第15話 美味い人参
「フィーア。なぜ人間をこの里に入れた? 言い分によっちゃ処罰対象だぞ」
スージアはフィーアの方を向きながら訊く。
「はい。今朝、森の戦士一向は大森林東入口付近を防衛中、三頭のワイバーンに遭遇し、戦闘に入りました。悪戦苦闘の末、敗北しかけ、お二人に助けてもらったんです。お二人は森の民の里に用があったらしく、感謝の意を込めて招待させていただきました」
「ワイバーンが三頭も出たのか……。良く生きとったな。だが、ワイバーンがこの里に来ていないのはどういうわけだ?」
里長のスージアは口を開けながら驚いていた。
「お二人が三頭のワイバーンを討伐したため、危機はすでに去っております」
「なんと……。少年と少女の身で……」
里長は俺達をしっかりと見た。
コルンが杖を持って里長に殴りかかろうとしていたので俺は止め、成人している者同士であると伝えた。加えて呪われてしまっていることも包み隠さず言う。
「つまり、ディアの呪いを解くためにこの里に来た。その時、バカ孫娘が死にかけていたから助けたと……。なるほど、理解した。では孫と里を守ってくれた二人に敬意を表し、この里に滞在することを許可しよう。ただし、品の持ち出しや情報の漏洩は禁ずる。よいな?」
「わかりました。ありがとうございます」
俺は頭を下げ、感謝した。
「フィーア。お主の家は無駄に広いだろう。ディアとコルンを泊めてやれ」
「招致しました。謹んでお受けいたします。では、二人共、私に付いて来てくれ。家に案内しよう」
フィーアは立ち上がり、里長の家から出る。俺とコルンも外に出た。そのまま周りの景色を見回し、フィーアの後を付いていくと確かに大きめの家があった。
「ここが私の家だ」
フィーアが入口を開けると、広間が見える。だが、大量の衣類や食べかけの野菜、食器類などが散らばっており、汚部屋と言っても過言じゃない。
「少し散らかっているが、気にしないでくれ」
美女すぎるフィーアの笑顔は眩しいが、部屋の中の雰囲気がどす黒く、あまりにも大きな差があった。
「少しどころじゃないと思うんですが……」
コルンは苦笑いを浮かべながら呟いた。同感だ。
俺とコルンは玄関の石畳で靴を脱ぎ、足の踏み場もない部屋の中を移動する。
「とりあえず夕食にしよう」
フィーアは木製の箱から人参を三本取り出し、テーブルの上にドカッと置いた。
――どうしろと?
そう考えていたらフィーアは兎かと言うくらい美味そうに人参をまるかじりし始めた。草の部分まですべて食切ると布で歯を磨き、扉を開けた。なにもかもグチャグチャな部屋の中にベッドが見える。どうやら、寝室らしい。彼女は衣類塗れのベッドに倒れ込み、眠る。人参を食べてから寝るまでわずか一〇分……。
「…………」
俺とコルンは絶句しながら、視線を合わせた。その顔が面白くて吹き出して笑う。とりあえず出された食事をいただかないのは行儀が悪い。人参をナイフで食べやす棒状に切り、口にした。
「……うっま」
人生で食べた人参の中で一番美味かった。コルンも無我夢中で食していく。夕食を終えた後、こんな汚部屋で寝られないため、俺とコルンは掃除をすることにした。
コルンが『ライトボール』と詠唱を発すると空中に白い光を放つ球体が生まれた。これで視界が確保できる。
俺は大剣を壁に立てかけた。コルンに『身体強化』を切ってもらう。そうすれば彼女の魔力の消費が押さえられる。
「お、おおぉ。大人の紐パンティー、こりゃお宝だ……。ぐはっ!」
俺はコルンの魔法で壁に叩きつけられ、死んだセミのようにひっくり返る。
「真面目にやれ、おっさん」
コルンの長い髪が魔力でうようよ蠢き、魔女感が強まっていた。
「す、すみません……」
俺とコルンは確実にゴミだと言える品を捨て、わからない品は木箱に纏め、明日、フィーアに仕分けしてもらう。
掃除を開始して二時間。
広間は明らかに綺麗になり、床で横になって寝られるだけの余裕が出来た。
「はぁ。汗が酷いから体を拭きたかったんだけど……」
コルンは服を一瞬で着替え、寝間着姿になった。
「反対側を向いててやるから、拭いたらどうだ?」
「絶対に嫌。どうせ、光の反射でのぞき見しようとしているくせに」
「ば、バカ野郎、そ、そんなことするわけねえだろ。お前のちんちくりんな姿を見て興奮するかってんだ」
俺はコルンに背を向け、床で寝そべる。するとふわりと暖かい毛布が掛けられた。コルンが異空間に収納していた品を掛けてくれたのだろう。
――こういうところは……無駄にいい女っぽいんだよな。まあ、子ども扱いされているだけかもしれないが……。
俺は眠りについた。
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