第56話 お願い
「キクリ、なんでここにいるんだ」
俺はおっさんのきもい涙を見せないために腕で目元を擦る。
「なんで? おれはただ、トイレに行っただけだが……」
キクリはあっけらかんとした表情で言う。
「はは……。全く……。だが、丁度良い。キクリ、俺はお前が作る飯が大好きだ。もう、お前無しの冒険なんて考えられない。これからも厳しい戦いになるかもしれない。だが、俺はお前が作った飯の活力で生き残る。仲間も守る。だから、これからも俺の仲間でいてほしい」
「ふっ……、もちろんだ。おれはディアに上手い飯を食わせるのが好きだからな。お前以上に飯を美味そうに食う奴は見た覚えがない。おれがいる限り、どこでも美味い飯が食えると思ってくれ!」
キクリは腕を組みながら良い笑顔を浮かべた。
「ありがとう」
俺もキクリと同じように今出来る満面の笑みを浮かべ、気持ちを伝えた。
俺とキクリはフィーアを探した。すると、案外簡単に見つかった。
「道がわからん。ディア、ここはどこだ?」
フィーアは腕を組みながら堂々と訊いてきた。
「俺もわからん。だが、フィーアに言いたいことがある」
「ん……、言いたいこと?」
フィーアは首を傾げた。
「フィーアの真っ直ぐ通った芯の強さは才能だ。昔から俺は芯がブレブレだった。だから、お前の姿がとても魅力的に見えるんだ。お前がいてくれると仲間の気持ちが真っ直ぐになる。個性がバラバラなのに仲間が纏まっていたのはお前のおかげだ。案外しっかりしてるし、貪欲に学んでいる。さっきも俺の心が揺らいだ。だがフィーアに言われて仲間の大切さに気づいた。今も古代都市を見つけられる自信はない。でも、見つけるためにはお前が必要だ。だから、これからも俺の仲間でいてほしい」
俺はフィーアに向って手を向けた。
「そうか……、ディアが仲間を必要としているのなら私も力を貸そう」
フィーアは俺の手を握り、笑っていた。残っているのはコルンだけだ。
俺はメリー教授が言っていた庭園に足を運ぶ。
庭園と言っても広すぎてどこにコルンがいるかわからない。庭園の中を片っ端から捜し、五時間ほど経った頃、コルンらしき人影を花畑で見つけた。
学園の中で一人の女を見つけるだけでも長い時間が掛かるのに、広大な海の中から都市を見つけるなんて何年かかるのやら……。いや、今はそんなことどうでもいい。
俺は小山座りをして花畑の中で未だに泣いている仲間のもとに来た。
「コルン、話しがある」
「聞きたくない……」
コルンは視線を下げ、膝を抱えるように丸まった。その姿だけを見たら子供でしかない。
「なんで聞きたくないんだ?」
「ディア……、私がしてほしくない話しをするから……」
「俺はコルンがどんな話しをして欲しいのかわからない。でも、俺の気持ちは決まったから話させてもらう」
俺はコルンの返事を待たずに話しかける。
「コルンは口が悪くて傲慢で態度がデカくて意地っ張りな面倒な女だ。だが、几帳面で物知りで天才で仲間思いな良い魔法使いだ。俺は仲間がいないと駄目なおっさんになっちまう。お前は冒険者を不完全燃焼のまま辞めようとしていた俺を暗闇から連れ出してくれた。そんな強引さに俺は救われたんだ。すごく感謝してる」
俺は想いの内を隠さず言う。
「だから何よ……、着いてくるなってまた言いに来たの……」
コルンは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を持ち上げた。女の泣き顔を見るのは少々いたたまれない。だが、俺は口を開いた。
「違う。逆だ。今の俺にはコルンが必要だ! 恥を忍んで言う。古代都市を見つけるのに何年掛かるかわからない。見つける自信なんて無い。だが、見つけるためにコルンが必要なんだ! だから仲間として俺に力を貸してくれ!」
俺はしゃがみ込んでコルンの手を握りながら熱弁した。
コルンの初めての依頼を手伝うかどうか渋っていた俺を無理やり引っ張ってきた強引なコルンのように、俺もコルンを無理やり立ち上がらせる。
子供の力だとギリギリだったが、コルンが軽かったから無理ではなかった。
立ち上がったコルンは顔を熟れたリンゴのように真っ赤にして俯いていた。
「もう……、よくそんな恥ずかしい発言がよく出来るわね。普通についてきてほしいって言ってくれればよかったのに……」
コルンはボロボロと泣いていた。コルンも独りぼっちになるのが怖かったのかもしれない。やはり、俺とコルンは似た者同士だった。
「コルン、さっきはお前の同意も無しにパーティーを解散させようとしてすまなかった。俺の勝手な一存で話し合いもせずに決め、皆を悲しませたのは俺が悪い。謝らせてくれ」
俺はコルンに向って頭を下げた。
「わかってくれたのならいいわ! 今度から一人で勝手に決めないで!」
コルンは腕を組み、大きな声を出した。
「ああ。わかった」
俺は頷き、コルンに同意する。
「じゃあ、大切な仲間を五時間以上も泣かせて悲しませた代償を払って!」
コルンは耳まで真っ赤にしながら叫ぶ。両手を広げているが何をして欲しいのかわからない。
「な、なんじゃそりゃ。そんなことを言われても……、なにをすれば」
俺は女と寝た経験はあれど、恋愛をした経験は一切無い。だから、女心と言うやつが全くわからなかった。コルンの傷付いた心をどうやって癒せばいいと言うのだろうか。
――選択を間違えたらまた殴られるぞ。金か、お菓子か、魔導書か……。腕を広げているし、とりあえず抱き締めればいいか。
俺はコルンに抱き着いた。彼女は俺の背中に手を回し、力強く抱きしめてくる。
「やればできるじゃない……」
コルンは満足そうな声を漏らし、俺を離そうとしない。
――こ、これが正解なのか? 金やお菓子、魔導書を渡さなくてよかったのか……。
俺とコルンは長い間、抱きしめあっていた。いや、少し違うな。コルンが一向に離してくれないのだ。いったい何がどうなっているのかわからなかったが彼女の嬉しそうな横顔を見ると離そうにも離せない。
ずっと抱き合っていると彼女の髪から香る花の匂いが心を擽ってくる。今まで花畑にいたからか、良い匂いすぎた。
体の熱も長い間抱き着いていれば簡単にわかってしまう。コルンの腕の力が緩んだころ俺も緩め、ゆっくりと離れた。
「ご、ごめん……、なかなか離せなかった……」
コルンは上目遣いをしながら指先を突き合わせ、動揺している。
そんな姿を見たらとてもいじらしく、いつものコルンと違って品がある女に見えた。心臓がドキリとして鼓動が早くなっていく。
「き、気にするな。これでコルンの気持ちが納まるのなら、また辛い時があったら同じように抱きしめてやる」
「うぅ……、全然納まってない……」
コルンは小さな声で呟いた。だが、小さな声すぎて何を言ったか上手く聞き取れなかった。
「わ、私は昔から……でぃ、ディアのことが、ずっとずっと……す、す……す、す」
コルンの顔が熟したトマトのように真っ赤になっていき、隙間風のような音を口から鳴らす。
「わ、私は昔から! ディアのことがずっとずっと好き……じゃなかった!」
コルンは真っ赤な顔で大きな声を上げる。
俺は昔からずっと嫌われていたようだ。今まで鬱憤が溜まり、言いたくなったのだろう。
「そうか。それでも仲間になってくれてありがとう。俺は自分の気持ちを正直に言えるコルンが大好きだ。これからも末永く仲良くしてくれ」
俺はコルンの気持ちを受け止めながら微笑み、彼女と同じようにはっきりと伝える。
「う、うう、うわああああああああああああああああっ!」
コルンは叫びながら俺の隣を走り去った。
「ちょ、コルン! どこに行くんだ!」
「バカバカバカ! 私のバカっ! 私のバカああああああああああああああッ!」
コルンは自分に何度もバカと言いながら全速力で走っていた。なぜ、コルンがバカなのか、俺は理解できない。
「はぁー、行動が全く読めない。だが、そこもコルンの面白い所か」
俺は腰に手を置き、コルンを追いかけた。俺達は四人で合流し、話し合ったのちメリー教授のもとに戻る。
「どうやら、仲直りしたみたいだね。それで、気持ちは固まったのかい?」
酔っぱらっていたメリー教授は酒が抜けたのか俺達に向って素面の表情を向ける。
「ああ、腹は座った。もう、迷わない。俺は仲間と一緒に古代都市を探しに行く」
「そうか。壊れかけたのに心の結合が元に戻るなんて信頼関係が強い冒険者パーティーのようだね。なら、問題なく任せられる」
メリー教授は机の引き出しを開け、方位磁針のような道具を取り出した。そのまま俺に渡してくる。
「これは?」
「古代都市の魔力に反応する魔道具さ。それがあれば最低でも一年あれば見つけられる。なぜ私がこんな品を持っているのか疑問に思ったかもしれないが、初めに古代都市を見つけたのは私だから自作できたんだよ。あの時は若かったなぁー。もう行く気力が薄れてしまったよ。男に振られたからかな……、酒に恋したからかもしれない」
メリー教授はにたにたした顔を浮かべていた。コルンは震えあがり、噴火寸前。俺は肩を持ち、気持ちを押し殺してもらった。
「古代都市は金銀財宝が眠っていると言われている。仲間同士の信頼関係が弱かったら一人が他のやつを殺し、全てを奪おうと考えるだろう。冒険者パーティーの気持ちが一つになっていなければ見つけるのも困難だ。だから、試させてもらった」
メリー教授は頬杖を突き、長い脚を組みながら言う。
「そういうことか……。理解した。あと、俺の決意を強めてくれてありがとう。感謝する」
「ふっ。金銀財宝を見つけたら五割貰おうか」
メリー教授は足先で俺の顎を撫でて来た。
「ずる賢い女だ。皆、南列島に向かう! 気合いを入れて準備しろ!」
「わかったわ!」
「了解だ!」
「おうっ!」
俺達は決意を固め、次なる冒険に向かう。
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