第54話 報告
「えっと、依頼中に子供を無理に助けようとして魔物の攻撃を食らってしまったっす」
ライトは恥ずかしそうに笑った。
「はは、そうか。なら、その傷は戦士の勲章だな。今さらだが、気が知れた仲間と冒険者パーティーを組むのも悪くないぞ」
「長年、一人で冒険者をしていたディア先輩が言うっすか……」
「まぁー、おっさんから気が知れた仲間を集めるのはきつい。ライトもいずれおっさんになるわけだし、傷が完全に治るまでパーティー活動をしてみるのも悪くないんじゃないか?」
「なるほど……。良い考えっすね。ちょっと見当してみるっす!」
ライトは顎に手を置き、考え込んだあと元気よく言った。
「お前はまだまだ若い。骨の一本や二本折れたところで生活に問題はない。怪我を負っていても恥じる必要はないぞ。逆に子供を助けて負った傷なら堂々と見せびらかしてやれ」
「はは……、俺、ディア先輩みたいになれるようにこれからも頑張るっす! じゃあ、失礼します!」
ライトは頭を下げ、ウルフィリアギルドを出て行った。
「今の長話は熟練冒険者の仕事なの?」
コルンは俺の方を見ながら訊いてきた。
「そうだな……。仕事というか、年長者の助言だ。冒険者は信頼関係が大事と教えただろ。知り合いがいないまま歳をとると後から大変だ。今のライトなら知り合いを作るなんて簡単にできる。作った仲間が危機を救ってくれるかもしれない」
「かもしれないって……。確実性が欲しいんだけど」
「生きるか死ぬかの仕事で可能性が生まれるだけで十分すぎるだろ。だから、俺は信頼関係を重視しているんだ。さあ、仕事の報告に行くぞ」
俺達はウルフィリアギルドのギルドマスターがいる部屋にやって来た。
「おおっ、ディア。生きて帰って来たか!」
ウルフィリアギルドのギルドマスター、俺の師匠でもあるギレインが椅子から立ち上がり、俺のもとにやって来た。デカい右手を頭に置いてきて髪が抜けそうなくらいグシャグシャと撫でてくる。
「やめろ。依頼についてさっさと報告する」
俺はギレインの腕を弾き、大剣をキクリに持たせてソファーに座った。
「大剣、買えたんだな」
ギレインは黒い大剣に視線を向け、安心したとでも言わんばかりの笑顔を見せてきた。
「買えたと言うか、作ってもらった。俺とギレインの大剣を打ってくれた小人族の親父にな」
「おおっ、あの小人族に会ったのか! いや、俺も会いたかったぜ!」
ギレインは昔を思い出し、握り拳を作って興奮していた。
「いや……、実際に会ったわけじゃない。確信は無いが状況から察してもうこの世にいない」
「……そうか。残念だ。酒を飲み交わした仲だったんだがな」
ギレインは右手を頭に乗せ、遠い目をした。
「あんた、親父について知ってるのか?」
キクリはギレインに話しかける。
「親父……。もしかしてサザナミの子か?」
「そうだ。おれの名前はキクリ・サザナミだ」
「キクリか。俺はギレインだ。よろしくな。まあ、知っていると言っても俺が話したのは一度しかないからな。だが酔った勢いでサザナミが言った言葉を少し覚えている」
「親父の言葉?」
「俺は里長になりたくない。後継者が出来たらさっさとどっかに行きたいぜと言っていた」
「…………」
俺を含め、キクリとコルン、フィーアの目が点になる。
「皆、どうかした?」
ギレインは微笑みながら訊いてきた。
「親父、生きてるのかも……」
キクリは今まで見た中で目を一番輝かせていた。
「だ、だが、あの状況で生き残れるのか? まあ、可能性はゼロじゃないが……」
俺は信じがたい状況に頭を悩ませる。だが、どこかで生きていると考えた方が胸は苦しくない。
「まったく、人騒がせな親父だ。見つけたらどついてやらないとな。あと、おれとじっちゃんを悲しませた責任を取ってもらって里長もやらせてやる!」
キクリは握り拳を作り、半泣きになりながら声を張り上げた。
しんみりしていた空間に活気が湧き、俺達の気分も上がった。例え、ギレインの話しが作り話だったとしても俺は信じる。その方が都合がいい。
「さて、そろそろお前達が東国で何をして来たか聞こうじゃないか」
ギレインは膝に手を置き、話しを進める。
「ああ、報告する」
俺は依頼の報告を行った。
「大量のロックアントを倒し、弱っていたロックアントの女王と新女王を倒してきた。ついでにブラックベアーも討伐したと」
ギレインは無表情で羽ペンを使いながら俺の話しを報告書に書き記していた。
「ふむふむ……。どこまでが嘘でどこまでが本当なんだ?」
「全部本当だ」
俺は腕を組みながらはっきりと言う。嘘偽りのない真実だから、堂々と出来る。
「はははっ、いや、普通に考えてロックアントの女王を二体倒すなんて無理だろ。ディア、お前も冗談が上手くなったな」
ギレインは俺達が討伐難易度特級のロックアントの女王を二体倒したと信じていなかった。
まあ、わからなくもない。
特級はひとたび暴れれば街はおろか、国が亡ぶ可能性が十分にある化け物達だ。そんな特級を二体も同時に倒したとなれば嘘を言っていると疑われても仕方がない。
「素材は東国に置いてある。ウルフィリアギルド経由で俺の口座に素材量が振り込まれるはずだ。嘘だと思うのなら嘘だと思っておけばいい。ルークス王国に税金を取られなくて東国は嬉しがるだろうからな」
俺は笑いながら嫌味っぽく話した。
「ぜ、全部本当なのか?」
ギレインは苦笑いをうかべ、驚きからか声が引きつっている。
「本当だってさっきから言っているだろ。ここにいる四名が証人だ」
「そうか……。なら、信じるしかないな」
ギレインは報告書をまとめた。
「じゃあ、報酬はディアのギルド口座に振り込んでおく」
「そうしてくれ。ああ、そうだ。俺の口座から大金貨一枚を下ろしてくれ、メリー教授に渡す約束をしているんだ」
俺はギレインにギルドカードを渡した。
「わかった。ちょっと待ってろ」
ギレインはギルドカードを持ち、部屋を出ていく。その後、大金貨一枚とギルドカードを差し出してきた。
「じゃあ俺達はルークス魔法学園に行ってくる。もう三カ月は経っているからな、解呪方法を何かしら調べているはずだ。話しを聞いて旅に出発するときに会いに来る」
「そうか。じゃあ、俺はディアが良い情報を得られるように祈っておこう」
ギレインはほくそ笑み、子供を見るような温かい目を俺に向けた。まあ、今の俺は子供なわけだが、中身は四〇歳近いおっさんだ。俺よりもおっさんの暖かい視線を向けられて良い気分になるわけがない。
俺は立ち上がり、キクリから大剣を受け取る。大剣を背負い、ギレインの部屋から出た。
ウルフィリアギルドを出てルークス魔法学園の門をくぐる。三度目ともなれば慣れた道だ。
「メリー教授、お久しぶりです。コルンです。起きていますか?」
コルンは呪いの専門家、メリー教授がいる研究室の扉を叩く。
「ううん……、なんだい……、もうお酒は一滴も飲めないよ……」
メリー教授は露出が多い姿で扉を開けた。彼女のたわわな乳が見えそうなところで俺はコルンに殴り飛ばされ、大学の硬い廊下をグルングルンと激しく転がる。あの小柄な体になぜこんな力が……。
俺は気を失い、ひんやりした廊下に頬を付ける。
「う……、うう……」
俺は服をひん剥かれ、ベッドの上で横たわっていた。
「やあ、お目覚めのようだね」
俺の小柄な体に抱き着いていたのはブラジャーが乳から外れかかっている色気むんむんなメリー教授だった。長い紫髪を耳に掛け、ベッドから出る。
「さ、さっさと服を着なさい」
コルンは俺の服を投げつけて来た。
――毎回毎回、俺が寝ている間に何をしているんだ? まあ、呪いの診断なのはわかるが俺が脱ぐ必要あるのか? それにしてもこんな情けないものを女子に見られるのは流石に恥ずかしいな。
俺はコルンに渡された服を着て、メリー教授の前に置かれている丸椅子に座る。
「ディア、久しぶりだね。元気だった? 私は今日もお酒を飲んで記憶を飛ばしていたよ」
メリー教授ははっ、はっ、はっと笑い、俺は何も笑えない。
「呪いの方は変わらず残っている。でも体が蝕まれているわけではない。いたって健康体だ。すぐにぽっくりあの世に逝くわけじゃなさそうだから、安心していい」
「そうか……、よかった」
俺はすぐに死なないとわかり、安堵した。
「まあ、話しをする前にお土産と報酬を貰おうか」
「わかってる」
俺は大金貨一枚とコルンの異空間から米酒が入った酒瓶を取り出し、メリー教授に渡した。
「うおぉー! 本当に米酒だ! 金より嬉しい!」
メリー教授は酒瓶に頬擦りしながら微笑む。
どれだけ酒が好きなんだとつっこみたくなったが、ぐっと堪えた。
「お土産を貰っちゃったし、話さないといけないね」
メリー教授は酒瓶を机に置き、纏めた資料を取り出した。
「森の民が解けない呪いとなると、今の世界で誰も解けない可能性がある」
「前にも聴いた気がする話だな……。じゃあ、呪いを解く方法がないってことか?」
「今の世界だとね」
メリー教授は微笑みを浮かべた。何か算段があるような悪い顏だ。
「なんだ、もったいぶらずに言えよ」
俺はせっかちなのだ。焦らされるとイライラする。まあ、おっさんの性格はそんなもんだろ。
「まあまあ、慌てるな。遥か昔、魔法が飛躍的に進歩した時代があった。昔の世界の中心で今の魔法学より高度な知識を持ち、未知の可能性を秘めていたが地殻変動や戦いによって海に沈んだ都市がこの場所にある……はずだ」
メリー教授は地図を広げ、ルークス王国からずっと南に向かい、小さな島が鳥の糞のように何個も並ぶ諸島をなぞって広い海域で止まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます