第69話 古代都市
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
クラーケンはマリン目掛けて残りの四本の足を仕向けて来た。速度は異常に早く、マリンと同じかそれ以上。
マリンが遅くなっているのか、はたまたクラーケンの足が速くなったのか。どちらかわからないが、追いつかれるのは明白だった。
「マリン、俺を捨てろ! 俺が足を引き付ける、その間に呼吸するんだ!」
「で、でも……」
「安心しろ! 俺は討伐難易度特級の魔物を四体も倒した金級冒険者だ。クラーケンごときに負けない!」
俺はマリンのデコにデコを当てながら威勢よく伝える。
「……わかりました。絶対に戻ってきます!」
マリンは俺を手放した。すると、腰を上下に動かして尻尾の勢いを強める。そのまま、ぐんぐん加速していった。
「ふっ、それでいい」
俺は真下から迫ってくるクラーケンのぶっとい足に狙いを定める。
「『フラーウス連斬』」
俺は水を思いっきり蹴り、地面のように硬くして推進力を得る。そのまま四本の足の間に入り、縦横無尽に跳ねまわって滅多切りにする。
四本の足を断ち切ったが『プルプラ撃流斬』ではないため、足が用意に再生した。速度重視の攻撃だったので仕方ない。だが、クラーケンの標的は俺に移った。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
クラーケンの雄叫びと共に、再生している四本の足が俺に攻撃してくる。捕まったら終わりだ。
海中と言う不利な状況で水圧や抵抗により、いつもの何倍も重く感じる大剣を振り回しながら攻撃を繰り返す。
だが、クラーケンの学習の力は物凄く高く、俺が早く泳げないと知っており無暗に攻めてこない。
俺の『プルプラ撃流斬』を警戒し、距離を保ちながら一本の足で的確な攻撃を放ってくる。
「ぐはっ……」 ――息が出来なくなった。もう一〇分経ったのか。
コルンの魔法が切れ、呼吸が出来なくなってしまった。身体強化を受けた俺が息を止めて行動できる時間は五分が限界だ。その間に倒さないと死ぬ。
「ディアさん!」
声は聞こえないが、音波が体に当たった。
マリンが呼吸をして戻って来たようだ。先ほどよりも素早い泳ぎでクラーケンの足を掻い潜り、俺をぎゅっと抱きしめる。『念話(テレパシー)』の方は未だに効果があり、マリンと意思疎通を行う。
「マリン、俺の息が持たなくなる前に、クラーケンを倒す! 全速力で泳ぎ、クラーケンの眉間に向ってくれ。俺がこの大剣をクラーケンの眉間に突き刺す。成功率は五分五分だ……。付き合ってくれるか?」
「私はディアさんに何度も助けてもらったんですよ。手を貸すのは当たり前じゃないですか!」
マリンは頭に響くくらい大きな返事をした。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
クラーケンは叫び、海中を震わせる。あまりにも大きい声で海水に気泡が生まれていた。音は液体の中だと空気中よりも早く伝わるため、強烈な音波により海の中で地震にあったように体が震える。
「来るぞ! 全力で泳げ!」
俺はマリンに抱きしめられた状態で大剣を構える。
「はい!」
マリンは俺を抱きしめながら海の中を全力で泳ぐ。
「はぁあああああああああああああああああああっ!」
マリンは弧線を描くように加速し、迫りくる四本の巨大な足の正面に突っ込む。彼女の雄叫びが水中でも聞こえて来た。
「おらぁああああああああああああああああああっ!」
俺も今後の呼吸なんて考えず、マリンと同じく雄叫びを上げながら大剣の持ち手を力強く握り、狙いを定める。声を出すと全身の制御が解除され、いつも以上の力が出せるようになるのだ。
「『ニガレウス撃流連斬!』」
俺はルークス流剣術の奥義を水中で放つ。出来るか出来ないかわからなかったが、やるしか勝ち目がない。逃げられない状況なら、放つしかないだろ!
「グオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
クラーケンの叫び声が聞こえた。
目の前に見える巨大な四本の足が『ニガレウス撃流連斬』によって細切れになっていく。
俺がクラーケンの足を切ってマリンがただひたすらに全力で眉間目掛けて真っ直ぐ泳いでいる。切って進んで切って進んで……。息が出来ないが、気にしていられない。なにがなんでもクラーケンを倒す!
切り続けているとクラーケンの本体が目の前に現れた。
「『プルプラ撃流斬!』」
俺は大剣の先をクラーケンの眉間に突き刺し、抉り切る。
「おらっ!」
俺は大剣を縦に振るい、クラーケンの体を真っ二つにした。裂いた体の間を抜ける。確実に急所を抉った感覚があった。クラーケンの寿命も大分削っていたので致命傷のはずだ。
指先を上に向ける。すると、マリンは上に泳いだ。
「ぷはっ! はぁ、はぁ、はぁ……。し、死ぬかと思ったぁ……」
俺は外の空気を大きく吸い、生命維持に集中した。
――あぁ、空気が美味い……。
「ディアさん! すごすぎますっ!」
マリンは俺にぎゅっと抱き着き、頬に唇をこれでもかと当ててくる。まるでキツツキのようだ。
「どうやら賭けに勝ったらしい。マリンがいなかったら勝てない相手だった。ありがとう」
俺はマリンにぎゅっと抱き着き、背中を摩った。子供の俺では包容力の欠片も無いが、少しは落ち着いてくれるはずだ。
「皆! 海の中にクラーケンの素材があるから、回収しておいてくれ!」
俺はトランドラ号にいる海の民に話しを通した。
「ほ、本当か!」
海の民の男は大きな声を出し、船から身を乗り出した。
「ああ、本当だ! 魔石も回収してくれると助かる!」
「わ、わかった! 任せてくれ!」
海の民は次々と海の中に飛び込んでいく。
「マリン、連続で悪いが俺を古代都市まで連れて行ってくれ」
「はいっ! 任せてください!」
マリンは大きく息を吸う。それに合わせて俺も息を吸った。海の中に引きずり込まれる感覚を受ける。息を止めることだけに意識を向けた。
俺とマリンは淡い光を放っている巨大な古代都市に近寄った。
――本当に都市が沈んでやがる。人はいるのか? いたとしてもどうやって生活しているんだ。とりあえず、コルン達と合流しないとな。
古代都市の周りに巨大な膜が張られており、触れると反発する。どういう仕組みなのか全く分からない。コルンならわかっただろうか。
「コルン、古代都市にどうやったら入れる?」
俺は『テレパシー』でコルンに話しかけた。
「勢いよく突っ込めば膜を貫通出来るわ。でも、上空から入ると真っ逆さまに落ちるから気を付けて」
コルンは俺に返答してくれた。
「……もっと早く言ってほしかった」
俺とマリンは海面から一番近い膜に触れていた。マリンが尻尾を動かし、前に進んだ瞬間に膜を貫通し、真っ逆さまに落ちる。
「うわああああああああああああああああああああああああっ!」
俺とマリンは大声で叫び、互いにこれでもかと抱き合う。
「もう! 何で教えた傍から落っこちてるの!」
水着姿のコルンが俺達に気づき飛んできた。そのまま、俺達に魔法を掛け、落下を遅らせる。さすが天才魔法使い、対処が速い。
「はぁ……、た、助かった……」
俺とマリンは古代都市の石畳の上に靴裏を付けた。
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