第11話 解呪の情報

 メリー教授もダル着の上から薄汚れた白衣を羽織り、教授っぽく話し始めた。


「まあ、色々調べたが、ぼくに掛かっている状態異常は呪いで間違いないね」


「おい、俺はぼくじゃなくてディアだ」


「ディア……。ああ、私も自己紹介してなかったね。私の名前はメリー・ポーシャル。年齢二九歳、好きな酒はエール。好きな食べ物はエール。嫌いな食べ物は酒以外だ。好きな男の特徴は子犬っぽい奴。実験のしがいがあるだろう。だから、私は君が結構お気に入りだ」


 メリー教授は眠気が冷めた途端、恐怖感が一気に増し、負の雰囲気を醸し出している。


「そこまで聞いてねえよ……。で、俺の呪いはどうやったら解けるんだ?」


「呪いは種類が色々あるんだけど、ディアに付いている呪いは特級だ。そう簡単に解けない。コルンから聞いたが、特級のアンデッド、リッチから受けたそうだね。まあ、体が縮んだと言う効果なだけマシか。即死系じゃなくてよかったね、ぼくー」


 メリー教授は俺の顎下を撫でながら、言う。うざったらしいのでやめてもらいたい。


「メリー教授。魔力が高い金級冒険者のライトが使った解呪の魔法じゃ激しく跳ね飛ばされて全く歯が立たなかったんです。見た感じ、聖水と同じくらい強い解呪の魔法だったんですけど……」


 コルンは俯きながら呟いた。


「なるほど……。コルンが見てそう思ったのなら、そうなのだろうね。となると、現代の人の力でディアに掛けられた呪いを解くのは現実的に不可能だ」


「そ、そんな。じゃあ、俺は一生このちんちくりんの姿なのか」


「別に悪くないだろう。その体で女湯に入れば、ちやほやされるんじゃないかー。私なら、とことん可愛がってあげるぞ」


「ま、まぁー、悪くないかもな……」


 俺は鼻の下を伸ばしながら呟く。


「メリー教授! 真剣に考えてください! あと、おっさんも! そんな気持ち悪い顏するな!」


 コルンは魔法杖で俺の頭を何度も叩く。


「まっ、人族じゃ無理だが、他族なら呪いを解けるかもしれない」


「本当か!」


 俺は一筋の光を見たような希望を得た。


「ああ。人族よりも魔法にたけ、呪いを解くことに関して言えば右に出る者はいない種族。森の民だ」


 メリー教授は左脚を椅子に乗せ、パンティーをわざと見せるような座り方をしながら机に肘を置き、頬杖を突きながら言う。にたにたと笑う顔が淫猥で憎たらしい。


「森の民に合えば俺に付いた呪いは解けるのか?」


「わからない。特級の呪いなんてそんなポンポン出てくるような代物じゃないからね。あと、そんな呪いに掛かっている人間は即死の場合がほとんどだ。だから、ディアみたいな状態は凄く珍しいんだよ。私がディアの体を調べつくして学会で発表したいくらいだ」


「え、遠慮しておく……。臓物まで見られそうだ……」


「はははっ、私はそこまでしないよ。でも、興味はあるなー。ディアの中身はおっさんなのか、はたまた八歳児の子供なのか……。下半身は可愛らしいお子様だったね」


「うるせ! そんな御託はいいから、森の民がどこにいるのか教えろ!」


「そんなに結論を焦ってはいけないよ。結果を出そうと考え、急ぐと大概失敗するからのんびりまったりしながら……。すぴー」


 メリー教授は机に突っ伏したまま眠りについた。


「なあ、コルン。この教授を信じて大丈夫なのか?」


「ま、まあ……。多分……」


 コルンも苦笑いを浮かべ、メリー教授を見ていた。


「おっと、いけない。いやぁ、最近あまり寝てなくて……。今日も一三時間しか寝ていないんだ。ふわぁー、四八時間くらい寝ていたいよ……」


 メリー教授は起き、机の上に置いてあった珈琲豆が入ったピンに手を突っ込み、珈琲豆を掴んで口の中に一気に入れた。金平糖かと言うくらいぼりぼり食っている。


「えっと、森の民の居場所だけど……。ルークス王国から西に一〇〇〇〇キロメートルくらい先に行った大森林にいる。行くまでが大変だが、大森林に到着したらすぐに会えるだろう」


「一〇〇〇〇キロメートルって……。馬車で半年以上かかる距離じゃねえか」


「馬車ならそうだろうが、飛行船で行けばもっと早く着く。料金は馬車の五倍だがな」


 メリー教授は親指と人差し指の先を付け、硬貨の形を模した。


「はぁ……。飛行船か。仕方ない、ウルフィリアギルドに頼んで、大森林とやらの近くに依頼が無いか調べてくる。俺をこんな体にした手前、通行料くらい出してくれるはずだ」


「ま、そうだろうね。冒険者ギルドも失敗をあまり公にしたくないだろうし、そのくらいの配慮はしてくれるはずだ。もし、森の民でも解呪できなければまた来るといい。他の解呪方法について色々調べ上げておこう」


 メリー教授はあくびをしながら、言った。期待しない方が良いな。


 俺とコルンはルークス魔法学園からウルフィリアギルドに戻った。ギルドマスターに話しを通すと、大森林周辺の依頼をすぐに探し出す。一時間待たされたあと、応接室に通された。


「ギルドマスター、何か良い依頼はあったか?」


 俺は大剣を壁に立てかけ、ソファーに座りながら訊く。


「大森林はルークス王国から物凄く遠い場所だからな。古い依頼ばかりだ。まあ、さすがに三○年も前の依頼じゃないから安心しろ」


 苦笑いするギルドマスターは束ねた依頼書を俺に見せてきた。

 俺は依頼書をめくり、内容を確認していく。


「んー、レッドワイバーンやグリーンワイバーン、イエローワイバーンの討伐……。ワイバーン系の依頼が結構多いな。大森林付近はワイバーンの生息地なのか?」


「いや、そう言う訳じゃない。大森林近辺にあるミラボレアス山に数年周期でワイバーン系の魔物が集まりやすいそうだ。だが、なんらかの理由でワイバーン系の魔物が各地に散ってしまったらしい。噂によるとブラックワイバーンが出たとかなんとか……」


 ギルドマスターは右手で左肩を摩り、名前だけで古傷が痛むのか苦笑いを浮かべる。


「ブラックワイバーン……。また、特級の魔物か。ギルドマスターを引退に追い込んだ魔物だな。俺があの時逃げてなければ腕を失うこともなかった……」


 俺は昔を思い出してしまった。

 冒険者に成りかけのころ、ギルドマスターこと冒険者ギレインは俺の新人研修に付き合ってくれた。


 運が良いのか悪いのか、俺は一発目の依頼で特級の魔物であるブラックワイバーンに遭遇し、恐怖のあまり、盛大に漏らして腰を抜かした。超カッコいい冒険者なんて夢のまた夢だと思い知ったのをよく覚えている。

 その時、ギレインは大剣を両手に持ち、笑みを浮かべながら立ち向かっていった。俺のカッコいい冒険者像その者で、実力の差を大きく感じた経験として今も覚えている。


「馬鹿野郎。普通は逃げるのが当たり前なんだよ。あの時は俺の頭が狂っていただけだ。なんにせよ、戻って来たお前がブラックワイバーンと共倒れしていた俺を救出してくれなかったら俺はここにいない。何度感謝してもしきれねえ恩がお前にあるんだ」


 ギルドマスターは当時と何ら変わらない屈託のない笑顔を浮かべながら俺の頭をガシガシと撫でてくる。


「ちっ……。まあ、今の俺はコルンの付与魔法無しじゃ大剣すら持ち上げられねえ子供だ。ワイバーンなんて前にしたら、勝てるわけがない。適当にコボルト対峙でも……」


「ギルドマスター! 私達がワイバーン系の魔物をかたっぱしから倒してきます!」


 俺の隣に座っていた魔女帽子をかぶるクソガキが大きな声を出し、叫んだ。


「ば、馬鹿か! ついこの前、死にかけたばかりだろうが。なんで、大見え切ってそんなことが言える!」


 俺はコルンの頬を抓りながら、訊く。


「ら、らって、困ってる人がいたら助けるのが冒険者って、ディアが言ってたでしょ。昔の依頼って言っても、一年くらい前の依頼だからワイバーン達はまだいるはずよ。どうせ大森林に行くんだから人助けとお金儲けも兼ね備えれば、一罠で三羽の兎が狩れるようなもの。あと、あんたは今も金級の冒険者なんだから、その役割は果たしなさいよ!」


 コルンは俺の頬を抓り返し、引っ張り合った。互いの目尻から涙がにじむころ、ギレインの右手が俺の襟首に入り込み、引っ張り上げられる。


「あまり喧嘩をするな。命を預け合っている仲間だろ」


「俺はこのガキンチョと仲間になった気は無いぞ!」


「だが、今のお前はコルンの付与魔法が無かったら、学が無く冒険者の経験が豊富で無駄に誇りが高いうざいエロガキだろ」


 ギルドマスターは俺に真実をぐさぐさと突き刺してきた。


「う、うぐぐ……。わかった、わかったよ! 受けりゃあ、良いんだろ! その代わり、飛行船の料金は出してもらうからな!」


「ふっ、了解だ」


 ギルドマスターは俺をソファーに落とした。そのあと依頼書をパラパラとめくり、俺達に数枚手渡してきた。


「とりあえず、レッドワイバーンの討伐依頼で良いだろう。ディアとコルンの二人パーティーで受けると言うことで受理する。飛行船に乗ったさい、ウルフィリアギルドに金を請求するよう飛行場の者に言ってくれ」


「わかった。まあ、依頼はついでだ。本来の目的は俺の体を直しに行く。出来るだけ仕事はするが、この体だ。期待するなよ」


 俺は立ち上がり、壁に掛けられている大剣を背負った。


「ああ。お前はなんだかんだ言いながら生き残って帰ってくる優秀な冒険者だ。期待はしていないが信頼はしている。新人冒険者のコルンを先輩冒険者として守ってやれ。まっ、俺としてはお前より、期待の新人冒険者であるコルンの方が帰ってきてほしいがな」


「ふっ、言ってろ。コルン、行くぞ」


 俺は依頼書をボンサックにねじ込み、出口に向かって歩く。


「ちょ、待ちなさいよ!」


 コルンはソファーから飛び降りるように靴裏を床に付け、俺の後ろをついてきた。


 馬車でルークス王国の王都にある飛行場に移動し、大森林付近の街、ドンロン行きの飛行船に乗った。丁度出発するころだったらしい。こういうところは運が良くて助かる。


「はわーっ! すごいっ! たかいっ! 飛んでる飛んでるっ!」


 ロリっ子魔法使いのコルンは分厚いガラス窓から外を見て大変興奮していた。どうやら、飛行船に乗るのが初めてらしい。


「ドンロンに付くのは一二日後らしい。一二回着陸、浮上を繰り返すそうだ。最初は良いかもしれないが、あとあと飽きてくるから、はしゃげるだけはしゃいどけ」


 俺は椅子に座り、大剣の手入れをしながら大人らしく振舞う。


「もう、子供のくせにこんな楽しい景色を見ないなんてもったいないわよ。あっ! 船が物凄く小さく見えるっ! すごい、凄いっ!」


 ――どっちが子供だ。全く……。


 俺は子供のころギレインに拾われ、厳しい世の中を生き抜く術を教わった。もう、三○年以上前の話しだな……。重い返せば、子供らしくはしゃいだことなんて無いな。


 俺は大剣の手入れを終え、背中に担ぐ。コルンが飛び跳ねながら表情を明るくしている姿を見て興味がわいてしまった。透明なガラス窓に恐る恐る近づく。

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