第68話 クラーケン
「はぁ……。はぁ、はぁ……。す、すげえ。海の中で本当に息が出来る。古代都市が明るいお陰で海中でも視界がはっきりしているな。これなら問題なく行ける。だが、その前にクラーケンの本体を探さないと……」
俺は海中に伸びるクラーケンの脚を視線でたどり、本体を探す。すると、赤黒い体の化け物が視界の先にいた。
体調は二五メートル前後。まだ小さめの個体だ。
「俺はクラーケンの方を倒す。コルンは古代都市の方に向って解呪方法を探してくれ。フィーアとキクリはコルンの護衛だ」
俺は脳内で皆に語り掛ける。念話と言うのは何とも気持ち悪い感覚だったが、意思疎通ができるのはありがたい。
「わかったわ。でも、無茶しないで」
水着姿のコルンは海中を泳ぎ、古代都市に向かう。クラーケンに恐怖しているはずなのに、自ら移動できるようになっており大きな成長を感じた。
「ディア、コルンは任せろ。私とキクリで守る。クラーケンの方は任せた」
フィーアはコルンを追って泳いでいく。戦いの才能があるフィーアが一緒なら危機に陥っても難を逃れられるはずだ。
「ディア、あのデカいタコを狩ったら超美味いタコ飯を作ってやる! 頑張れ!」
キクリは飯で俺のやる気を底上げしてくれた。彼女が作る美味い料理が食べられるとなれば、頑張らないわけにはいかない。
「よし! やってやるぞおらっ!」
俺は不意打ち紛いな戦法に出る。息を忍ばせ、伸びている脚と反対方向に回り、クラーケンの死角から攻める。
――クラーケンの急所は眉間の下側だ。そこに大剣を突き刺せば倒せる可能性は十分ある。なんなら、今は絶好の機会だ。マリンが引き付けてくれている間に、俺が倒せばいい。
「少しずつ、少しずつ……」
俺はクラーケンに気づかれないように慎重に進んだ。ただ、海中で息が出来る時間が一〇分しかないので、今すぐ倒しに行きたい。
だが、クラーケンの肌は敏感で、俺が近づけばすぐに察知される。焦ったら終わりだ。俺はマリンより早く泳げないし、逃げることは不可能。気づかれただけで命取りになる。
「グオオオオオオオオオ……」
ただたたずんでいるだけだったクラーケンが何かに反応した。無駄にデカくて長く伸ばしていた脚を釣り糸のように戻していく。
「く、くっ、くーっ!」
足先にいたのは足首を持たれ息苦しそうに藻掻いているマリンだった。
「マリン!」
俺はマリンを確実に助けるか、クラーケンの方を倒しに行くか迷った。
――万が一、マリンを助け出さずに俺が捕まれば共倒れだ。今の距離ならマリンの方を助けるのは難しくない。でも、時間が……。
俺が海中で呼吸できる残り時間は刻々と迫っていた。一〇分なんてあっという間だ。息が出来る間にクラーケンの方を倒しておかないと死を待つだけの戦いになってしまう。だが、倒せない可能性もあった。
「……マリンだけでも助けるか」
俺はクラーケンに気づかれる前にマリンのもとに泳いだ。大剣の柄を握り、マリンの脚を掴んでいるタコ足を切りに向かう。
「『プルプラ撃流斬』」
俺はアダマンタイン製の大剣をタコ足に当て、回復しずらいように抉り切る。すると直径二メートルもあるぶっといタコ足が切り離れ、マリンは逃げることができるようになった。
「グオオオオオオオオオッツ!」
何メートルも先にいるクラーケンが叫んだ。海が震え、全身に悪寒がする。温かい海域なのに吹雪に飲まれているようだ……。
「っ!」
マリンは俺の顔を見て目を丸くしながら驚いた。
俺はマリンの脚に纏わりついたタコ足を削ぎ落す。すると、マリンは身動きが取れるようになり、俺を抱きしめて尻尾を勢いよく動かし、泳ぎ出す。
俺は『テレパシー』が付与されていないマリンのデコに自分のデコを当て、頭の中で話し掛ける。
「マリン、大丈夫か?」
「は、はい! 無事です。また、ディアさんに助けてもらってしまって……。申し訳ありません」
マリンは本当に申し訳なさそうに伝えてくる。海のせいで涙は見えないが、瞳は先ほどよりも潤って見えた。
「気にするな。それよりも、今はクラーケンの方をどうにかしないといけない。もう、俺がいることは気づかれた。このままだと逃げるか倒すかの二択だ。だが、ここで逃げたら古代都市に行った三名と上に残っている海の民が軒並みやられる。だから、倒すしかない」
「そうですね……。でも、どうやって……」
「見ろ、俺の攻撃でクラーケンの脚が切れているだろ。普通ならすぐに再生するが『プルプラ撃流斬』の影響で再生が遅い。残り七本の脚を同じように切ってクラーケンの眉間に強烈な一撃をお見舞いする」
「なるほど……。つっ!」
マリンは俺の体を抱きしめながら、急速で泳ぐ。そのせいで全身に水圧がかかり、視界が歪む。息ができるはずなのに移動速度が速すぎて息苦しい……。
クラーケンは俺達の会話など待ってくれなかった。残りの脚で俺達を捕まえようと縦横無尽に攻撃を仕掛けてくる。もう、全方位から攻撃を受けているような感覚に陥った。マリンがいなかったら人間の俺なんて容易に捕まってしまうだろう。
マリンは声の反響で海の状況がある程度把握できるそうだが、俺は何が何だかわからなかった。
「グオオオオオオオオオオオっ!」
クラーケンは切られた足が痛いのか、全身を赤黒く染め、怒りを露にする。七本の脚が水中の中を目にも止まらぬ速さで伸びて来た。
「ディアさんっ! 目の前からクラーケンの足が来ます! 周りにも足があってよけきれません!」
マリンはクラーケンに逃げ道を塞がれたらしく俺に知らせて来た。
「よし! なるべく根本の方に移動しろ。俺がクラーケンの足を切る!」
「はいっ!」
マリンは身を捩じり、急降下。俺達は垂直に泳ぎ、クラーケンの足を誘い込む。クラーケンの足は俺達を容易く追尾し、海の圧力や抵抗なんて無視していた。改めてクラーケンが化け物だと思い知る。
「ふぐぐぐぐぐっ!」
マリンは急降下からの急上昇を行い、クラーケンの足先を紙一重で回避。足は先端部分が一番厄介なので、無駄に長い脚の部分を切らせてもらう!
「『プルプラ撃流斬』」
俺は視界にとらえた太い脚を抉り切る。するとクラーケンの長い脚が本体から離れ、海中に漂っていた。
「グオオオオオオオオオオオオオッ!」
クラーケンの叫び声が聞こえ、攻撃が効いているとわかった。だが、まだ六本も残っている。
「マリン、辛いかもしれないが、俺にもう少し力を貸してくれ!」
「もちろんです! 今度は絶対に全部躱しきります!」
マリンは良い顏で宣言した。やはり、恐怖に強い心を持った者は頼もしさが違うな。もちろん、全員がマリンのような命知らずの心を持っていたら全滅するのが落ちなのでパーティーに一人くらいで十分だ。
「よし! 行くぞ!」
俺とマリンは先ほどと全く同じ方法でクラーケンの足を狙う。だが、クラーケンは馬鹿じゃない。同じ作戦に引っかからず、真下からも足が迫って来た。
「マリン! 臆さずに進め!」
「はいっ!」
マリンは前方から迫る足に怯えず、急降下を続けた。目の前から死が迫ってきているような状態だが、マリンの泳ぐ速度は一向に落ちない。なんなら、上がっていた。
俺は大剣を構え、クラーケンの足と触れ合う瞬間に大きく振るう。
「『シアン流斬』」
大剣によって巨大なクラーケンの足は後方に流れる。そのまま『プルプラ撃流斬』で真下から迫って来た脚を切り落とし、急上昇してもう一本の脚も切断した。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
クラーケンは足を四本失い、激痛が走っているのか大声を出す。たとえ四本の足が無いからと言ってクラーケンが弱くなると言うことは無い。逆に警戒心が強まり、逃げられたり、再生力が高い体によって足が治った後、倒されたりと言う可能性もゼロじゃなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。着実に足を切らせてもらう」
――マリンがいなかったら俺は一人でここまで出来なかった。さっきの判断は間違っていなかったはずだ。
「マリン、体力は残っているか?」
「ま、まだまだ行けます……」
マリンはずっと泳ぎっぱなしでとても辛そうだった。息を止めながら泳ぐだけでも辛いのに、全力で泳ぎ続けていたらそりゃあ苦しいに決まっている。
「マリン、水面に戻って呼吸し直せ。ずっと動いていたから息苦しいだろ。呼吸し直した方が早く泳げるはずだ」
「は、はい。そうします!」
マリンは水面に向って泳ぎ出した。
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