第66話 船を作る

「た、楽しかったか……。凄い感性だな。まあ、楽しいと思えるのならマリンは恐怖に強いんだろう。普通の者が持っていないお前の長所だ。きっと今抱いている恐怖だって、行ってしまえば何ともなかったと言っているはずだ」


「そうですかね……。でも、そうだったら楽しそうですね!」


 マリンはいい笑顔を浮かべた。その天真爛漫な笑顔を見てドキリとしてしまう。やはり女の笑顔は強力だな。


 夜も遅く、キクリがすでに寝ているため、見張りの順番を勝手に決める。フィーア、俺、キクリの順になった。俺は先に眠って三時間後に起きる予定だ。


 環境が良いからか目を閉じたらすっと寝られた。何者かに揺さぶられ、目を覚ます。


「ディア、交代だ」


 フィーアは俺の肩を揺らし、起こして来た。目尻が下がり、緑色の瞳がとろんと蕩けており、すでに眠たそうだ。


「ああ……。わかった」


 俺は上半身を起こし、火の番を行う。薪を集め、燃えている炎の中に投げ入れると言う作業を慣れた手つきで行った。


「海の民の女性とやりたい放題、孕ませ放題か……。普通の男ならそそられるよな……。ん? 待てよ、メリー教授やギレインはこのことを知っていたのか。そうだとしたらあいつらも相当悪人だな……」


 俺は脳内で高らかに笑う二名の顔が浮かんだ。ほんと外面だけいいように見せて内面は腹黒い奴らだ……。

 コルンと約束していなければ普通に手を出していたかもしれない。子供の元が出るかわからないが立ちはするのだ。八歳児ならギリギリ……。いや、今はそんなこと考えるな。


 俺は頭を振り、胡坐をかいて瞑想を始めた。精神を落ち着かせ、無駄な鬱憤を払う。

 月が四五度ほど傾いたので、ぐーすか眠っているキクリを起こす。


「キクリ、起きろ。見張りの交代だ」


「う、ううん……。ああ、おれの番か」


 キクリは上半身を起こし、あっと言う間に目を覚ます。寝起きが良すぎて目がぱっちりと開いている。睡眠の質が良いんだな。


「ディアが起きるころには美味しい朝食が出来てる。楽しみにしてな」


 キクリは子供っぽく笑い、俺の頭を撫でて寝かしつけてきた。子供のような見た目からは想像もできないほどの安心感がにじみ出ており、毛布に包まれているような温もりを得る。


「母さん……」


 俺の内心が口から勝手に零れだした。


「だーれが母さんだ。おれはディアの母さんじゃないぞ。じゃあ、ゆっくりお休み」


 キクリは流れるように俺の唇にお休みのキスをしてきた。


 ――こいつ、出来る。


「お休み……」


 キクリの甘やかしは眠たいころに物凄くよく効き、俺は容易く眠りについた。その後、俺は鼻に突くスパイシーな香りと腹が鳴る音で目を覚ました。


「ふわぁーあ。美味そうな匂い……」


「お、ディア。おはよう。朝食の料理が丁度出来たぞ」


 キクリは焚火を使って鍋の中身を暖めていた。


「はわわーっ! 美味しそうですっ!」


 青い瞳を輝かせ、口から涎を垂らしているマリンが見えた。すでにキクリが作る料理の虜みたいだ。


「ああ、良い匂い……」


 コルンは料理の匂いに誘われ、罠に付いているチーズに寄ってくる鼠のように小屋から出て来た。


「今日は魚にココナッツミルクを入れ、香辛料で深みを出したスープだ。マリンが取って来てくれた新鮮な魚を使っているから美味いぞ」


 キクリは木製の皿にスープをそそぎ、俺達に配る。スプーンも配られ、皆で朝食にした。


「うっまあ……。舌に残る香辛料の辛さとココナッツミルクの甘味が完璧に合ってる。魚の身も油が乗っていて口の中で勝手にほろけていく……」


 俺の口の中は美味いで満たされた。その現状は俺だけではなく、コルンとフィーア、マリンの三名も同じだった。


「キクリさんの料理、美味しすぎます……。一昨日食べたカリーご飯は本当に最高でした!」


 マリンは穏やかな笑顔を浮かべ、キクリの料理を美味しくいただいていた。


「んんっ。こんなに美味しい料理をタダでもらう訳にはいきません。私、歌わせてもらいます!」


 マリンは立ち上がり、朝っぱらから大声を出して歌い出した。身が震えるほどの声量で、心臓がドックんドックんと湧き上がる。朝の活力が漲ってくるような不思議な感覚。血が全身を流れ、眠たかった頭が一瞬で冷めた。


「ふぅー。朝の眠気を吹っ飛ばす歌です。どうでしたか?」


 マリンは先ほどの豪快な歌を放っている時と雰囲気が一気に変わり、穏やかな表情で息を整え、訊いてきた。


「凄い……。本当に眠気が吹っ飛んじゃった……」


 コルンは大きな目をぱちくりとさせた。金色の瞳が日の光を反射し、活力が沸いているように見える。


「ああ……。全く眠たくない。今から全力疾走が出来そうだ」


 フィーアもあくびを一切せず、吹き抜けたいい顏をしている。緑色の髪の艶がより一層増し、瞳にやる気が漲っていた。


「おれは元気がモリモリ上がって来た! マリン、すごいな!」


 キクリはもともと元気だったが、更に元気になっていた。体の筋肉が弾けんばかりに膨れ、肉体美に磨きがかかる。


 昨晩の歌といい、今の歌といい、マリンの歌声には物凄い力があるようだ。

 実際、俺も体の内側から力が溢れ出してくるような不思議な感覚に見舞われていた。


「コルン。体調はどうだ?」


 俺は料理を元気いっぱいにガツガツ食しているコルンに訊く。


「もう、完璧! 一杯寝て美味しい料理を得て、元気になる歌を聞いた。これ以上ないってくらい完璧な体調よ!」


 コルンは異空間から杖を出し、大きく振るった。すると、辺りの空気が一気に爽やかになる。魔力を超小さくして霧のように散布したようだ。高度な魔力操作が必要な芸当で、何の問題もなく行えているため、体調は問題ないと判断した。


「よし、古代都市に向かう準備をする。マリン、地図を渡すから気になる地点までの海路を作ってくれ」


「任せてください!」


 マリンは大きく頷き、やる気を見せた。


「キクリ、頑丈な船を作れるか?」


「ふっ。おれを誰だと思ってる。大波を食らっても耐える頑丈な船を作ってやるさ」


 キクリは胡坐をかき、堂々と言った。彼女が言うと安心感が半端ではない。


「コルンとフィーア、俺はキクリの手伝いだ。なるべく完璧な状態で南列島に向かう。準備は怠るな。準備で作戦が成功するか失敗するかがほぼ決まる」


「了解!」


 コルンとフィーア、キクリは大きく頷いた。


 キクリが設計した図を基にコルンが計算し、俺が木を切る。フィーアが風属性魔法で形を完璧に作り、キクリが組み立てた。

 俺はただの筏を想像していたのだが、船内で寝られるだけの広さがある大きさの船を作っていた。準備をしろと入ったが、ここまでするか……。


 俺は苦笑いしながらもキクリの本気を削ぐわけにはいかず、漁船のような形の船が八日掛かりで完成した。

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