第67話 トランドラ号
「まさか、本当に完成するとは……」
「ふふふっ。いい出来だ。名前はトランドラ号」
キクリは腕を組み、浜辺に置かれている船を見て胸を張る。どうやら彼女は大工の才能もあるらしい。だが、名付けの才能は無かった。
船の装甲にトランドラゴンの鱗を使い、耐久性を上げ、大きな帆が風を受けて進む、古い型の船だ。
だが、フィーアの風属性魔法やマリンが引っ張る力などがあれば十分な推進力になり、早く移動できる……はずだ。コルンの計算上可能らしいので天才を信じるしかない。
「では、引きまーす!」
マリンや他の海の民が縄を引っ張り、船を海の上に運ぶ。
俺達が作ったトランドラ号は海面にしっかりと浮いた。
「ほ……。まずは一安心だな」
「さ、乗り組むわよ」
コルンは酔い止めを飲み、魔法で浮いて船の上に乗る。
「うん、問題ないわ」
コルンは飛び跳ねたり、走ったりするも、船が沈むことは無かった。
「じゃあ、皆を乗せるわね」
コルンは俺達を魔法で浮かせ、船の上にゆっくりと乗せた。
「おお……、以外と安定しているんだな」
「おれが作った船だ。コルンの計算とフィーアの木の質を見る目が加わって最高の出来になってる。ディアが倒したトランドラゴンの素材も使って耐久性は抜群だ!」
キクリは橙色の瞳を輝かせ、褒めてほしそうに俺の方を見てきた。
「よ、よく頑張ったな」
俺はキクリの頭を撫で、しっかりと褒めた。
「ふふー。チュッチュしてもいいぞ」
キクリは唇を尖らせる。腰をくねらせ、タコかと言いたくなったがぐっと飲み込む。
「しない」
俺はキクリの額に手刀を放ち、軽く流した。
革袋からメリー教授が貸してくれた魔道具を取り出し、古代都市が沈んでいる方向を調べる。マリンが書いてくれた海図と照らし合わせると全く同じ方向だった。マリンのあてが当たっている可能性が高い。
「マリン。このまま、南列島の方角に向ってくれ。マリンが当てにしている点まで行く」
「了解です! では、皆! 行きますよ!」
マリンはドルフィンのような太い尻尾を動かし、他の海の民と共に船を引っ張った。海の民はマリンを合わせて八名。今回の危険な調査に自ら同行させてほしいと言って来た者達だ。どうも、トランドラゴンを倒す姿に感動したらしい。
「コルンとフィーアは風属性魔法で帆を軽く押してやってくれ」
「了解」
コルンとフィーアは開いた帆に魔法を放ち、推進力を生む。すると、普通に泳ぐより断然早い速度で移動していた。
「うわ、こりゃ凄い。ここまで早いのか」
「トランドラゴンの鱗が海との摩擦を軽減してくれているみたいだ」
キクリは船の先頭に立ち、水しぶきを浴びていた。海の男……じゃなくて、女。少々褐色の肌と露出が多い服装のせいで似合い過ぎている。
一日じゃ到底つかない距離なので、一から二時間置きに休憩を挟みながら進んだ。どうも、船内で寝られるようにしたのは正解だったらしく、海の上でも快適な睡眠がとれた。まあ、船上で歌うマリンの子守歌のおかげの可能性はあるが、筏ではこうはいかない。
主な食料は魚。
水分はコルンとフィーアが魔法で生み出した水。海の上を二日ほど移動すると沢山の島々が見えて来た。元から島はあったが、連なっているように見えるほどたくさん現れた。
「ここが、南列島か。そうなると、この広い海域に沈んだ古代都市があるんだな……」
俺は魔道具を見て古代都市の場所を調べる。マリンと全く同じ方向を指さし、ゆっくり移動していく。辺りに島が見えなくなったころ……。
「あっ! 見て! やっぱりあった!」
マリンは興奮した声を上げ、海中を指さす。
俺達は船の上を勢いよく走って海中を覗いた。すると深い場所に黒ではなく発光している場所があった。
「す、すごい……。本当にあった……」
コルンは目を丸くし、メリー教授の話が嘘ではないとわかったからか笑っていた。
「ん……、ちょっと待て……。何かが海中にいるぞ」
俺達が喜んでいたのもつかの間、海の民の男が異変に気づく。
「つっ!」
トランドラ号の周りに巨大なタコ足が現れた。太さは二メートル以上、長さは計り知れない。本数にして六本あり、巨大な柱に囲まれたような状況だ。
「海の民の皆! 船に戻れ!」
俺は状況を一瞬で把握し、海の中にいる八名に声を掛ける。
「くっ!」
海の民は海面を強く叩き、船の上に飛び乗る。
「おい、マリン! 何してる! 早く戻るんだ!」
マリンだけ、船に上がってこなかった。海面で漂い、何か考えている。
「このままじゃ、船ごと沈められる可能性があります! 私が囮になるので、その間にいったん逃げてください!」
マリンは腰につけていた縄を解き、深い海に潜る。
「バカ! やめろ!」
俺は大声で叫ぶが、命知らずのマリンはとまらなかった。バカと天才は紙一重と言うが、あいつは完全にバカの方だ。
「くっ! こんなデカいタコ足を持つ魔物なんて一体しかいない!」
「一〇〇パーセント、クラーケンでしょうね! ディア、どうするの! このままじゃ、マリンが確実に死んじゃうわ! なんなら、私達も巻き添えを食うわよ!」
コルンは大声を出し、俺に訊いてきた。びびってはいるが漏らしてはおらず、今までの特級たちとの戦いで度胸が大分ついたようだ。
クラーケンは海の魔物の中で最も恐れられている。もちろん、討伐難易度特級の化け物だ。
なんせ、あのタコ足に掴まれたら最後、逃げ出すのはほぼ不可能。闘技場を思わせるほど巨大な体に人並の知能。それだけで討伐出来る人間は限られてくる。
加えて海の中と言う最悪な条件で戦わなければならず、討伐された記録はほとんどない。
今、そんな化け物が真下にいる。古代都市付近にいるのは偶然か、はたまた質全なのか。
トランドラ号を囲っていた六本のタコ足は海面に沈み、囮となったマリンに向っていた。
「このまま、マリンがクラーケンの足を引き付けている間に海に潜って本体を倒す!」
「ちょ、本気? あのマリンを信用しても大丈夫なの……」
コルンは苦笑いを浮かべ、マリンがいる海の中を除く。
「マリンの泳ぎはトランドラゴンを凌ぐほど速い。命知らずで死ぬことを楽しめるぶっ飛んだ女だ。それだけで信用できる! コルン、俺達に海中でも呼吸ができるようにしてくれ。加えて無言で連絡が取れるよう魔法を掛けろ。コルンなら出来るだろ」
「まったく……、私が天才じゃなかったらそんな芸当、普通は無理なんだからね!」
コルンは大きな魔石が付いた杖の尻を床に付け、呪文を唱え始めた。
「静かなる海の精霊よ、海中に潜りし汝らに加護をあたえたまえ『水中呼吸(アぺニア)』」
コルンが長めの詠唱を放つと、魔法陣が展開し、神々しい光りを放つ。すると俺達に魔法が付与された。
「『念話(テレパシー)』」
コルンは続けて短めの詠唱を放つ。魔法陣が展開し、光が放たれた。
「頭の中で話したいことを考えると相手に伝わるわ」
コルンは口を開けずに俺達の脳内に語り掛けて来た。やはり、魔法は凄い……。
「お前、本当に天才魔法使いだな。頼りになりすぎて怖いくらいだ」
「ふふっ! この程度当たり前に出来るに決まってるじゃない。でも『水中呼吸』の効果は一〇分も持たないから、急いだ方が良いわよ」
コルンは真顔で言った。その真顔があまりにも怖い……。
「バカ野郎! それを早く言え! 海の民は逃げてもいい。ここからは俺達の戦いだ。コルン、フィーア、キクリ、行くぞ!」
俺はアダマンタイン製の大剣の柄を握りながら海に飛び込む。
「了解!」
コルンとフィーア、キクリも戦いの準備を一瞬で整えて海に飛び込んだ。
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