第53話 逆にからかう

「ううん……。ん? コルン……」


 朝起きるとコルンが俺の体に抱き着いて眠っていた。昨晩、ベッドの端で寝ていた気がするのだが、なにがあったのか。


「まあ、幸せそうに眠っているからいいか」


 俺はすやすやと眠るコルンの頭を撫でて微笑む。寝ている間はただの子供の用で可愛らしい。起きたら懐いていない小型犬のように『おっさん!』と声を荒げるのが惜しいな。


「うぅん……。ディア……、すきぃ……」


 コルンは俺に抱き着きながら寝言を呟く。心が籠っているような一言だった。


「は?」


 俺はコルンに好きと言われた。まあ、寝言だから何とも言えない。でも、いつも罵られている相手に肯定の言葉を呟かれるとなぜか心が温まる。


 コルンの夢の中で俺が超イケメンになっているとか、好みの男になっているとか、そんな夢を見ているのだろう。残念ながら起きたらいつものおっさんが隣で眠っているわけだから、落ち込むのが確定している。


「いつも罵られているんだ。逆にこの状況を利用してからかってやろうか」


 俺は悪い顏してコルンにぎゅっと抱き着く。彼女が起きるまで愛らしい寝顔を見た。


「あ、これ、ちょっとまずいな……。コルンの寝顔が思った以上に可愛い……」


 俺はコルンに抱き着いている手前、彼女の顔が目の前にある。鼻と鼻の先がくっ付いてしまうほど近く、軽々とキス出来る。まあ、しないが……。

 ここまで近くで見ると彼女の子供っぽさが和らぎ、小さいがすっと通った鼻、茶色で上反りの大人っぽい長いまつ毛、スライムのようにぷるるんと潤った桃色の唇、毛穴がきゅっと引き締まりゆで卵のようなツルツルの肌。手入れをしているのだろうか……。猫のように口角を上げてはにかんでいる表情が天使のように見えた。


「う、ううん……。へ?」


 コルンは大きな目を開けた。金色のように美しい瞳が見え、薄い膜に俺の黒い瞳が映っていた。


「おはようコルン。ものすごく可愛い寝顔だった」


 俺はコルンの寝起きにきもい一言を囁く。いつも罵られている仕返しだ。良い夢を見た後の最悪の朝。これほど気分が沈む日は無いだろう。


「へ……」


 コルンの目が丸くなる。そのまま、血の気が引いていくだろう。


「コルン、起きて残念だったな。夢の中にいたカッコいい俺は幻想だ。あと、寝言で俺のことが好きーって言ってたぞ。どんなカッコいい姿の俺が夢の中で出てきたんだ~?」


 俺はからかうつもりでコルンに訊いた。


「きゅぅ………………」


 コルンの顔が一瞬にして赤くなり、赤子のようにじたばたし始めた。俺の体に小さな拳を何度も何度も当ててくる。怒っているのか恥ずかしがっているのかわからない。


「か、勘違いしないでよね。わ、私がディアに好きなんて言う訳ないでしょ。私はでぃ、ディアのことが好きじゃないしー。お、おっさんなんかに興味ないし!」


 コルンは腕を組みながら堂々と言い放った。


「ははっ、そうだよな。いやー、だから俺に好きって言うなんてどんなカッコイイ俺が出て来たんだろうなって思って気になったんだよ。覚えてないか?」


「ゆ、夢なんて覚えてるわけないでしょ。全然、これっぽっちも覚えてないわよ。だ、だから、私の寝言は忘れなさい! あと、勘違いして襲ってこないでよ!」


「安心しろ、仲間に手は出さない。そもそも、こんな体型じゃ手の出しようがないからな」


 俺は子供の体型をコルンに見せる。まさに少年。四〇代が近いと思えないほど若々しい中身がおっさんの人間だ。


「さ、さっきは暴言を吐いたけど、き、嫌ってるわけじゃないから……」


 コルンは急にしおらしくなり、指先を合わせながら小さな声を出す。


「嫌われていたらここまでついて来てくれるわけがない。それくらいわかってるさ。あと、俺が何年冒険者やっていると思ってる。暴言を吐かれるなんて日常過ぎて苦にならん。気にするな」


 俺はコルンの癖みたいな毒舌を悪いと思っていない。ただたんに思ったことが口から出る性格なのだと解釈していた。悪いことは悪いとはっきり言える心は素晴らしいじゃないか。実際、コルンは相手が年上だろうと関係なく、悪いと思ったら指摘する。そう言う正義感が強い若者は嫌いじゃない。


「あんた……、罵倒されるのが好きな人間なの?」


「そう言う訳じゃない。コルンは正直者なだけだろ。それの何がいけないんだ」


「うう……、ば、馬鹿。そ、そんな言葉、掛けてくるな……」


 コルンは背を向け、猫のように蹲った。


 俺はコルンの隣に寝ころび、話しを聞いた。


「学園にいたころ、こんな性格のせいで浮いてばかりで……、友達も出来なくて……。ま、まあ、私が天才だったから皆、恐れおののいて離れて行っただけかもしれないけどね。って、そうじゃなくて……、私、こんな性格だけどいいの?」


「逆に何が駄目なんだ。冒険者パーティーは信頼が重要だって言っただろ。リーダーが引っ張っていく冒険者パーティーは多い。加えて、その方が強い。でもリーダーが失敗したら終わりだ。だが俺達は違う。一人一人目標があって、それを達成するための冒険者パーティーだ。バラバラな意見の中、正直な心境を言える者が悪いわけがないだろ」


「うう……。じゃ、じゃあ、もっともっとたくさん罵るかもしれないけど嫌いにならないで」


「嫌いになるわけないだろ。俺は自分の呪いを解くために旅をしている。加えてコルンが最高の魔法使いになるための補助もする。俺はお前に変えられたからな、その恩は返すさ」


「お、おっさんの癖に生意気……。初めて会った時はうじうじ言ってたのに……、ちょっと強い魔物を倒したからっていい気になって……。今が一番危ない時だからね、気を引き締めないと駄目!」


 コルンは俺の頬を摘まみ、大きな声を出す。


「ちょ、調子に乗っているつもりは無いがそう見えていたのなら、改めないとな。ありがとう、コルン。その一言で身が引き締まった。やっぱり、コルンは良い冒険者になる。仲間を援助する才能もあるなんて最高の魔法使いに必要な要素だ。もっと伸ばしていけ」


 俺はコルンの頭を撫で、微笑みかけた。


「こ、子ども扱いはするなって言ったのに……」


「子ども扱いじゃない。大人だって頭を撫でながら褒められたら嬉しいだろ」


「まぁ……。嫌じゃない……」


 コルンははにかみながら視線を下げる。


 コルンの体調が戻るまで三日ほどクゴウチ国に滞在した。

 東国に近い料理で俺の好みだったが、辛い品が多く、コルン達の口に合わなかった。


 ルークス王国行の飛行船に乗り、着陸と浮上を繰り返しながら一五日。


「ううぅ、し、しぬぅ……」


 コルンは真っ青な顔を便器に向け、吐きまくっていた。

 俺はコルンの背中をさすり、元気づける。

 トイレから出ると、キクリが窓ガラスに張り付いていた。


「ディア、空を飛ぶってすごいな! おれ、ものすごく興奮した! なんならもっと乗っていたいくらいだ!」


 キクリは窓ガラスから外を見て、満面の笑みを浮かべながら跳ねる。


「キクリは酔いに強いんだな。フィーアも慣れたみたいだし、コルンだけ酔いやすい体質なのか……。まあ、あと少しの辛抱だ、頑張れ」


「うう……、生きた心地がしない……」


 コルンは足下が酔っぱらったおっさんのようにフラフラで、魔法が一切使えない。こうなるとただのお荷物だ。


「ここまで来ると酔い止めを買った方がいいかもな」


 キクリは腕を組みながらコルンを見た。


「そうだな。慣れる気配がないなら、薬でどうにかするしかない。今度から検討しよう」


「コルン、私の胸で寝て良いぞ」


 フィーアはコルンを抱きしめ、ふくよかな乳を枕にする。


「こ、この乳がディアを翻弄させているんだ……。もぎ取ってやりたい……」


 コルンはフィーアの胸枕に頭を当てる。


「『スリープ』」


 フィーアはコルンに魔法をかけ、眠らせた。

 コルンは飛行船の中で起きて食事して吐いて寝てを繰り返し、どうにかこうにか移動している。乗り物が苦手というのは冒険者として少々痛い。


 王都の飛行場に到着し、入国審査を終えてウルフィリアギルドに向かう。


「うおぉー! これがルークス王国の王都、すごいすごい!」


 ルークス王国に初めて来たキクリは歩道の上を移動しているだけで茶色の瞳を輝かせ、子犬のように駆けまわっていた。


「キクリ、あまり動くと人にぶつかるから目で楽しめ」


「わかった!」


 キクリは普通に歩きながら視線を回りに向け、浮足立っている。その姿緒を見ると田舎から出て来た子供のようだ。


 王都の中でもひときわ大きな建物であるウルフィリアギルドにやって来た。木製の扉を開き、中に入ると青髪のイケメン冒険者が腕や頭に包帯を巻いていた。


「ん……。ライト、どうしたんだ?」


「あ、ディア先輩。いやぁー、ちょっとへましちゃったっす」


 最年少で金級冒険者になった天才冒険者のライトが苦笑いをうかべ、折れたと思われる左腕を見せて来た。布や木材でガチガチに固められており、痛々しい。


「回復薬だと変な風にくっ付くかもしれないんで、今から病院に行って回復魔法を掛けてもらいに行ってくるっす」


「ああ、その方がいい。だが、お前がそこまでの傷を負うなんていったいどんな依頼を受けたんだ?」


 ライトは俺よりも強い。魔法を駆使して戦える魔剣士だからだ。

 魔法と剣術の能力が高く、若くして金級冒険者なのも頷ける。

 俺の失態を補えるほど要領がよく、言っちゃなんだが俺の上位互換のようなやつだ。そいつが大怪我を負う依頼が気になり訊いた。

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