第35話 山の化け物

 三階層に続く扉が破壊されており、応急処置が必要だった。

 コルンが錬金術でロックアントの胸と破壊された鉄製の扉を混ぜ合わせ、より強固な扉を錬成。

 扉を入口に嵌め込み、杭を岩壁に打ち込んで固定する。とりあえず、討伐したロックアントの胸で扉が簡単に動かないようにしておいた。

 フィーアは簡単な魔物避けの魔法を放つ。一日程度持つという。


「じゃあ、毎日一階層から二階層ずつ攻略していく。今日は潔く帰るぞ」


「そうね。無理して進んだら失敗するかもしれない。最悪死ぬわね」


 コルンは呼吸を整え、気を楽にした。気を張り続けても辛いので仕方がない。


「そうだな。矢も補充しなければ」


 フィーアは矢の本数が半分ほど減った矢筒を見た。


 俺達はロックアントを五〇匹ほど倒した。素材をコルンの異空間に入れ、持ち帰る。そのまま鉱山の外に無地脱出し、扉を閉じた。


 調査は昼前に終わり、ゲンナイの家に向って帰る。


「…………」


 俺は山の中を歩き、木々や地面、動物達の状態を見た。長年の冒険者としての癖が出てしまう。だが、その癖が功を奏した。


「ん? これは……」


 俺は大きな木の皮が削れている場所を発見した。熊の縄張りの印なわけだが、位置が普通じゃない。


「四メートル……」


 今の俺の身長からしたら、あまりにもデカい。あの場所が背中なのだとしたら、頭部はもっと上にある。

 よく見ると木の表面に黒っぽい毛が付着していた。雨風が起これば軽く落ちるはずなのだが残っているということは最近作られた印だということ。


「コルン、この森の中に冬場に起きている化け物がいるぞ……」


「そのようね……」


 コルンは化け物の足跡に両足を踏み入れていた。コルンの革靴がすっぽりと入る大きさだ。なんなら俺の足も入ってしまう。


「フィーア、森の声が聞こえるか? 妖精の声でもいい。巨大な熊、又はブラックベアーの様子を探ってくれ。化け物が里に下りてきてからじゃ遅い」


「わかった。やってみよう」


 フィーアは気を高め、意識を集中させる。すると蛍の光のような淡い光を放つ物体がぽつぽつと現れ、フィーアの周りを飛びながら発光する。


「…………いるって。山の中。デカい。動物や魔物を手あたり次第食ってるって」


 フィーアは妖精たちの声を聴き、代弁者のように呟いた。


「場所はわかるか?」


 俺は化け物を駆除しにかかる。この時期に活動している個体は食料を求め、民家に降りて来るや否や寝込みを襲ってくる可能性がある。


「こっち……って、言ってる」


 フィーアは発光体を追い、俺とコルンも付いていく。幸い、雪は降り積もっておらず、足場は良い。

 雪場だったら、熊から逃げ切るなんて不可能だ。雪の上でも馬鹿みたいな力技で時速六〇キロメートル以上の速度で走る。魔物ならそれ以上。そんな化け物たちと戦わなければいけないと言うのが冒険者の辛いところだ。

 まあ、その分、報酬が良いから仕方ないか。


「グルルルルル……」


 真っ黒な化け物が毛を逆立たせ、口から鋭い牙を見せながら大量の唾液を垂らしている。俺も以前襲われた魔物、ブラックベアーで間違いない。この時期は冬眠するんだが……、寝られなかったのか。はたまたデカい洞穴が見つからなかったのか。わからないが、ともかく、視界の先に化け物がいる。


 ――いったい何に威嚇しているんだ。


 俺は頭を低くしながら、目を細める。すると、ブラックベアーに押し倒されるようにして地面に寝ころんでいる子供の姿があった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。食らいやがれっ!」


 聞き覚えのある声が聞こえると、パンッと言う甲高い、銃声音が鳴り響く。


「グラァアアアアアアアアッツ!」


 ブラックベアーは叫んだ。大気が震え、木々がざわめく。


「く……。こんなところで……」


「ふっ!」


 俺はいつの間にか地面を蹴り、ブラックベアーの真上に移動していた。


 大声を出さず、首の真横から剣を突き刺す。ゲンナイはなまくらと言ったが、嘘っぱちだ。なんせ、ブラックベアーの首にこんな簡単に剣が突き刺さるわけがない。


「グラ……、グラアァァアッツ!」


 ブラックベアーは首に剣を刺され、一瞬止まった。だが、死ななかった。気道が防がれているはずなのに、大きく叫ぶ。立ち上がった高さはざっと五メートル。

 俺は剣の柄を握り続け、決して放さない。


「で、ディア……」


 ブラックベアーに押し倒されていたのはキクリだった。目を丸くしながら俺を見ていた。


「キクリっ! 早く逃げろ! こいつ(魔物)は冒険者の獲物だっ!」


「グラアアアアアアアアアアアッツ!」


 ブラックベアーは痛みから解放されるため、木々に衝突しながら森の中を駆けまわる。

 俺は巨体にしがみ付き、腕に力を入れて剣を少しずつ動かす。船の舵を取るように剣の柄を右側に引っ張る。


「おらああああああああああああっ!」


 俺は叫び、ブラックベアーの首の半分を掻っ切った。


「グラアアアアアアアアアアアッツ!」


 だが、この化け物は死なない。大量の黒い血が吹き出るも、首が少しずつ再生していた。ただ、呪いの効果が効いているのか若い個体より再生速度が遅い。


「強すぎる個体は環境を変えちまうからな。駆除させてもらうっ! ルークス流剣術、カエルラ撃流斬!」


 俺はルークス流剣術の一種で、岩をも穿つ滝を一刀両断できる威力と水圧をもろともしないしなやかな一振りが持ち味のカエルラ撃流斬を使い、ブラックベアーの硬く太い首の骨を切り裂く。


「グラっ!」


 剣が振り抜かれた時、ブラックベアーの首がズバッと割けた。巨大な頭が飛び、体は力なく倒れる。だが、勢いよく走っていたため、すぐに止まらない。

 体はただの肉塊なので制御されるわけもなく、俺は地面や木々に衝突しながら転げ回った。


「いつつ……」


 俺の体はコルンの身体強化で耐久力が上がっているとは言え、時速八〇キロメートルの肉体と共に至る所をぶつけまくったせいで骨が何本か折れた。死んでいないだけましだな。

 俺は地面を這うように移動し、木に背を付けて座り込む。


「もう! バカじゃないの! おっさんのくせに後先考えず突っ込んでんじゃないわよ!」


 俺のもとに駆けつけたコルンが優しい言葉ではなく罵倒してきた。体の欠損部が無いか確認し、無事だとわかるとほっとしたのか顔が穏やかになる。

 フィーアがすぐに駆け付け、骨折部位や枝が突き刺さっている脚などを回復魔法で治療してくれた。


「とりあえず、折れた骨はくっ付けた。あと、出血箇所も塞いだ。ただ、完全に治ったわけじゃないから、安静にしてくれ」


 フィーアは俺の腕を撫でながら現状を伝えてくる。


「ああ……、すまない。助かった」


「じゃあ、私はブラックベアーの解体をする。コルンも手伝ってくれ」


「はいはい。すぐに行くわよ」


 フィーアとコルンは地面に転がっているブラックベアーの解体に取り掛かった。


「ディア……。すまない……。おれ、過信してた……」


 キクリは今にも泣きそうな表情を浮かべ、俺の前にやって来た。


「気にするな。キクリが無事だったのなら、それで十分だ。えっと、肩を貸してくれると助かるんだが……」


「もちろんだ」


 キクリは俺の横に跪き、腰を持つようにして支えてくれた。

 身長が同じくらいなので凄く歩きやすい。


 俺はフィーアとコルンにブラックベアーの解体方法を指示した。キクリも所々手伝い、解体の手腕を振るった。


 コルンの異空間に巨大なブラックベアーの素材を詰め込み、キクリの家に帰る。


「今日は新鮮でデカいブラックベアーが取れたから熊鍋にする。疲れた体によく効くぞ」


 キクリは家に帰るや否や、ブラックベアーの肉を使い、料理を始めた。まあ、帰って来たのは午後五時を過ぎていたので外はもう暗い。


「はぁ、もう、血でベトベト……」


 コルンは解体が下手なので、体に汚れを大量に付着させていた。お風呂を沸かしにフィーアと外に向かう。水をくむのが面倒だと言って水溜めに『ウィーター』で大量の水を注いだ。魔法はやはり便利だな……。


「キクリ、俺も何か手伝うぞ」


 俺は激しい動きはするなとフィーアに言われていたので、午後からずっと安静にしていた。そのため体力が有り余っている。


「いや、おれのせいで、怪我させちまったから、手伝ってもらう訳にはいかない。座って安静にしててくれ」


 キクリはナイフを目にも止まらぬ速さで動かしながら、食材を切り割いている。ここのところ、毎晩鍋なのだが飽きることがないくらい美味しいので今晩も楽しみだ。


「わかった。じゃあ、よろしく頼む」


「ああ、任せておけ!」


 キクリは微笑みながら、料理を作った。料理を作るのが好きなのだろう、彼女が食材を扱っている時の顔がとても生き生きしている。


 コルンとフィーアは沸いた風呂に入り、俺は貸してもらった武器の手入れをする。

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