第34話 鉱山に入る
「おっさん、キクリとやけに親しげじゃない」
コルンは魔女帽子を被り、着ているローブの布地を叩きながら話し掛けてきた。
「そうか? まあ、いつものお節介だ」
「ディアは優しいからな。ああいうやつがいると世話を焼きたがるんだろ」
フィーアは武器の状態を確かめ、矢筒と弓を背負う。
「準備できたか」
キクリの祖父であるゲンナイは革製の羽織を肩から掛け、俺達に訊いた。
「ああ、準備完了だ」
俺とコルン、フィーアはゲンナイの方を向いた。
「よし、じゃあ、行くぞ」
ゲンナイは家を出て、鉱山の方に向かう。どこもかしこも山だらけで、どこが鉱山か全くわからない。
ゲンナイについていくと入口が鉄製の扉で封鎖され、立ち入り禁止の文字が書かれている場所に到着した。
岩に打ち込まれた杭に繋がる鎖に苔や蔓が付いており、緑色に変わっていた。一〇年間、閉ざされていただけに年季を感じる。
世界に多くの冒険者がいると言うのに、東国に訪れた者はほとんどいないのだろう。まあ、ほとんど自国で解決できる問題だからと言うのある。
だが、今回の依頼は職人気質の小人族でも手を焼いている。運が良いのか悪いのか。最後に東国に訪れたルークス王国の冒険者はギレインだった。腕を無くす前だ。その時に駆除しておけばよかったが、被害が無く気づかなかったのだろう。まあ、一八年前だからな。
――だから、ギレインも少し根に持っていた。その処理を俺に任せたってところか。
「ふっ!」
ゲンナイは扉の横に埋め込まれた杭を抜いていく。八本の杭を抜き、鎖が外れた。一〇〇〇キログラムはありそうな錆びた鉄製の扉の取っ手に指を掛け、軽々と引いた。
「コルン、明かりを」
俺は真っ暗闇な鉱山の中にいる魔物を確認する必要があった。そのため、コルンに指示を出す。
「わかったわ。『ライトボール』」
コルンは大きな魔石が付いた杖に魔力を流し、詠唱を言う。すると球体の光源が生まれ、鉱山の中に入っていく。
「よし、じゃあ、ゲンナイ。後は俺達に任せてくれ。今日はこの中の状態を見に行く。まだ、本格的な駆除は初めない。三階層に行く前に戻る」
俺は鉱山内の地図を思い出し、ゲンナイに今日の仕事内容を教える。
「わかった。下に行けば行くほど被害は大きくなっているはずだ。補強しないと天井が崩れる可能性がある。進み過ぎるなよ。あと、これを持って行け」
ゲンナイは腰に掛けていた小人族用の剣を鞘ごと俺に差し出した。
「わしが打った剣だ。五〇〇年は壊れん。今日くらいならこれで事足りるだろう」
「ありがとう、凄く助かる」
俺は自分の体に丁度良い大きさの剣を受け取り、質素な柄を握る。なんの装飾もされていない、ただの鉄製の剣。だが鞘から抜き出すと、普通の剣と雰囲気が全く違う。
「これがあんたらの本気か?」
俺は顔を引きつらせながらゲンナイに訊く。
「質の悪い鉄で作った駄作だ」
ゲンナイは多くを語らず、背を向けながら戻っていく。
「はは……。これで駄作って……」
俺は剣身を鞘に戻し、左腰に掛ける。
「よし、俺が前衛、フィーアが中間、コルンが後衛だ。俺は行き先を決める。フィーアは魔物の探知、コルンは両者の補佐をしろ」
「了解」
コルンとフィーアは小さく頷く。
キクリの美味い料理と自然豊かな東国の大気のおかげで俺達の体調は万全だ。今なら、討伐難易度三級程度の魔物なら、三名で無理なく倒せる。
俺は光源の『ライトボール』を追う。その間、魔力を流すと光ると言う特徴を持つ魔石を一定間隔に壁に打ち込んでいく。
高級品ではなく、ありふれた魔石で鉱山で働く者が視界を確保するために使う品だ。ゲンナイがずっと所持していたそうだ。と言うか、ゲンナイの息子、キクリの父が持っていた品で、ありがたく使わせてもらっている。
「一階層にロックアントはいないみたいだな。鉱石が取りつくされているから興味を示していないのか」
「そのようね。ロックアントにとって鉱石が餌みたいなものだし、一階層は小人族が彫りつくしているはずよ。興味を示さないのが普通ね」
コルンは辺りを見渡し、俺に同意する。
「やっぱりか。まず、ロックアントが何体いるか確認したい。確実に群れで行動している奴らだ。大群が相手だと、どれだけ強い冒険者でも太刀打ちできない」
「まあ、ロックアントの恐ろしいところはそこよね……。ゴブリンの繁殖力も脅威だけどロックアントはその比じゃない……。昔の文献で読んだのだけど、ロックアントの新女王が空を飛んだ時、翅有りのロックアントが空を埋め尽くすほど現れたと書いてあった。小さな村や街どころか国すらいくつも滅んでいるわ」
「一個体が弱いと言っても無視し続ければそうなる。少しずつ着実に駆除していかないとな。まあ、女王を倒さなければ事態の解決にならないのがやっかいなところだ」
俺達は一階層の一番奥に移動した。入口よりは小さい鉄製の扉があり、太い木材で止められている。
俺は木材を外し、鉄扉を引きながら『ライトボール』が通れるくらいの隙間を開ける。隙間から、二階層に続く階段を見る。天井ものぞくが、ロックアントは通路にいなかった。
「よし、いないみたいだ。進むぞ」
二階層に入るための鉄扉があり、先ほどと同じように木材を外して扉を少し引く。
「ギュイイイイイイイッ!」
隙間から大あごを伸ばし、奇声を上げるロックアントが現れた。
「くっ! フィーア、俺が扉を押さえる、頭部を破壊しろ!」
「あ、ああっ!」
フィーアは初めて見たロックアントに一瞬たじろいだが、剣をすぐに抜き、扉の隙間から剣先を伸ばし、頭部に突き刺す。するとロックアントは動かなくなり、どさりと大きめの音を出しながら地面に落下した。
扉の隙間から『ライトボール』を通し、中を見ると数匹のロックアントが岩壁にくっ付き、働いていた。個体数は少なく、三匹くらい。
――二階層にロックアントがいるのか。八階層まであると考えたら相当な数がいそうだ。時間をかけて駆除していくしかないな。
「どうやら、骨が相当折れる依頼のようだ。だが、根気よく続ければ、いずれ最下層に行ける。魔物を倒す手順を守り、危険を冒さなければ良い。何かあれば俺が引き受ける。怖いことがあっても声を出して叫ぶな。魔物が寄ってくるぞ」
俺は扉を一度閉め、新人冒険者の二名に仕事の仕方を教える。
「わ、わかった」
コルンとフィーアはしっかりと頷く。
「よし。なら、隊形は絶対に崩すな。戻る時はコルンが先頭だ。気を引き締めろ」
「う、うん。わかってる」
コルンは洞窟のように周りが囲まれた場所で魔物と戦うのは初めてらしく、緊張していた。緊張をほぐすのも先輩冒険者として行わなければならない仕事だ。
「コルン、緊張は大切だ。でも、緊張しすぎるのは駄目だ。びびって漏らす前にそこら辺でいったん、ション便でもして気を……ごはっ!」
俺はコルンの持っている杖でぶん殴られた。
「そんなことするかっ……」
コルンは小さな声で激怒し、身震いを止める。どうやら緊張が少々ほぐれたようだ。
「いてて……。まあいい、いつも通りに動けば問題にすぐ対処できる。行くぞ」
俺は扉を開き、二階層に入った。ゆっくり歩き、魔物を刺激しないように気を遣う
「ギュイイイイイイイッツ!」
ロックアントが俺達の侵入に気づき、大あごを打ち付け警戒音を鳴らしたあと勢いよく迫ってくる。
敵の数は三匹。両壁と正面から一匹ずつだ。
ロックアントは大きさが四〇センチメートルほどの魔物で、外骨格は黒く、見た目は蟻そっくりだ。だが、胸の部分が岩で出来ており、ものすごく重い。あの部分がロックアントの素材だ。研磨剤などに使われ、需要が結構ある。
「コルンは右、フィーアは左の個体を仕留めろ。俺は正面の個体を狩る」
「了解!」
フィーアは弓を構え、コルンは魔法の詠唱を始めた。
俺は身構え、左腰に付いているゲンナイの剣の鞘を左手で掴み、柄を右手でしっかりと握る。通路の横幅は四メートルほど、短い剣なら振っても問題ない。
「はあっ!」
俺は剣を振り、ロックアントの頭を切り割いた。地面も軽く割け、剣身が埋もれる。あまりにもさっくりと切れたのでケーキにナイフを入れたような感覚に似ていた。
「はは……。こりゃいい」
俺が剣身に付いた黒い血液を布で拭きとっている間、フィーアは矢を放ち、ロックアントの頭部を射抜く。また、コルンは『ウォーターショット』でロックアントの頭部を貫いていた。どちらも、一対一なら十分戦えるようだ。
「よし、頭上に気を付けながら、先に進む。戻ってくる途中に素材を回収するぞ」
「了解」
フィーアとコルンは頷き、俺達は警戒を強めながら先に進んだ。
「ギュイイイイイイイッツ!」
ロックアントが八匹現れた。綺麗に整列し、矢じりのように後方に広がりながら迫ってくる。
「コルン、ぬかるみを作れ」
「わかった『ムゥードリー』」
コルンが詠唱を放つと、通路の一部が泥状になった。
「ギュィッツ!」
先頭のロックアントはぬかるみに突っ込み、胸の重さで上手く移動できなくなる。勢いよく進んでいた数匹はぬかるみにハマり、身動きが取れなくなった。だが、後方にいた個体は壁を伝い、俺達のもとにやってくる。だが、数を分担させることに成功したので、一匹ずつ着実に倒していく。
焦らず騒がず、一対一の形を作り駆除するのが鉄則だ。
ぬかるみにハマった個体も頭部を破壊し、駆除した。このように着実に対処して歩みを進め、俺達は二階層の最も奥に移動することに成功した。
光源の魔石も設置できたので、この階層まではある程度余裕をもって移動できるようになった。
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