第55話 仲間

「お、おい、まさか……、探せって言う訳じゃねえだろうな?」


「ここら辺の海に沈んだ都市があると言うことはわかっている。だが、発見してから調査班が向かっても同じ場所に無かったんだ。どうやら他の場所に移動してしまったらしい。だが、海流から考えてこの地域から他の海に移動すると考えにくい。海の民に話しでも訊いて共に探してもらえば、案外早く見つかるかもな」


 メリー教授はあくびをしながら話した。とんでもなく信憑性が無い情報に、俺は苦笑いしかできない。


「で、その昔の都市があったとして……、なにをすればいいんだ?」


「古い歴史書によると昔は呪いの被害が無かったそうだ。だが、呪いが初めて記録された時代は都市が発展していたころよりも前だ。つまり、古代都市に呪いを解く方法が何かしらあった。しかも、昔の呪いは今の呪いよりも強力な内容ばかりだ。古代都市に行ければ呪いを解く方法が見つかるかもしれない」


「なるほどな。だが、広い海の中から移動する古代都市を見つけて呪いを解く方法を手に入れてくるとか討伐難易度が特級の魔物を倒すよりも難しいんじゃないか?」


「そうかもしれない。だから、どうするかはディアの自由だ。そのまま、治るかどうかもわからない呪いと共に生活するのか、細い細い線を手繰り寄せて解呪の方法を得るか。私は古代都市で使われていた解呪方法が知りたいから是非行ってほしいが、危険や時間を天秤にかけて考えてくれ」


 メリー教授は酒瓶の蓋を開け、グラスに米酒を注ぐ。そのまま、グイッと一杯飲んだ。


「かー、うまぁー。二日酔いに突っ込む一杯がたまらないねー!」


「ディア、メリー教授は放っておこう。で、どうするの?」


 コルンは俺の顔を見ながら真剣な表情で訊いてきた。


「……俺一人で行く。コルンとフィーア、キクリは三名で冒険者パーティーを組んで経験を詰め。あと、自分の夢を追いかけろ。古代都市を探すのに何年かかるかわからない。フィーアやキクリは寿命が長いから気にしないかもしれないが、コルンは人間だ。俺は衰えの怖さを知っている。解呪方法捜しで渋っていたらあっと言う間に二○年経ってたなんて洒落にならん。俺はそこまで責任を持てない」


「はぁ……。それがおっさんの本心なの?」


 コルンはため息を吐き、軽く睨みつけてきた。


「ああ……、本心だ。コルンは才能がある。このまま努力し続ければ歴史に名を遺すくらい凄い魔法使いになれるはずだ。だから……」


「ねえ、私がなんで最高の魔法使いになりたいか知ってる?」


「知らん。お前はそんな話しをしたことがなかっただろ」


「確かに話してなかったかも。でも、流石にわかるでしょ……」


「うーん、大金を稼ぎたいとか?」


「そうそう白金級の冒険者になれば王宮魔法使いの年収なんて目じゃないわ。って、違う!」


 コルンは乗り突っ込みをして来た。


「俺は察しが悪いからはっきり言ってくれないとわからないんだが……」


「わ、私はおっさんのために……じゃなくて、仲間のために最高の魔法使いになりたいの! 今の仲間はここにいるディアとフィーア、キクリでしょ。あと私が呪いの原因を作っちゃったんだから最後まで責任を取る! ディアは私が仲間じゃないって言いたいの?」


「そ、そんなことは言っていない。だが、古代都市が見つかるかわからないだろ。俺は体が治ったら引退する気だ。それなのに無理に付き合わせられない。あと、コルンを恨んでいないから、ここで離れてくれても構わない」


「ううう……、バカ、バカ、バーカ! そんな言葉を聞きたいんじゃないっ! ディアの甲斐性無し!」


 コルンは暴言を吐き、黄色の瞳を潤わせながら研究室を飛び出してしまった。


「ちょ! コルン! はぁ……、いったい何を言ってほしかったんだ……」


「ディア、私は解呪方法を一〇○年探そうと構わん。だが、コルンはそうはいかない」


 フィーアは俺に向って真剣に言う。


「まあー、おれも一〇○年くらいなら生きられるかなー。でもじっちゃんがぽっくり死にそうだ。でも、ディアが来てほしいと言うのなら構わず付いていくぜ。仲間だからな」


 キクリは後頭部で腕を組みながら子供っぽく笑った。とても清々しい顏だ。


「ふわぁ~、ディア……。コルンは一途で仲間の為なら努力を惜しまない良い子だ。自分を認めてくれた仲間に別れ話を切り出されたら辛いだろう……。彼女は人生を賭ける覚悟なんてとっくに出来てるのさ……。この学園に入って来た時からね」


 メリー教授は酒瓶を抱きかかえながら、俺に喋りかけてきた。


「人生を賭ける覚悟……。そこまでして最高の魔法使いになりたいのか。俺がその夢を潰したら……、申し訳が立たないな」


「だが、ディア。コルンがいなかったらお前はただの子供だ。異国の言葉もわからないし、戦いの補佐も私の魔法じゃ限界がある。ディアにとってコルンは必要不可欠な存在だろ。あと、お前は古代都市が初めから見つけられないと言う考えで旅に出るのか?」


 フィーアは俺の肩を持ち、訊いてきた。


「そりゃあ……、海に沈んだ都市を見つけるなんて普通出来るなんて思わないだろ……」


「私はディアの心の強さに惚れて仲間になったんだ。初めから諦めているような腑抜けた気持ちでいる奴についていく気はさらさらないな」


 フィーアは立ち上がり、研究室を出ていく。


「んー、おれはついて行ってもいいけど、コルンとフィーアがいないと寂しいなー」


 キクリも研究室から出て行った。

 俺は研究室の中に取り残される。


「追わなくていいのかい?」


 メリー教授は眠気と酒の影響で瞳を潤わせ、色気をむんむんと出しながら訊いてきた。


「実際、自信が無いのは事実だ。もとから解散する予定だったし、あいつらの人生を奪う訳にはいかない。探すだけなら俺一人でも……」


 俺は一人で戦って生活して生きて来た冒険者人生を思い出す。

 二八年間、仲間と言う存在を作らず、ギレインのように一人で依頼をこなしていた。

 「……おっさんになったんだ」とようやく気づいたのは四〇歳手前だった。金は貯まっておらず、力は衰え、新人の強さに嫉妬して人生に絶望し、冒険者なんてさっさと辞めたくて仕方が無くなっていた。

 そんな時に出来たうるさくて子供みたいだが、どんな時でも一番頼りになる一人の仲間が隣にいない。

 自分の芯を曲げず、ひたすらに強くなろうとして大森林を出たいと自ら言った美女の仲間も後ろにいない。

 料理が美味くて力が強く、男みたいな性格だが誰よりも一番母親っぽくて一緒にいるだけで心が癒される仲間も近くにいない。


 今、目の前にいる不衛生な研究者も眠りに落ちた。


「……はは、何だよ、一年前は一人だっただろうが。仲間がいなくなったくらいどうってことないはずだ。金は貯まってる。新しい魔法使いとシーフ、食事係りでも雇えばいいじゃないか」


 俺は俯くと手の甲に水滴が落ちる。自分でも驚いたが、ざっと一年ぶりにボロボロと泣いていた。

 今回の涙は自分の不甲斐なさが原因じゃない。単純にあいつらと別れたくなかったから流れ落ちているのだろう。なんせ心から信頼できる仲間なんてそう簡単に見つからないのだ。別れてしまったら関係は途切れる。その事実がたまらなく苦しい。


「うう……、今の俺にはあいつらが必要だ。離れたくない……」


 俺は椅子から立ち上がった。


「コルンは……学生の頃、庭園によく居たな……」


 メリー教授ははにかみながら呟いた。


「はは……、寝た振りをするとか、趣味が悪いやつだ。だが、感謝する」


 俺は扉を出た。すると目の前にキクリが立っていた。


「おお、ディアが出て来た。なんだ、泣いてるのか? ディアにしては珍しい。おれの胸の中で泣いていいぞ」


 キクリは手を広げ、穏やかに笑っていた。

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