第16話 コルン視点(2)
ディアが眠ったころ、私は日記を書き始めた。
ルークス王国の王都から飛行船に初めて乗った。始めは物凄く楽しくて見る景色全てが絶景だった。だが私はどうやら飛行船で酔いやすい体質で、一二日間ほぼずっと体調を崩していた。辛すぎて一人なら確実に目的にたどり着けなかっただろう。でも、ディアが献身的な介護をしてくれた。やっぱりいい人で終始ドキドキしっぱなし。そのせいで強い口調がつい出てしまう。捻くれた性格をどうにか直したいのだけれど、なかなかうまくいかない。
ディアの服を汚物塗れにしてしまったのが恥ずかしすぎて一生の不覚。せっかく一緒に選んだ品なのに……捨てろなんて言ってしまった。でも、物は大切にしろと言われ、綺麗に洗ったらまた使うらしい。そう言うところが彼らしくてまた一段と惹かれてしまった。もう、気持ちが膨らみ過ぎてどうしたらいいのかわからない。
ドンロンに到着してからもディアさんは私のことを気遣い、七日間の休養を取った。実際、ものすごくありがたかった。ディアは今にでも森の民に会いに行き、呪いを払いたいはずなのに……。これが大人の余裕と言うやつなのだろうか。まあ、今の彼は見た目がまるっきり子供だけど……。
ドンロンを出発するとき、走って五○○キロメートル先の大森林に向かうと聞かされた時は馬鹿かと思った。だが、私の体力の無さを指摘され、実際、その通りだと思い、従うことにした。大魔導士として彼の仕事を手伝うと言うのが、私の等分の目標だ。彼が言う優秀な魔法使いは体力が多く自分の身は自分で守れる者だそうだ。私はどちらも持ち合わせておらず、魔力量と才能の持ち腐れだった。
ルークス魔法学園にいたころ、私は王宮に使える王宮魔法使いとして推薦されたわけだが、どうしても冒険者に成りたかった。多くの教授に無理を押し切り冒険者に成って自分の実力不足をこれでもかと痛感させられた半年間。まあ、ディアがやっぱりカッコいい男と思わされた半年間でもあるわけだが……どうせなら彼にもっと認められたい。ただ、まさかお姫様抱っこで運ばれるとは思っておらず、心臓が飛び出そうだった。
ドンロンを出発して一日目にレッドワイバーンに遭遇した。ディアの命令はとても素早く完璧だった。ディアと共に討伐したが私は盛大に漏らしてしまった。あまりにも恥ずかしかったがレッドワイバーンの血で誤魔化せたはずだ……。
ディアのルークス流剣術の腕前はルークス魔法学園で体育教師をしていた王宮騎士をはるかに上回っていた。常に死地を潜り抜けている冒険者と王都でぬくぬく生活している王宮騎士では実力の差が生まれるのも必然だ。
私はディアの剣技を間近で見て体が震えた。なんせ、子供の体であるにも拘わらず、身体強化の魔法と私に指示した『パラライズ』『ウォータープリズン』だけの援護魔法で討伐難易度三級のレッドワイバーンを倒して見せたのだ。私の魔力量が一割程度しかなかったのに、ディアは微笑むほどの余裕があった。それだけ私の魔法を信頼してくれていると言うことだろう。ものすごく嬉しい。ディアの信頼に応えられるようにもっと頑張ろう。
ドンロンを出発してから五日間、ずっとワイバーン種を狩り続けた。依頼達成書の記入は私に任せてもらい、事務仕事を請け負う。私の得意分野だからだ。ディアの力になれていると思うだけでしゅばばばっと終わらせてしまえた。彼に「書類仕事が苦手だから助かる」と感謝され、飛び跳ねたくなるほど心の中で舞い上がっていた。ちょっと褒められたくらいで、またしても彼が好きになってしまう。
五日間の内、倒したワイバーン種の数は五○体を越えた。これだけ大量のワイバーン種が現れるのは異常なことで困惑していた。ディアは「見つけたら狩るだけだ」などと言って脳筋な所を見せた。だが、常に冷静で確実に倒せると踏んでから動く。ディアの冒険者としての経験は私が見習うべき点だと考え、常に勉強させてもらった。
大森林に到着するとワイバーン種の三頭が暴れており、ディアが二頭、私が一頭倒した。生まれて初めて一人でワイバーン種を倒すことに成功して歌って踊り出したくなるほどの達成感があり、飛び跳ねていたら木の枝が折れてしまった。浮遊魔法の詠唱を一瞬忘れ、気が動転していたところ、ディアが颯爽と助けてくれた。もう、カッコいいのに加え、可愛すぎて死にそう。
なんで、あの時、もっとちゃんとお礼を言えなかったんだろうか。ディアは私を褒めてくれたのに……。そのあと決死の覚悟でディアの頬にキスをした時、頬を軽く赤色に染めていた。彼の驚いた顔が可愛すぎてそのまま唇に貪りつきたくなってしまった。心を落ち着かせ、自分を制御出来て良かった……。
ただ、森の民に鼻を伸ばしているディアを見ると無性に腹が立つ。超可愛くて天才魔法使いが近くにいると言うのに……。この半年間、一度も手を出されることは無く、私に魅力が皆無なことは十二分に理解した。だが、五歳のころからの憧れの人が今、私と一緒に冒険者として仕事をしているのだ。それだけで感無量、でもどうせなら私をもっと見てほしい。背後から厭らしい視線を送ってほしい。
私は襲われる覚悟が出来ているのに捻くれた性格のせいで強い口調になってしまう……、直さなければ。
このままディアの呪いが解けたら彼は引退してしまう。彼がやり切ったと言うのなら尊重しよう。その時までに、私は彼に愛を伝えたい。け、結婚して幸せな家庭を築くまであきらめないぞ!
私は日記帳をしたため、すやすやと眠るディアを覗き込む。寝顔があまりにも可愛く、今すぐ襲ってしまいたい。だが、そんな勇気があるわけもなく彼の寝顔を見続けるのみ。頬に軽くキスをして心の中できゃーきゃーと叫ぶ。体を拭いていたら覗いてくれたのだろうか。私は何も問題なくディアの呪いが解けてくれることを願いながら彼の背中に私の背中を付けて眠りについた。いつか、私に背中を預けてくれると良いな……。
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