第13話 ワイバーン種との戦闘


「グギャアアアアアアアアアッツ!」


 コルンの長い金髪が靡くほど近くに魔物が接近してきた。距離にして三メートル。もう、一秒もしないうちにやつの巨大な爪が俺達を切り割こうとしていたころ。


「マゼンタ撃斬ッ!」


 俺は小さな一歩を踏み出し、大剣を地面目掛けて振り下ろす。


「グギャッ!」


 大剣が振り下ろされた際、レッドワイバーンの体に強い気圧が掛かり、地面に急降下。地面を割るほど勢いよく腹から落ちる。だが、これで死んでくれるほど、ワイバーンは軟じゃない。


「コルン、今だ!」


「『パラライズ』『ウォータープリズン』」


 コルンはペタンコ座りをしながら盛大に漏らし、泣きながら叫ぶ。杖先の魔石が光り、三メートル先のレッドワイバーンに電撃波と巨大な水球が飛んだ。

 レッドワイバーンの体に電撃波が当たると一気に放電。レッドワイバーンの身を焦がすほどの威力の『パラライズ』となる。加えて拘束する水球が鱗に付着すると効果を高めるために巨大化した。

 レッドワイバーンは巨大な水球に閉じ込められた状態で、麻痺の状態異常を食らい、身動きが取れなくなっていた。


「フラーウス連斬!」


 俺は『ウォータープリズン』の周りを稲妻の如く駆け回りながら、レッドワイバーンの体を切り割き続けた。水球が真っ黒に染まり、手ごたえが無くなったころ俺の身体強化も切れた。


 水球が地面に落ち、黒い水が地面に沁み込んでいく。残ったのはバラバラに切り割かれたレッドワイバーンの死骸だけだった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。良し、十分勝てるみたいだな」


「う、うぅ……。死ぬかと思ったぁ……」


 コルンは泣きながら呟く。どうも腰が抜けて立てないらしく、俺が運ぶ羽目になった。大剣は引きずるように回収し、レッドワイバーンの素材は村に売り、生活資金とする。


 ドンロンを出発して五日が経った。


 俺とコルンはレッドワイバーン、グリーンワイバーン、ブルーワイバーンをことごとく討伐して行った。

 魔法使いが一人いるだけで戦いの幅が大きく広がり、俺は感心してしまった。コルンほど優秀な魔法使いなら、他の冒険者パーティーに入っても十分活躍できるだろう。それこそ、ライトと一緒に戦ったら白金級の冒険者パーティーになれることがわかり切っていた。


 大森林が視界に映り始めたころ、俺は体が元に戻ったあとの話しをコルンにする。


「コルン、俺が元に戻ったら、金級冒険者のライトを紹介してやる。あいつとなら、コルンは白金級の冒険者に成れるぞ! 俺が保証するぜ!」


「嫌……」


 コルンから帰って来た言葉はあまりにも意外だった。


「嫌って……。お前は偉大な魔法使いになるのが夢なんだろ? ライトは俺が言うのもなんだが、天才だ。お前と同じくな。俺は冒険者を引退するし、将来を考えたら、優秀な者と一緒に冒険者をした方が生存率、仕事の効率共に上がる。良い話しだと思うんだが」


「嫌なものは嫌。私、あいつ嫌いだし。それに……やっぱ、何でもない」


「なんだそりゃ……。まあ、コルンが嫌だと言うなら、無理にとは言わねえよ。こんな俺と組んでもワイバーンに苦戦するどころか、何頭も連続して討伐できるくらい優秀なんだ。お前は俺が見てきた冒険者の中でもずば抜けてるよ。自信を持て!」


「う、うっさいわね! そんなこと、体が戻ってから言いなさいよ!」


 コルンは逆切れをかまし、俺よりも先に走っていく。


 ――な、なんで怒っているんだ。女心、本当にわからん。


 大森林周辺に来ると空気感が変わる。コルン曰く、とても魔力が豊富で居心地がいいらしい。


「グッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 三頭の巨大なワイバーンが空を旋回し、吠えていた。大森林の入り口付近に見える巨大な木のてっぺんを狙っているらしい。その場所を凝視すると人型の者が立っているとわかった。地面を見ると血を流した別の者が数名倒れており、ワイバーン種と戦闘を繰り広げていたことがわかる。


「はぁ、はぁ、はぁ……ここから先は絶対に行かせない!」


 女性の美しく気高い声が響く。言葉は理解できないが、叫んでいることから、ワイバーン種に威嚇しているようだ。


「コルン、地面に倒れている者達を応急処置しろ。回復魔法が必要なら死なない程度に使え」


「わ、わかった。でも、ワイバーン種が三頭もいるし、一人じゃ厳しいでしょ。どうするの?」


「怪我している奴らを避難させるまで、ワイバーン種を牽制する。本気で戦うのはお前が戻ってきてからだ。あいつらに独断で飛び込むほど、俺は馬鹿じゃねえよ」


「リッチ相手に私を逃がして飛び込んでいったくせに……」


 コルンは頬を赤らめながらぼそぼそと言う。


「あ、あの時は相手が悪かっただけだ。って、話している場合じゃない。さっさと行くぞ」


 俺は八○メートルはあろうかという巨大な木の間を斜めに飛び跳ねながら、頂上に到着。


「なっ! に、人間の子供……?」


 俺の視界に映ったのは綺麗な白い肌から赤い血を流し、顔にも少々傷がついている女性だった。

 緑色の短髪がとても綺麗で目を一瞬奪われた。耳が長く、人族ではないとすぐにわかる。彼女に見とれていると……。


「グッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 レッドワイバーンが一体、巨大な爪を突き出しながら、迫って来た。


「くっ! 人間、さっさと逃げろ!」


 森の民と思われる女性は叫び、俺に何かを伝えていた。だが、言葉がわからない。手の平を向け、奥に追いやる動作をしていることから考えるに「逃げろ」と言っているのだろう。

 彼女は左手に弓を持ち、背負っている矢筒から木製の矢を一本取り出す。指先から魔力を纏わせたのか、弦を目一杯引くと矢が光り、大気を切り割くように放たれる。しゅっ! と言う指先が痛むような音を聞いたあと、レッドワイバーンの方を見る。矢は巨大な胴体に命中し、完全に突き刺さっていた。だが、全く効果が無いのか止まる素振りを見せない。


「くっ……。すみません、姫様……」


 森の民は弓を放し、戦意喪失したのか視線を下げる。


「グッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


「ぎゃあぎゃあ、うるせえっ!」


 俺は大剣をレッドワイバーンの胴体にぶん投げる。巨大な矢のように放たれた大剣はレッドワイバーンの比較的柔らかい腹部に突き刺さり、攻撃の起動をずらすことに成功した。

 大剣が刺さった個体は森の木々に突っ込み、痙攣しながら身動きが取れなくなっていた。


「うぅ……。何が……、起こった……。くっ、魔力がもう……」


 森の民は意識を失い、木の上から落ちそうになる。俺はウエストポーチから縄を取り出し、森の民の股下に縄を通したあと体が落ちないよう脇下に縄を撒きつけ、木の枝につるす。


「よし、これで落下死する心配はないな」


「グッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ブルーワイバーンは咆哮を放ち、俺を威嚇する。本当に耳障りな音で鼓膜が破れそうだ。


「ディアっ! 他の者の応急処置は終わったわ!」


 コルンは髪をふわふわと靡かせながら八○メートル付近まで浮遊してきた。


「よし。空中にいくつか足場を作ってくれ」


「わかったわ。『キャリーボワード』」


 コルンは杖先をワイバーン種の方に向け、正方形の茶色い板を出現させた。枚数は八枚程度だが、空中に足場が出来ただけでもデカい。


「コルンはグリーンワイバーンの方を牽制しろ。魔力消費が少ない魔法でな」


「わかってるわよ。『ウォータショット』」


 コルンは音速を超える小さな水滴を空中で浮遊するグリーンワイバーンに打ちまくった。翼に小さな穴が開き、絶妙に飛び辛そうだ。そのおかげで追撃をしてくる様子はない。


「グッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ブルーワイバーンはレッドワイバーンの仇でも取りに来たのか、はたまた腹が減って俺達を食おうとしているか、定かではないが巨大な爪が付いている太い脚を突き出し、攻撃してくる。


「ふっ、はっ、よっと!」


 俺は小さな体だからか、身軽になっていた。子供のころ、ギレインとの修行の後、小川の水面に出ている大きめの石に乗り、飛び移りながら遊んだっけ、などと考えながら正方形の板を足場にしてブルーワイバーンに近づく。


「おらあっ!」


 俺はブルーワイバーンが目の前に来た瞬間を見計らい、飛びついた。鱗の隙間に手を突っ込み、小さな体でしがみ付く。奴らにとってはダニが体にくっ付いている状態と言っても過言じゃない。

 

 ――人間はダニやヒル、蚊なんかにも殺されるんだぜ。


 俺はワイバーン系の急所である背後に回り、首と胴体の付け根にある菱形の鱗を発見した。


「大剣はねえが、こっちは残ってるんだ」


 俺は左腰から折れた銀剣を取り出し、逆鱗の隙間に突き刺す。てこの原理を使い、逆鱗をめくると、柔らかそうなピンク色の肉が見えた。加えて骨が近くにあり、硬い。


「ここ、お前の急所だろ……」


 俺は両手で柄を持ち、骨と骨の間に剣身を突き刺す。脳からの伝令を体に送らせないようにするのだ。

 銀剣を突き刺した瞬間、ブルーワイバーンの翼が止まり、森の木々に突っ込んだ。


 俺は銀剣の柄をしっかりと握り、吹っ飛ばされまいと耐える。


 ブルーワイバーンが蜘蛛の巣に捕まったように木々の間で身動きが取れなくなったころ、俺は叫ぶ。

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