第19話 愛剣の変化
「戦士弓隊、ブラッドウルフの脚を狙え! 『ウィンドアロウ』」
フィーアは完璧な軌道で魔法の矢を放ち、ブラッドウルフの右前足に矢を命中させた。黒い血が吹き、ブラッドウルフの速度がやや落ちる。
「『ウィンドアロウ』」
後方から魔法の矢が幾本も放たれ、フィーアが刺した風の矢に吸い込まれるように他の矢も突き刺さる。
「グラアアアアアアアアアッツ!」
ブラッドウルフはたまらず吠え、体勢を崩しながら転げた。目の前に高さ五メートル、体長一〇メートルを超える巨体が転がってくる。もうデカい壁だ。だが俺は落ち着き、大剣の持ち手をしっかりと握る。
「すぅ……。マゼンタ撃斬!」
真横から振り上げ、一歩踏み出す。子供の小さな足が森の地面に打ち付けられると蜘蛛の巣状の巨大な罅割れが生まれた。辺りの枯れ木や草花が地面からの反発で持ち上げられ、重力が一瞬反転。大地から戻ってくる力を大剣に流し、膨大な力を借りる。
「おらああああああああああああああああっ!」
目の間に迫る巨大な黒い壁に向って大剣を振り下ろした。
「グラアアアアアアアアアッ!」
ブラッドウルフは大剣に当たる前に上空から地面に叩きつけられ、めり込んでいく。奴が進行を止めた瞬間、俺は走り出した。巨大な木を足場に使って高く跳躍し、ブラッドウルフの上を取る。
ブラッドウルフは真横に倒れ、隙を見せていた。この瞬間を狙う。
「すぅ……。ルークス流剣術、クサントス撃連斬!」
クサントス撃連斬は八の技があるルークス流剣術の一種。身体能力を向上させ、一撃一撃がとにかく重い技だ。
「おらあああっ!」
大剣がブラッドウルフの首に打ち込まれると大砲や太鼓が鳴ったような爆発音が聞こえ、ブラッドうフルがまたもや地面に叩きつけられる。
「グラアアアアアアアアアッツ!」
さすが討伐難易度一級。一撃で終わらせてはくれないらしい。だが俺の攻撃はまだ終わらない。なんなら、ここからが本番だ。
「耳で聞いてとくと味わえ! 流れるような打撃の音をな!」
俺はブラッドウルフの体にクサントス撃連斬を八発撃ち込んだ。ブラッドウルフの体が地面に叩きつけられる音が、巨人がこの場で躍っているように聞こえる。
ブラッドウルフは口から黒い血を吐き、絶命する。だが、なぜだろう。先ほどよりも毛並みが衰えているような……。なんなら大剣の方もくたびれている。
「どうなっているんだ……」
二三年間毎日欠かさず手入れを行っていた大剣は今の戦いで大変古びていた。
ギレインは良い武器を使えと俺に教えて来た。だから、借金してまで小人族の名工から買った大剣だ。一〇○○年使っても壊れないと言われたのだが……、今の一度でこれほどくたびれるか?
若々しかった恋人がいつの間にか老けていたような焦燥感を得たが、ブラッドウルフは討伐した。
残りの脅威はコルンと森の戦士たちがどうにかできるはずだ。
大剣のくすみを布で擦るも取れない。
「本当に古びているのか……。そんな、バカな……」
小人族は武器を作る天才集団だ。あいつらは誇りが高く、武器に嘘なんてつくわけがない。あいつらが一〇○○年持つと言ったら本当に一〇○○年持つ武器なのだ。なのに……、一気に古びた。確実におかしい。
「いったいどうなったと言うんだ。ともかく、こいつの品を頂戴するか」
俺は討伐したブラッドウルフの毛皮と牙、魔石をありがたく頂戴した。巨大な体に加え、俺の背が低いこともあり解体は難航したがワイバーン種よりも解体しやすかった。
「ふうっ、解体完了!」
俺が解体を終えたころ、後頭部に魔法の杖が叩き込まれる。
「いたっ! ちょ、コルン。なにするんだよ」
「なにするんだよ、じゃないわよ! 親玉を倒して他の駆除は面倒臭いからやらないって、冒険者としてどうなの!」
コルンは俺がサボったと思って怒っているようだ。まあ、確かにそう思われても仕方がない。でも、この場にコルンがいると言うことは全て討伐し終わったのだろう。
まあ、散り散りになったウォーウルフは討伐難易度四級の魔物だ。コルンなら容易く狩れる。
「すまん、コルン達なら統率の崩れたウォーウルフ達を容易く倒せると思ってな。時間が掛かる解体を先に済ませていたんだ」
「まあ、確かにさっきより簡単に倒せたけど……」
コルンの魔術師服は一切汚れておらず、綺麗なままだった。どうやら、返り血の一滴も浴びずウォーウルフ達を倒したらしい。
「やっぱり、コルンは優秀な魔法使いになるな。魔力制限に適応力、度胸、どれをとっても素質ばかりだ。よく頑張ったな」
俺は血なまぐさい手を体に擦りつけ綺麗にしてからコルンの帽子越しから頭を撫でる。あまり撫で過ぎると怒るので二、三回ポンポンと当てるだけだ。
「ま、まあ! 私に掛かればこんなもんよ。はははっ!」
コルンは良い気になり、大きく笑った。
亡くなった戦士たちの供養を終えた後、村に転がる他のウォーウルフの死骸を解体し、燃やす。
ウォーウルフの肉は不味く、食えたものじゃない。土に埋めておけば腐って疫病の素となる。なんなら死体のにおいに釣られ、更に狂暴な魔物がおびき寄せられる可能性だってあった。一体ならともかく、数十体の死骸を放置しておくわけにはいかない。
毛皮と牙、魔石を回収し終わった後のウォーウルフ達は大量の火で焼き、灰にしてしまった。ブラッドウルフの肉は食した覚えが無かったので食った。まあまあ、美味いぐらい。森の民は野菜しか食わないと思ったが、肉も結構食べるそうだ。巨大な肉を里の皆で食してもらう。
「ハグっ! ハグっ! ハグっ! ハグっ!」
コルンは焼けた肉を小さな体の中にこれでもかと言うくらい詰め込んでいく。その食べっぷりがあまりのも気持ちが良い。
「ハグっ! ハグっ! ハグっ! ハグっ!」
コルンと同じくらい食していたのが、フィーアだった。彼女も肉をこれでもかと食し、腹をパンパンに膨らませている。
「おいおい、フィーア。女が肉をそんなに食っていたらはしたないだろ。もっとおしとやかにだな……」
里長のスージアは大量の肉を食すフィーアを見ながら言った。
「うるさいですよ。私は肉を食べたいから、食べているんです。気にしないでください」
フィーアは肉を貪り食う。その姿は冒険者の男顔負けの食いっぷりだった。
「はぁ……。そんなんだから、いつまでたっても貰い手がいないんだ。いったい何年独身でいるつもりだ、このままじゃ、いつまでたっても結婚できないぞ」
「よ、よけいなお世話です!」
フィーアは独身らしい。
まあ、森の民からすれば、彼女はもうほぼ男みたいな存在に見えているのだろう。森の民の女性は皆おしとやかで、フィーアのように肉をがつがつ食したりしない。ヒレ肉程度の小さな肉をナイフとフォークで優雅に食している。フィーアはステーキ肉をナイフで突き刺し、貪り食う。もう、雲泥の差だ。
だが、俺は豪快に食事をする女が嫌いじゃない。健康的でとても魅力があると思うのだが……。
俺も肉をある程度食し、体の栄養とする。食事を終えるとフィーアの家に戻る。
「いい、ディア。私が出てくるまで、扉を絶対に空けないでよ!」
コルンは体を拭くと言うので広間から別の部屋に入る。
「はいはい、お前のちんちくりんな体を見たいなんて一度も思ったことないから安心しろ」
俺はテーブルに大剣を乗せ、丁寧に手入れをする。
「ふ、ふんっ!」
コルンは扉をバシッと締めた。
「なにを怒ってるんだか……。事実だろうが……」
俺は大剣に付いた汚れを落とし、油を塗って馴染ませていく。少しでも手入れを怠れば、すぐに壊れてしまいそうだ。
「はぁー。食った食った。お腹いっぱい大満足」
フィーアは椅子に座りながらお腹を摩り、満面の笑みを浮かべていた。
彼女の健康的な姿を見ると、無性にドキリとする。
「ディア、お前は凄く強いんだな。ウォーウルフをばったばったと切り倒し、ブラッドウルフまで倒しちまうなんて、私、感激したよっ!」
コルンは翻訳魔法を今も発動していたらしく、フィーアの話しが理解できた。
「褒めてくれてありがとうな。だが、それを言うなら、フィーアの弓だって凄かったじゃないか。動きが速いウォーウルフに矢がほぼ命中してた。相当な腕前だな」
「そりゃあ、何年も使っていたら嫌でもうまくなるさ」
「何年くらい練習したんだ?」
俺は大剣を撫でながら訊いた。
「そうだなー。ざっと二〇年くらいかな。女は畑仕事や家事をするのが普通なんだけど、私は戦っている方が好きだったから子供のころから体を鍛えてきた。そうしたら、男の戦士にも負けないくらい強くなったんだ。まあ、ワイバーン種に殺されかけていたところを見られているし、ブラッドウルフも倒せていたかどうか怪しい……。ほんと、今までは程度が低い戦いだったんだな……」
フィーアは少々落ち込んでいた。
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