飾りでしょ。こんな銅級の冒険者でも出来そうな依頼を受けて良い気になって冒険者を辞めるだなんてほざいてるやつが金級なわけがない!」


「言わせておけば……」


 俺の苛立ちが最高潮に達しようとしていた。


「金級なら、金級らしく、高難易度の依頼を達成してから辞めなさいよ! 私は魔法使い兼僧侶のコルン・ティアラ。銀級の冒険者」


「お前が銀級……。コボルト八体に漏らしながらビビっていたくせに銀級だと……」


「ルークス魔法学園を出てきたばかりで実戦経験が浅いだけよ! 里帰りしてたら襲われたの!」


 どうやらコルンはココロ村の出身らしい。加えて最近まで学生だったようだ。俺の予想は軽く当たっていた。


「まあ、お前が銀級とかどうでもいい。俺はもう、冒険者なんてできる体じゃねえんだよ」


「ほんとみみっちいおっさん! どうせ恋人や妻すらいない独り身なんでしょ! 冒険者を辞めて何する気! このまま惨めな人生を送るだけじゃないの!」


「くっ……」


 返す言葉が見つからない。冒険者を辞めてギルドマスターをやる気もない。そんな俺はどうやって食いぶちを探すのか、見当がつかなかった。

 学が無ければ、魔法が使えるわけでもない。もういい歳だ、雇ってくれる仕事先が見つかるかどうか……。自分が決めたことなのに、若い女に吠えられて信念がぐにゃぐにゃ曲がりまくっている。


「仕事はなんだ……。話だけなら聞いてやる」


「その前に、この私が名乗ったんだからあなたも名乗りなさいよ!」


 コルンは大きな声で威圧してきた。


「ああ……、自己紹介がまだだったな。俺はディア・ドラグニティ。三八歳の金級冒険者だ」


「ふんっ。じゃ、着いてきなさい」


 コルンは村長の家から出た。


「ディアさん。コルンをよろしくお願いします。あの子は優秀で正義感が強い良い子なんですが、少々怖がりで見栄を張ってしまう幼い女の子です。出来るだけ守ってあげてください」


 村長は俺の心境でも読んだのか微笑みながら言う。


「俺はまだ、依頼を受けると決めたわけじゃ……」


「ディアさんは受けます。私にはディアさんの綺麗な心が見えるのですよ」


「また……、ご冗談を」


 俺は村長の家を出る。仁王立ちをしているコルンの姿があった。


「おっさん、私は廃墟の悪霊討伐の依頼を受けているの。依頼難易度は二級」


「お、おい。銀級が二級の依頼を受けるとか馬鹿なのか?」


「私は天才よ。最高峰の学園である、ルークス魔法学園で私一人しか銀級に受からなかったんだからね。学生で銀級の位が貰えるなんて異例なんだから!」


「コボルトに襲われて漏らしてたくせに……」


 俺は目を細めながら言う。


「それは忘れろ! と言うか、も、漏らしてない!」


 コルンは先端に大きな魔石が付いた身長より長い杖を俺に向ける。確かに、こいつの魔法の威力は銀級と言っても遜色ない。ぱっと見、俺が受けたら即死する威力だ。


「はぁ、で、そのアンデッド対峙に俺を連れていくと」


「そうよ。私は思ったの。私を守る壁がいた方が安全に依頼を遂行できるってね!」


 コルンは胸を張り、俺を壁呼ばわりしてきた。ほんとクソガキだな。


「俺がその依頼を受ける利点がないだろ。そもそも今の俺に二級の依頼なんて受けられねえよ」


「なにを言ってるの。将来、超大物魔法使いになる私の最初の依頼に付き添えるのよ! こんな名誉なことってないでしょ! あと、元は一人の時の討伐難易度だし天才の私と老いぼれ金級冒険者が合わされば二級の依頼なんて楽勝よ!」


 コルンは若いからか、見立てが甘かった。まあ、昔と違って最近の討伐難易度はあらかじめ高めに設定されている。

 昔は最低の討伐難易度が設定されていた。三級の依頼を受けたと思ったら本当は二級相当だったなんてよくある話しだった。そのせいで死者が少なからず出たから、最近は難易度が高めに設定される。昔なら三級の依頼も二級相当の評価をするようになった。


 ――まあ、依頼難易度の判定が厳しくなった。それだけのことか。


 俺は若い者との差を感じながら、ため息をつく。


「はぁ……。で、その廃墟はどこにあるんだ?」

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