熟練おっさん冒険者、新人ロリっ子魔法使いの煽りを受けて指導者になる。~解呪の旅路~

コヨコヨ

 第一章〈三八歳の金級冒険者〉

第1話 落ちぶれたおっさん

「おらああああああっ!」


 俺は二メートル近い大剣を振るいながら雄叫びを上げる。


 深い深い森の中、目の前にいた真っ黒な体に三メートルを超える身長、俺を三人並べたくらいの巨大な肩幅にあまりにも鋭く尖った牙と馬の顔と皮を一瞬で引き千切る腕、かすっただけで致命傷の巨大な爪を持つブラックベアーが巨体とは思えないほどの俊敏な身のこなしで俺の攻撃を避ける。


「グラアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ブラックベアーが雄叫びを受けると落ち葉が竜巻に撒き上げられたように吹き荒れ、俺の体が吹っ飛ぶ。ただの雄叫びで大剣を持っている成人男性を吹き飛ばすとか普通じゃない。


「くっ! 化け物が……」


 俺は村を荒らしていたゴブリンやコボルトを狩って冒険者ギルドに返る予定だった。だが長い帰り道を歩くのがおっくうになり始めた三八歳の肉体は体力の衰えを感じ「森を突っ切って近道しよう」と言った甘い考えが悲惨な事態を引き起こした。


 ――俺、こう見えても結構ベテランなんだがな。くそッ、年は取りたくねえな。


「グラアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 周りの木など軽くへし折りながら突進し、俺を食わんとするブラックベアーが飛び込んでくる。


 俺は死を覚悟した。


 そんな時、ふと思い出すのは華々しかった若かりし頃の記憶だ。


 一三年前、冒険者の位が銀級から金級に上がりブイブイ言わせていた二五歳のあのころ。


『きゃああっ! た、助けてっ! 誰か、誰かあっつ!』


 ココロ村と言う小さな村で大量発生したオークに襲われていた可愛らしい金髪の少女が叫ぶ。


『おらああああああっ!』


 俺は颯爽と駆け、少女の周りに蔓延るオーク達を大剣でなぎ倒した。そのまま少女を抱きかかえ、村の英雄になっていたあの頃……。そんなちっぽけな英断しか残っておらず、俺の冒険者人生は今、討伐難易度八段階中、三級のブラックベアーにより、幕を閉じようとしていた。


「ああ……、情けね」


 俺は大剣を振るうことを諦めていた。もう、これ以上頑張って何かいいことがあるのかもわからず、目的も無く、日々衰えていく体に悲しみを覚えるのみ。なら、いっそ冒険者らしく魔物の餌になるのも一興なのではないかと思ったのだ。


「光剣!」


 ブラックベアーの背後から暗い森の中を照らす光が放たれた。そのまま、俺めがけて飛び込んでくる魔物の背後をバッサリと切りつける。


「グアアアアアアアア!」


 ブラックベアーは叫び、背後から真っ黒な血を吹き出した。


「ディア先輩っ! 何、諦めちゃってるんすかっ! その大剣は飾りっすか!」


 ブラックベアーを踏みつけ地面に落とし、俺の襟首を持ちながら高速で森の中を駆ける金髪の好青年が言う。俺にはあまりにも眩しく、見ていられなかった。


「ライト……。すまなかった」


「なに、謝ってるんすか。そこはありがとうと言うことろでしょ。全く、ディア先輩は俺と同じ金級の冒険者なんすから、もっとシャキッとしてくださいよ」


 身長一八八センチメートルの長身に加え、お貴族様特有の綺麗な顔立ち、俺とは似ても似つかない高級な装備の数々……。

 この男はライト・マンダリニア。貴族の三男坊で家督を継ぐ必要が無いからと言って冒険者をしている。若干二二歳でルークス王国の冒険者ギルドの時期主力だ。もう、あと数年で白金級になるだろうと噂されている若き天才。


「はは……。すまない。助けてくれたのはありがたいが、ブラックベアーは軽く痛み付けたまま放置するな。今以上に狂暴になる。さっさと討伐……って、されてるか」


 俺は地面に転がっている黒い塊を見て呟いた。たった一撃でブラックベアーを仕留めるなんて並大抵の冒険者じゃ不可能だ。衰えた今の俺じゃ無理だな。なのに、こいつはやってのける。


「じゃ、俺は素材を回収してくるっす。ディア先輩はもう若くないんですから、危険な通路を使うのはやめた方が良いっすよ。じゃ、また指導のほどよろしくお願いするっす」


 ライトは光の如く一瞬でブラックベアーのもとに移動すると、手際よく……とはいかず、中々勿体ない解体を行っていた。


 俺はため息をつきながら、坂道を上り、ブラックベアーの解体を手伝う。森の位置からして王都までまだ八キロメートルは移動しなければならなかった。そんな中、今の俺が移動できるとも思えず、ライトが近くにいた方が安全だと判断した。


 ――ほんと、他人だよりになっちまったな。情けねえ。若い者に頼るとか先輩の威厳が保てねえよ。


 俺は手際よくブラックベアーを解体し、ライトに毛皮と魔石、その他諸々の素材を渡す。


「いやー、ディア先輩ってやっぱり長年冒険者をしているだけあって解体は上手っすよね」


 ――解体は……か。まあ、体力が無くても出来るからな。


 ライトは素材の半分だけ受け取り、後は俺に押し付けてきた。


「お前が倒したんだから、全部お前のだろ。遠慮するな」


「いやいや、俺、解体がバカ下手くそなんで、ディア先輩にやってもらえて幸運っす。それは手間賃っすよ」


 ライトは金色の短い髪を掻き揚げながら、腕で額の汗をぬぐい微笑む。


「そうか。なら、遠慮なく貰う」


 俺は高値で売れるブラックベアーの素材をウエストポーチにしまい、ライトと共に森を出た。そのまま拠点にしているルークス王国の冒険者ギルド、ウルフィリアギルドに向かう。


「きゃああっ! ライト様よっ! ライト様ーっ!」


 王都に住む女性達がライトを見ると黄色い声を上げ、手を振った。


「はは……。俺はもう、貴族じゃないっすけどね」


 ライトは笑いながら手を振り返した。


「あのおっさん誰? 何で、ライト様と一緒にいるの。ほんと不愉快極まりないわ」


 俺に対する評価はこんなところだ。昔、ちやほやされていたころが懐かしい……。ああ、また自分語りに浸ってしまった。歳をとると、どうしてこうなっちまうかな。


 ウルフィリアギルドに到着した俺達はすぐに別れた。


 俺は素材を買い取ってもらうため、受付に向かい、美人で巨乳な受付嬢、テリアと対面する。赤髪の癖っ毛で、子供感が抜けない幼い顔立ち、可愛げのある喋り方で多くの男に人気がある女性だ。


「ディアさん、お疲れ様でした。今日はやけに疲れていますが、どうかしたんですか?」


「いや……、ちょっと死にかけてな。ライトに助けてもらわなかったら戻ってこれなかった」


 俺はもともと受けていたゴブリンとコボルトの討伐の達成書類をテリアに渡す。加えてブラックベアーの素材も手渡した。


「ディアさんが死にかけるなんて珍しい……」


 受付嬢は俺から書類と素材を受け取った。そのまま、簡単な記録を残し、素材の鑑定に入る。


「ディアさんが持ってくる素材はやっぱり綺麗ですよね。最近の子達は素材の採取が荒くて困るんですよ。ほんと、魔物を倒したあとの素材採取までが冒険者の仕事だって言うのに」


 テリアはぺちゃくちゃと喋りながら素材を鑑定し終わり、俺に討伐報酬金貨五枚とブラックベアーの素材金貨五枚を手渡してきた。


「今日もありがとうございました。えっと、ディアさん、前々からお話ししている通り、そろそろギルドマスターになる気は起きましたか?」


「俺は……、ギルドマスターなんて玉じゃねえよ」


 テリアの熱い眼差しから逃げるように、俺は歩く。


「ディアさんっ、もうそろそろ引退するんだってよ。もう、年だからな、あの人。四〇歳近くまで冒険者をするなんてスゲーけどさ、さすがに体力が持たねえって」


「おいおい、そんなこと言うなよ。まあ実力は確かなんだろうけど……年には勝てねえよな」


「ぶっちゃけ、あの人がいようがいまいが、ウルフィリアギルドが困ることないもんな。さっさと引退して時代の移り変わりを実感してほしいぜ。金級ってのも、昔の基準でなったんだろ。今の基準の方が断然ムズイって話しだし、今のディアさんはお荷物も良いところだぜ」


 若者の冒険者が酒を飲み交わしながら俺の話しをしていた。まあ、俺はなにもかも事実過ぎて言い返せない情けないおっさんなわけだ。


 俺は歯を食いしばりながら、ギルドを飛び出し、走った。いきなり走ると脚が縺れ、こけそうになる。息がすぐに切れる。腕に力が入り切らず、大剣が手からすっぽ抜ける時だって一度や二度じゃない。目も霞むし、耳も遠くなってきた。


 たった一キロメートル走っただけで、眩暈がして寝泊まりしている借宿の部屋に突っ込む。


 汗がだらだら、手足の震え、体がこれ以上、本気で動くのは危険だと叫んでいた。


「……う、うぐ、くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、ごほっごほっ!」


 大声を叫んでも、途中でタンが絡み、情けないおっさんの咳が出る。


「はぁ、はぁ、はぁ……。なんで、俺は年をとっちまったんだ……。昔の俺なら、あいつらにだって負けない。なんなら、ライトにすら負けないはずだ。毎日毎日鍛錬しているのに……筋肉が縮んでいきやがる」


 俺の腕の太さは全盛期より確実に細くなっていた。腹筋もほぼ無くなり、酒を飲んでいないのに脂肪や皮が増えやがる。


 俺は立ち上がり、嫌な思いを晴らすため、武器や防具を部屋に置きっぱなしにして今日稼いだ金を持ち、風俗街に走った。

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