第17話 森の民の姫

「ふぅ……。朝か」


 俺は窓から差し込む陽光に当てられ、目を覚ました。

 背後にすやすやと眠るコルンの姿がある。寝顔は天使のように可愛らしいのだが、口を開けば悪魔に早変わりだ。

 潤ったピンク色の唇が無性に厭らしく見える。真っ白な肌も若々しく顏だけ見れば一級品。ただ、見た目が子供すぎると言う難点さえなければ襲いたくなるものの現状、愛玩動物のような存在としか思えていない。

 興味本位で体臭を嗅ぎ、全く汗臭くないことに驚く。逆に女の匂いがした。乳のような、花のような……。

 俺はばっと離れた。マンドラゴラの甘い香りに誘われて死んでいった者達を何人も知っている。これは男を誘う魅惑の香りだ。そう思い、顔を振り、水をコップ一杯飲み干す。

 外に出て森の空気を肺一杯に取り込んだあと、近くで見つけた木の棒を拾い、素振りをした。体を鍛え、少しでも身体能力を元に戻したい。だが、筋肉は一向に付く気がしない。この子共体型で止まってしまっているのだ。

 可愛くなった俺の息子も朝一番だと言うのに臨戦態勢にすらなっていない。情けない奴だ。


「ふっはっおらっ! マゼンタ撃斬!」


 振り下ろした木の枝に押し付けられた空気が地面に当たり、周りの落ち葉や枯草が風圧で巻き上がる。


「シアン流斬!」


 巻き上げられた落ち葉を流れるような剣術で真っ二つに切り割いていき、枚数を二倍に増やした。


「フラーウス連斬!」


 稲妻のごとき加速で駆け回り、落ち葉に雷鳴を轟かせるほどの連撃を放つ。落ち葉は散り散りになり、土の養分となった。


「ふぅ……。基本の型は身体強化の魔法を使われていなくても十分使える。でも、切れがいまいちなんだよな……。もっと精進しなければ……」


 俺は木の枝が折れるたび、別の木の枝を探した。

 体を鍛えるよりルークス流剣術の向上に重きを置く。その方が自分の実力を発揮できるからだ。もちろん使えるだけで威力は大人の時より格段に落ちている。まあ、コルンの身体強化を受けていれば同じか、大人の時以上に動けた。

 子供の俊敏性は大人を経験している俺から言わせてもらうととんでもなく良い。大人が足を動かす時間は物を見てから一秒も掛からない。子供も同じだが、反応速度が明らかに違う。

 一秒をより細かくしていき、反応速度が常人にとって視覚でわからないほどでも速い方が生き残る確率は上がる。脚が早い者の方が逃げ延びやすいのと同じだ。

 子供の体でも悪いことばかりではないと生活していて気付いた。

 だが、大人に戻りたい……。そう強く思うのは、その、なんだ……。女を抱きてぇ……。それだけだ。


 俺は不順な理由でコルンを付き添わせてしまっているわけなので、しっかりと教育していくつもりだ。

 昨日だって討伐難易度三級のグリーンワイバーンを一人で討伐したんだ。すでに俺と肩を並べるだけの力を持っている。ただ、少しビビりな所があるのが玉に傷だ。でも、女ならそれでいいと思うけどな。その方が可愛らしいじゃないか。

 ワイバーン種に高笑いしながら立ち向かっていく女は、女と言っていいのか?


 俺が剣術の練習をしていると、フィーア宅の扉が開いた。


「ふぐぐぐー、はぁー。いい天気だ。あ、ディア。掃除してくれたんだな、ありがとう」


 森の民で超絶美女戦士のフィーアが俺の方に歩いてきて、ハグしてきた。

 俺はフィーアの言葉がわからずに困惑していると、彼女の方も状況を理解したようだ。

 フィーアは胸だけを隠す胸当てとパンティーのような卑猥な股当てを付けている。股部分が切られ太ももが良く見える金の刺繍が入った短い白いスカートを履いていた。見るからに超軽装備だ。


 目のやり場に困るな……。


 ただ、顔に入った傷と綺麗に割れた腹筋からして相当鍛え、戦って来た者であることは間違いなかった。彼女も熟練した戦士なのだろう。


「ふわぁーあ。おはようございます……」


 コルンもフィーアの家から出てきてあくびを見せた。夜遅くまで勉強していたのか、眠たそうだ。


「コルン、翻訳の魔法を使ってくれ」


「わかった」


 コルンは魔法杖を出し、大きな魔石を光らせた。


「じゃあ、フィーア。改めておはよう。言葉が通じないと不便だな」


「ああ、おはよう。確かに、不便だ。だが、コルンのおかげで意思疎通は出来る。今はそれで十分だろう。とりあえず、朝食にしよう。ついて来てくれ」


 フィーアは家の裏に移動する。すると、沢山の野菜が実っており、どれもこれも美味そうだ。


「とれたてだ。美味いぞ」


 フィーアは真っ赤なトマトを千切り、俺とコルンに投げる。

 俺は上手く取れたが、コルンはあたふたしながらローブのすそを持って受け止めた。ちらりと見えた白いショーツに無性にドキリとしたのは秘密だ。


 赤いトマトを貪るとこれがまた美味い。森の民は野菜を作る天才のようだ。汚部屋を作るほどガサツなフィーアがこれほど美味い野菜を作れることに感心しながら、俺は腹を膨らます。


「よし、腹ごしらえも済んだし、姫様のもとに向かおう。彼女は里随一の解呪魔法の使い手だ。彼女が呪いを解くことが出来なかったら、呪いを解くことはあきらめた方が良いだろうな。まあ、特級の呪いと言えど、泉に入りながら姫の解呪魔法を受ければ消えるさ」


「そ、そう願いたいな……」


 俺はロリっ子魔法使いにも縋る思いでここまでやって来た。治る、きっと治る。そう言い聞かせながら、フィーアの後を付いていく。

 フィーアは里の奥の奥へと向かい巨大な木に視線をやった。


「あの根本に姫の家がある。超絶綺麗な方だ。腰を抜かすなよ」


「おお……、期待しちまうぜ……」


 俺は美女なフィーアが言うのだから姫も相当美女なんだろうなと想像した。いったいどんな相手なんだと胸躍らせながら巨大な木の根元に向かう。


 俺達は巨大な木の根元にある蔓で作られた家の扉に入る。すると、綺麗な緑髪の方が振子椅子に座りながら読書していた。その姿だけで美しく見える。


「姫、特級の呪いが付いている少年を連れてきました。私の命の恩人なんです。見てあげてくれませんか?」


 フィーアは姫に声を掛けた。


「むむむ……。特級の呪いとな……」


 姫が振り返る。確かに綺麗だが、お婆さんだった。長寿の種族でここまで年季が入った方はいったい何歳なのだろう。恐怖だ。


「は、初めましてディア・ドラグニティと言います。元はおっさんなんですけど、特級のリッチを倒したら呪われてしまって……。体を元に戻したいんです。解いてくれませんか?」


「ふむ……。試してみないとわからんな」


 森の民の姫は立ち上がり、俺の前に来る。身長は俺よりも高く、胸もデカい。ローブのような丈の長い白色の服を着ており、歴戦の猛者のような威圧感がある。


 姫は俺の額に手を当て、目を瞑った。


「『ディスペル』」


 姫が詠唱を放つと、彼女の長い緑髪が浮かび、足下に魔法陣が現れる。次の瞬間、俺は額を強く殴られたような感覚に陥る。


「ぐわっ!」


 俺は弾き飛ばされ、扉を壊しながら外に転がる。何が起こったのか理解できず、軋む体を無理やり起こす。


「うむ……。こりゃ厳しいの……。大概の呪いなら、今ので一発なんだが、相当きつくこべりついておる。泉に入って呪いの付着を弱めてから試してみるしかなさそうだ」


 姫は壊れた扉から外に出てきて言う。歩きは遅くフィーアの手を持ちながらゆっくり動いていた。

 金級冒険者のライトが放った解呪魔法では魔法を放ったライトの方が弾き飛んだ。それにも拘らず今回は姫が放った解呪魔法を受けた俺の方が弾き飛んだ。どう考えても、彼女の方が火力が強い。

 なんなら、呪いの強度を図るために全力じゃなかったらしい。人族で姫以上の解呪魔法の使い手を見つけることは今後一切できないと確信した。

 姫から解呪不可能と言う言葉が出てきていないことからして、解呪できる可能性もあると言うことだろう。なら、俺は彼女の力に身をゆだねるしかない。


 俺は引き続き、姫に解呪をお願いしようとした。その時……。


「フィーア! 東入口付近から大量のウォーウルフの群れが通過した。移動が早い、里にすぐ到達する。応援を急げ! 姫様は家の中でそのまま待機していてください!」


 男性の森の民が弓を持ち、矢筒を背負いながらフィーアのもとに走り込んできた。


「了解した! すまない、ディア、コルン。私は里の戦士として戦いに行かなければならん。先にこの場をあとにさせてもらう」


 フィーアは男性の後を追い、姫の家から離れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る