第12話 大森林に向かう
「お、おおお、おおおおおおっ! すっげえっ!」
俺は頬をガラス窓にいつの間にか付けながら空を飛んでいると言う事実を改めて知る。
「コルンっ! 島が滅茶苦茶小さく見えるぞっ! ははっ! すげーっ!」
「ぷぷぷっ、おっさんがガキみたいに喜んでるー。気持悪ーい」
「なっ……。し、仕方ないだろ。楽しくなっちまったんだ。ん……、顔色が悪いぞ?」
「う、うぐぐ……、酔った……」
コルンは顔を青くし、今にも胃の内容物を吐いてしまいそうだった。俺は慌ててボンサックを広げ、コルンの口の前に出す。
その後は見るも絶えない姿になってしまった俺の衣類の惨状を知ればどうなったかくらい想像できるだろう。
一二日後……。
「うう……。飛行船、怖い……」
コルンは飛行船で酔いまくり、アンデッドのような青い顏をしながら、大森林に最も近いドンロンの地に靴裏を付けた。
「はぁ、これから依頼だって言うのにその体調で大丈夫なのか? ほら、給水所でもらって来た水だ。ゆっくり飲んで少し休むぞ」
俺は一二日間、子守をずっとしていた。
夜怖いからトイレに付いて来てやら、気持ち悪くて寝られないから背中摩ってやら、一八歳の成人した女が男に頼むなと言いたくなるも、俺の体が子供のせいで性対象に見られていないっぽい。
まぁ俺の方もコルンを性の対象と見たことは……多分、一、二回くらいしかないかな……。
ドンロンに到着した俺とコルンは土地の空気に慣れ、体力や身体機能を戻すために数日滞在した。
ドンロンで生活を始めて七日経ち、コルンの体調も万全に戻った。
ドンロンから大森林までざっと五〇○キロメートル。
その間に小さな村がいくつもあるそうなので食料や水を大量に持って行く必要はなさそうだ。ゲロ塗れになった俺の衣類はコルンが水属性魔法で綺麗に洗濯したおかげでにおいを気にする必要なく着ることが出来ている。コルンは「捨てろ!」と言っていたが「物は大切にしないとばちが当たるぞ」と教えると、潔く引き下がった。
「ねえ、西門まで来て聞くけど、まさか走って大森林まで行く気じゃないでしょうね? 前の時はお金がなくて仕方なく走ったけど、今は移動費が貰えるんだから馬車で移動すればいいんじゃない……」
コルンは苦笑いをしながら俺の方を見てきた。
「走って行くに決まってるだろ。食費と宿泊費が二人分かかるんだ。馬車代だって馬鹿にならないからな。あと、冒険者は体力が命だ! 体力を付けながら目的地に向かう! それこそ、古き良き冒険者の習わしだ!」
「考えが古臭いのよ、おっさんっ! 目的地に着いた時点でバテバテになっちゃったら意味が無いでしょ!」
コルンは魔法杖をブンブン振りながら、怒る。
「だが、コルン。お前の体力の無さは問題だ。体力が無かったら走って逃げることも出来ないんだぞ。騙されたと思って体力をつけてみろ。魔法の練度も上がるはずだ」
「はぁ……。その根拠や説明に値する実験報告があるの?」
「そんな物は無い! だが、俺が見てきた魔法使いの中で体力が多い奴が今でも生き残っているのは確かだ。長年の経験則だな」
「はぁ、信じるのに十分値する情報ね。わかったわ。走ればいいんでしょ、走れば」
コルンは魔法の杖を消し、ローブ姿から動きやすい半そで短パンの姿に一瞬で着替える。どうやら、早着替えをする魔法らしい。変わった魔法まで使えるとなると、やはり天才なんだろうな。
――にしても、色気ねえな……。
「なに、見てるのよ、変態おっさん。さっさと走るわよ!」
コルンは我先に駆けだした。
「はぁ……。わかってるよ」
俺はコルンと共に走った。
走っている途中に懐中時計をふと見ると午前八時から二時間くらい経っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。も、もう無理。走れない……。これ以上走ったら、死んじゃう」
コルンはアンデッドのようなヘロヘロ歩きをしながら、地面に倒れ込んだ。
「まあ、魔法使いが魔法を使わずに二時間も走ったんだ。上出来だな」
俺はコルンを抱き上げる。
「ちょっ! 何、してるの!」
「なにって、疲れたんだろ。俺が運んでやるよ」
「そう言って、私のお尻を触りたいだけでしょ! この変態!」
確かに俺はコルンのお尻を持ちながら抱き上げていた。
「はぁ……。じゃあ、こっちで良いか?」
俺は抱きしめる持ち方からお姫様抱っこに変え、走る。コルンの身体強化魔法のおかげで子供一人くらいなら抱えて走れる。
「な、なんで! こうなるのよ!」
コルンは叫びながらも俺の首に手を回し、抱き着いてきた。どうやら、走れず、倒れたのが悔しいらしい。こいつは誇りが無駄に高い女なのだ。
一日一〇○キロメートル進めたら良い方だと思っていたが、身体強化の魔法は俺が思っている以上に効果があった。休みなく、半日で一〇○キロメートル移動できたのだ。
コルンの魔力量が多い影響もあり、子供の俺は大人に身体強化を掛けるよりも長時間持続できるのに加え、上昇幅も広いらしい。とは言ってもコルンの魔力量の限界が近づくと魔法が切れる。
今まで分からなかったが長い間走りながら調べて得た情報だ。俺達は移動中に見つけた村に一泊する。
今は宿を借り食堂で夕食を得ながら話し合っていた。
「俺に身体強化を長時間使っているとざっと一二時間でコルンの魔力量がゼロになるみたいだな」
俺はパンと水を食す。体が小さくなった影響で、少量の食料でも体が動く。
「そうね。でも、他の魔法を使ったら、もっと時間が短くなると思う。戦いの時は私も攻撃魔法を使うから、気を付けないと、どっちもただの子供になってまとめてワイバーンの餌になるわね」
コルンは特盛の茹で麺にひき肉とトマトソースをこんもりと乗せた料理を食べていた。どうやら彼女は大食いらしい。
「コルンの魔力量が俺とお前の行動時間ってことだな……」
「はぁ、私の魔力量が少なかったら、あんたはほんとただの子供だったわけね」
「く……。何も言い返せん……」
俺は自分の小さくなった手の平を握り、呟いた。
俺達は食事を終え、借りた同部屋に向っていた。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」
耳障りすぎる大きな叫び声が宿の外から聞こえた。
「なっ! この声はワイバーンだ。コルン、魔力量はどれくらい回復した?」
「ざっと、一割くらい。身体強化だけなら、一時間くらいは戦えると思う」
「なら、戦わないわけにはいかないな」
俺とコルンは宿の外に出る。すると夜空に浮かぶ赤い光沢を放つ魔物を発見した。
村人はワイバーンの影響で家の中から出ることが出来ず、いつ襲われるかもわからない恐怖の日々を過ごしていると言う。駆除しようとする者はここ一年現れていないそうだ。まあ、こんなド田舎の村に来る物好きな冒険者はいない。
「あれはレッドワイバーンで間違いないな。大きさは中ぐらいってところか。討伐難易度三級くらいだな」
「魔法の援助は?」
コルンはローブ姿に魔女帽子をかぶったいつもの格好に戻り、魔法杖を瞬時に出現させた。
「『パラライズ』と『ウォータープリズン』」
「その魔法を使ったら、あんたに掛かっている身体強化の継続時間が五分を切るけど」
「コルンの援護魔法があれば五分で十分だ。気に食わないが、お前の魔法使いとしての腕は見込んでる」
俺は縦に背負っている大剣を真横に動かし、柄を持って横から引き抜くようにして構える。使いにくくて仕方ないが、やはり俺の冒険者人生を共に行動してくれた愛剣を手放すわけにはいかなかった。
「グギャアアアアアアアアアッツ!」
レッドワイバーンは月あかりに照らされている俺とコルンを見つけ、吠える。周りに獲物となる人間が俺達しかいないので、当たり前のように向かって来た。
体長は四メートルを超え、翼を広げれば横幅八メートルは軽く超えようと言う魔物が極太の脚を突き出し、鉄板なんて紙よりも容易く切り割くかぎ爪で攻撃してくる。
「コルン、ギリギリまで引き付けてから、魔法を放て。俺が守ってやるから、ビビるな」
「わ、わかってるわよ!」
コルンは足をガクガクぶるぶると震わせながら杖先をレッドワイバーンに向け、吠える。声だけはいっちょ前にデカいのに、気は角砂糖よりも小さいようだ。
レッドワイバーンとの距離は二○メートルを切った。
「も、もういい! もういいでしょ!」
「駄目だ。こんな距離、最悪外したら俺達はあの太い脚とデカい爪で体がグシャグシャだ」
レッドワイバーンとの距離が一〇メートルを切った。巨大な翼竜が大口を開けながら涎を垂らし、餌目掛けて攻撃を繰り出してくる。
「も、もう無理! 出しちゃう! もう出させて!」
コルンは叫ぶ。だが……。
「まだだ。もっと引き付けろ。俺があいつを地に落とす。その時が好機だ」
俺は大剣を頭上に構え、息を整える。
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