第32話 ロックアントの討伐

「ん? この大剣を打った鍛冶師を知っているのか?」


「知っているも何も、この大剣を打ったのはおれの親父だ。見たらわかる……」


 キクリは折れた大剣を俺から奪い取り、骨を拾ったの如く悲しげな表情を浮かべる。


「あいつが打った武器がここまで壊れるとは……。いったい何と戦ったんだ?」


 年老いた小人族は立ち上がり、キクリのもとに移動すると大剣を触って見つめる。


「最近、討伐難易度特級との戦いが二度もあった。ほんと、その大剣が無かったら俺は、今頃死んでる。二三年間、ずっと愛用し続けていた大剣だ。それが、俺の呪いのせいで壊れた」


「呪い……。なるほど。呪いの効果を大剣がもろに受けたか。そりゃこうなっても仕方ない」


「俺は新しい武器を求めてこの東国に来た。どうも、俺は攻撃するたび、相手や物の寿命を三〇年奪ってしまうらしい。その大剣は一〇〇〇年壊れないと言われた。だが、この体になってから一気に劣化してブラックワイバーンと戦った時、そうなった」


「ブラックワイバーンと遭遇して生きていると言うことは、倒したのか……」


「ああ。生憎、この呪いのおかげで倒せた。だが、大剣がそのざまじゃ、戦うことも出来やしない。でも、その大剣に俺は本当に助けられた。お礼を言いたいんだが鍛冶師はいるか?」


「…………」


 両者は押し黙り、頭を横に振る。その姿を見ただけで俺は察した。


「親父は一〇年前、鉱山に蔓延るロックアントの討伐に行って帰って来てない……。なんなら、ディアが武器を欲して来ているのなら、諦めた方が良い。もう、一〇〇年前からロックアントが増えだして、一〇年前、親父が鉱山で消息悲鳴になってから完全に封鎖された。今じゃもう、質が良い金属が取れなくなってありあわせの品しか作れなくなった……」


「なるほど、だから、ルークス王国に売っている東国製のナイフと、さっき使ったナイフの違いがあったのか。あの、ナイフは凄かった。誰が研いだんだ?」


 俺は台に置かれているナイフを指さす。


「あれは親父が打った包丁だ。それをおれが研いで切れ味を保ってる。でも、いつまでたってもじっちゃんや、親父みたいになれなくてさ……」


 キクリは苦笑いを浮かべながら呟いた。


「お前は視野が狭い。ただ研げばいいってもんじゃないんだ」


 年老いた小人族は俺が使ったナイフを手に取り、料理台の下に置かれている木製の桶と研ぎ石を取り出す。ナイフを綺麗に洗い、油を完全に落としたあと研ぎ石に刃を擦りつけていく。鍋が煮えたところに刃も研ぎ終わったらしく、水で綺麗に洗い、乾いた布で水分を拭き取った。


「ここまで出来て、一人前だ」


 年老いた小人族は太い丸太に刃を当てる。スーッと引くと、丸太がぱっかりと割れた。何が起こったのか理解できない。


「うわ……。すっご……」


「これは上質な鉄から作られた品だ。研ぎ続ければ一〇〇〇年以上持つ。だが、劣化しないわけじゃない。その大剣が壊れるほど強い呪いなのだとしたら、生半可な金属じゃ話にならん。劣化しない金属ならアダマンタインがあるがここ数百年見つかっていない」


「アダマンタイン……。伝説の希少鉱石か。なるほど、その武器があれば……」


「アダマンタイン製の武器は各国の王族が保有している品しかないな。どこからも買えないだろう……。万が一にでも鉱山でアダマンタインが見つかるようなことがあれば、わしに言え。息子の代わりにわしがお前の武器を打ってやる」


 年老いた小人族は丸太をナイフでくりぬき、中央部に刃先を刺して収めた。切れ味がどうなっているのか、訳がわからない……。


「はぁ……。おれ、じっちゃんみたいになれる気がしないよ……」


 キクリは落ち込み、鍋の方を見る。そのまま、お玉で味噌スープを掬い、小皿に入れて啜る。


「うん、いい具合だ。ディアも飲んでみるか?」


 キクリは俺に小皿を差し出した。その後、味噌スープをそそぐ。


「い、いただきます」


 俺は人生初、味噌スープを飲む。


「うっま……。なんだこれ、美味すぎないか?」


「ふふっー、そうだろうそうだろう。おれ、料理は得意なんだ」


 キクリは胸を張り、自慢げに答えた。


「昆布で出しを取ってキノコ類の干物も入れてある。味噌の濃い塩味とうま味が合わさって具材の味を引き立たせてるってわけだ。いで!」


 キクリは年老いた小人族に手刀をくらう。


「見っともないからそれくらいで止めておけ。自分の腕をひけらかすのは三流がすることだ」


「つぅ……。別に良いじゃねえか、料理を専門にしてるわけじゃねえし……」


 キクリは頭を手で押さえながら、赤い瞳を潤わせながら言う。


「たく、お前はいつになったら職を決めるんだ。小人族たるもの、一つの職に生涯を掛けろ。お前と来たら、漁師、猟師、鍛冶師、色々な仕事に手を出しおって。もう、一五を過ぎた大人だろうが。そんなんじゃ、鳴かず飛ばずの半人前にしかならんぞ」


「ま、まだ考えてる途中だ……。やりたいことがいっぱいあってきめられないだけだよ……」


 キクリは才能の塊らしく、いろんな仕事で成果を収めていた。どの仕事についても、この子なら相当立派な職人になるだろう。だが、キクリはそのせいで決めあぐねているようだ。


「はぁー、さっぱりした……。あのお風呂、最高すぎ……。あ……」


 コルンは身から白い湯気を出し、風呂上りだとすぐにわかる長袖長ズボンの寝間着の恰好で、広間に戻って来た。


「ああ……。滅茶苦茶良い匂いがする……」


 フィーアも同じく、透き通るような綺麗な肌から湯気を立たせていた。ただ、コルンからは全く出ていない色気が寝間着姿の美女からむんむんと発せられている。


 ほんと森の民は色白美人で視線のやりどころに困る。


「お前らはこのガキの連れか? そうなると、お前らも冒険者って言う訳だな」


 年老いた小人族はコルンとフィーアに視線を向けた。女を見る目ではなく仕事相手を見る目をしていた。


「初めまして、コルンと言います。銀級の冒険者です」


「初めまして、フィーア・リーンだ。冒険者ではないが、腕に多少の自信はある」


 両者は開いている座布団に座り、自己紹介をした。


「じゃあ、この流れで俺も。んんっ、俺の名前はディア・ドラグニティ。金級の冒険者だ」


「わしの名前はゲンナイ・サザナミだ。そっちの半人前以下がキクリ・サザナミ。わしの孫だ」


 ゲンナイは先ほどまで座っていた座布団に座り直し、俺達は囲炉裏を囲む。


「は、半人前は余計だ」


 キクリは木製の容器に鍋の具を入れ、味噌スープで浸す。


「これはなんだ? 泥水?」


 フィーアは味噌を知らなかったらしく、結構失礼な発言をする。


「この濁りは味噌だ。まあ、簡単に言えば豆と塩で作った調味料だと思えばいい」


 ゲンナイはフィーアの発言に怒鳴らず、軽く説明した。見かけによらず優しい方なのだろう。


 キクリはゲンナイに器を渡したあと、俺、コルン、フィーアの順に具を盛りつけた器を渡してく。

 ゲンナイとキクリは二本の棒を使った箸と呼ばれる道具で料理を食べるらしい。俺達にそんな器用なことはできないので木製のフォークやスプーンを借り、食すことになった。


「では、素材に感謝を」


 俺とコルン、フィーアは両手を握り合わせて神に祈る。ゲンナイとキクリは両手の皴同士を合わせ、恵に感謝した。


 いの一番に食したのはコルンだった。腹が相当空いていたようだ。


「うっまああああああああああああああああああああああああっ!」


 コルンは大泣きして、スプーンをちゃっちゃか動かす。あっという間に器の中身を空にした。


「おかわり!」


 コルンは満面の笑みでキクリに器を差し出す。子供かよと突っ込みたくなった。


「よし来た!」


 キクリは満面の笑みで器を受け取り、鍋の具をよそう。そのままコルンに返した。


 俺も器を持ち、フォークで具材を刺し、口に運ぶ。暖かい野菜の甘味と味噌のスープの塩味が口内に広がり、舌をうならせる。パンや干し肉で飢えを凌いできた俺にとって、最高と言う一言しか出てこないほど絶品だった。


「キクリ、この鍋、ものすごくうまい。体が滅茶苦茶温まる。こんな美味い料理を作れる妻がいたら最高だな。お前は良いお嫁さんになる」


 俺はキクリを目一杯褒めた。


「はははっ! おれが嫁か。そんな未来があるかなー。おれ、男っ気ないからなー」


 キクリは笑った。確かに彼女から男がいるような雰囲気は感じられない。だが部屋を見ると彼女の几帳面さがわかる。

 整理整頓された道具や掃除が行き届いた部屋。埃が全く見当たらない。皴の無い服に綺麗に磨かれた靴、おまけにこの料理の腕前。


「俺が言うのもなんだが、キクリは他の女より女子力が高いぞ。俺はお前みたいな女と付き合いたい人生だったぜ」


 俺は近くに座っているコルンとフィーアに目を向ける。コルンは几帳面な方だが、フィーアはずぼらすぎて女子力が壊滅的だ。整理整頓や料理なんて不可能。大森林の家で出された料理なんて野菜そのままだからな。


「はははっ! 嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!」


 キクリは俺の背中をバシバシと叩き、微笑んだ。笑った顔は子供のように眩しく、愛らしい。

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