第18話 加勢する

「コルン、俺達も加勢するぞ。治してもらうお礼金でも稼ぐ」


「はぁ、ほんと、どこに行っても戦いばかりね。困っている者がいたらすぐに助けようとするし……。でも、それが冒険者よね」


 コルンは魔法杖を顕現させ、魔女帽子を深く被る。肩に掛かった長い金髪を払って靡かせ、準備万端と言ったところだ。


 俺とコルンは東側に走る。すると里のすぐ近くに体長二メートルを超える灰色の体毛が特徴のウォーウルフが連携を取りながら走り込んできていた。見た目は狼とほとんど変わらないが、頭部から生えた角と体の大きさが違う。


 森の民は応戦しているが、相手も大森林付近に住まう魔物のため並の強さではない。通常の個体より魔力が多い大森林付近の魔物の方が圧倒的に強いはずだ。


「グラアアアアアアアアアアアッ!」


 一体のウォーウルフが森の民を攻撃し、体に覆いかぶさる。そのまま涎塗れの口を開き、首元に食いつかんとした。


「おらあっ!」


 俺は背負っている大剣を体の横から滑らせるように引き抜いた後、ウォーウルフの首目掛けて穂先を突き刺す。そのまま、木の幹に突き刺し、首の骨を完全に断ち切って絶命させる。


「コルン、負傷者の手当てを頼む。俺は群れを統率している個体を倒しに行く」


「ちょっと、ディアが一人で行く気!」


 コルンは地面に倒れている森の民の容態を見ながら叫ぶ。


「統率が取れる魔物を相手にするための技量がコルンに足らない。魔法で援護、又は降勝者の救出に回った方がお前の力を最大限発揮できる。戦いは俺の仕事だ。任せておけ。俺は特級のリッチにも勝った金級の冒険者だぞ」


 俺は木の幹から大剣を引き抜き、コルンに笑いかける。


「はぁ……。身体強化と翻訳の魔法がいつ切れるかわからないわよ。今は魔力量が多いから良いかもしれないけど回復魔法を使っていったらすぐに無くなる。私を置いていくなんて危険すぎるわ。私がいなくなったらあんたはただの子供なのよ」


「確かにな。だが、行かねえと冒険者失格だ。俺の人生のもっとうは困っている者を助けることだ。相手の種族が人と違っても信念は変わらない。じゃあ、頼んだぞ!」


 俺は大剣の持ち手を両手で握り、全力で走る。


「もう……、ディアのバカ……。はぁ、カッコよすぎ……」


 コルンの小さな声が後方から聞こえたが、今は気にしていられない。


 俺が走っている間に里の周りを囲う木製の壁が破壊されて行き、ウォーウルフの群れがなだれ込んでくる。ざっと八○体はいる。――この数は異常だな……。


 戦士以外の森の民は建物の中に身を隠す。


 魔物が攻めてきた時は大きく分けて二種類の理由がある。一、腹が減っている。二、他の脅威から逃げてきた。この二種類のどちらかだ。ウォーウルフの群れが森の民を襲っている時点で腹が減っている可能性が高い。


「とりあえず、片っ端から切りまくるしかないか。ふぅ……。ふっ!」


 俺は息を整え、一気に加速。子供の運動能力の中で一番輝くのはこの俊敏性だ。低姿勢に加え、超高速で脚を回せる。まあ、コルンの身体強化があっての芸当だが、今ならウォーウルフよりも早く動けた。


「グラアアアアアアア!」


 俺に気づいたウォーウルフは餌だと思ったのか、口角をにちゃーッと上げ、四足歩行で走り込んできた。

 俺からしてもウォーウルフはデカい。一対一なら相手の動きをよく見て攻撃できるため、負けることは無いが五体六体と増えていくと話しは別だ。

 こいつらの危険な所は鋭い牙と強い顎、移動速度に加え、頭が滅茶苦茶良い。俺よりも頭が良いんじゃないかと言うくらいだ。


 頭が良い魔物の連携ほど面倒な戦いはない。

 討伐難易度七級のゴブリンやコボルトは一体だけなら、大した脅威じゃない。だが増えたら討伐難易度が四級に跳ね上がる。

 ウォーウルフは一体で討伐難易度四級の魔物だ。こいつらが群れた時で三級。ここまでの大所帯となると甘く考えても全体で二級はある。金級の冒険者だからと言って油断できる状態じゃない。なら、体力があるうるちにある程度倒す。


「マゼンタ撃斬!」


 俺は大剣を頭上に掲げ、右脚を前に出す。その際、地面から帰ってくる力を大剣に全て運び、大口を開けているウォーウルフの頭上から振り下ろす。


「グルアッツ!」


 ウォーウルフは俺が攻撃してくると知り、危険を一瞬で察知したのか、体を捻り、方向転換しようとした。

 だが、俺は易々と逃がさない。

 大剣が振り下ろされるとウォーウルフの体が地面にめり込む。大量の空気が奴の体を地面に押しつぶしたのだ。

 マゼンタ撃斬は大剣本体に触れずとも真下に向かう下降気流が敵を襲う。闘気を含んでいるので通常の空気よりも重い。


「二体目。どんどん行くぞ! シアン流斬!」


 俺は地面を滑るような脚運びでなんの滞りも無くウォーウルフの後方に移動、流れながら切りつけ、首を刎ねた。俺が氷の上を滑るように移動していくだけで巨大な魔物の首がいくつも飛ぶ。


 ――どれだけ動いても息が切れねえ。この体、こういうところは最高なんだよな。


「戦士たちよ、里を守れ! 人族に後れを取るな!」


 森の民は声を上げ、高い木の枝に並び、弓を構える。風が切れるようなシュッと言う音を森の中に響かせながらウォーウルフの群れに矢を打ち込む。

 多くの者が目を狙い、数本命中。


「ふっ、ふっ、はっ、おらっ!」


 フィーアは矢を速射しながら、ウォーウルフの眼を的確に打ち抜き、里の中に入るのを阻止していた。森の民が阻止しきれなかったウォーウルフを俺が駆除し、死者は戦士以外いなかった。


「『ウィンドアロウ』」


 森の民は矢を打ち切ったのか魔法の矢に切り替えた。それでもなおウォーウルフの群れは止まらず、行動を続けていた。


 ――何かおかしい。こいつらは何のために突っ込んできているんだ。勝てないとわかっているはずだ。それにも拘らず、こんなに攻め込んでくる理由がわからない。腹が腹が減っていても賢ければ、他の魔物を狙うはずだ。


「グラアアアアアアアアアッツ!」


 東門の奥から真っ黒な体毛を持つウォーウルフが見えた。その瞬間、化け物が大きく吠えた。脳裏に響く叫び声で怖気が背筋を走り、身が震える。


「怯むなっ! 攻撃、放てッ!」


 戦士たちは矢を放ち、黒いウォーウルフをけん制する。


 ――どう考えてもあの個体が親玉だな。あいつを倒せば、群れの統率はバラバラになる。


「はぁ、はぁ、はぁ。ディア、怪我をした者達を治してきた」


 コルンが良いところに戻って来た。ヘロヘロになっているが走り込みの成果か、まだ倒れていない。


「コルン、お前はここを通るウォーウルフ達を倒せ。重大な仕事だ。ここを通せば多くの森の民が食われる。一体一体の頭を魔法で正確に撃ち抜けば倒せる。魔力の消費は押さえ、最小限で最大限の成果を上げろ。ワイバーン種を倒せる実力があるんだ。出来るだろ」


 俺はコルンの肩に手を置き、うっすらと輝く金色の瞳を見ながら言う。


「う、うん! やってやるわ!」


 コルンは極度の緊張から少し解放されたような笑顔で頷いた。ウィッチに怯え、漏らしていたころの新人はもういなくなっていた。

 俺はコルンの成長をひしひしと感じ、このような体になっても時間の流れは止まっていないとわからされる。


「よく言った! じゃあ、俺はあのデカブツをぶっ倒してくる。リッチに比べりゃ、屁でもねえ。ここは任せた!」


 俺はコルンを背に、東門を出て森の広い通路を走る。


「なっ、人間の子供! あれはウォーウルフの上位種、ブラッドウルフだ! 子供が勝てるような魔物じゃない!」


 戦士の一名が叫ぶ。


「心配するな。ブラッドウルフは討伐難易度一級。俺は特級のリッチを単独で狩った経験がある金級冒険者ディア・ドラグニティだ! 皆、援護を頼む!」


 俺はコルンが他のウォーウルフを倒すと信じて目もくれず、親玉だけを見た。


「金級冒険者……。それは凄いのか?」


「さ、さぁ? ですが、リッチを単独で狩ったと言っていました。それは凄いと思われます」


「あ、ああ。なら、勝てるやもしれん。子供に戦わせるのは不服だが、手を借りよう」


「戦士長! 私に指揮を取らせてください!」


 フィーアは自ら手を上げ、名乗り出た。


「わかった。フィーア、弓の腕でお前に叶う者はおらん。狙う点を的確に示せ」


「了解! ディア、援護は任せろ!」


 フィーアの通る美声が、森の中で響いた。


「はっ、心強いじゃねえか!」


 俺は足の回転速度を上げ、森のでこぼこ道を爽快に走る。


「グラアアアアアアアアアッツ!」


 高さが五メートル越えのバカデカいブラッドウルフは真っ黒な毛並みを靡かせ、大口を開けながら迫ってくる。真っ黒な口内に見える真っ赤な舌、一メートル以上はありそうな牙、鋭い目つきは多くの者を怯えさせ、気絶させるほどの威圧感を放っている。

 四足歩行で走る速度は優に六〇キロメートルを超え、衝突まで五○メートルを切った。

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