第31話 東国の料理

「ああ。おれは、じっちゃんの孫だ。じっちゃんなら奥の鍛冶場にいると思うぞ」


 小人族は指先を家の隣にある鍛冶場に向けた。


「でも、今行くのはやめておけ。おれでも半殺しにされる。あんたらが入ったら体が真っ二つになるかもな」


 依頼主の孫は首に掛けられた鍵を引っ張り出し、扉の金具に差し込んだ。そのまま捻り、ガチャリと音がする。知らない者の前で鍵を開けるなんて不用心だな……。


「その格好、ルークス王国の冒険者だろ。遠いところから、こんな田舎までよく来たな。まあ、いいや。外は寒いだろ、中に入れよ。飯くらい作ってやる」


「お、お邪魔します」


 俺達はされるがまま、小人族の家に入った。


 俺やコルンにとっては丁度良いくらいの大きさの扉だが、背が高めのフィーアにとっては窮屈かもしれない。でも、木製の家はどこか風流で心が落ち着いた。フィーアも故郷を思い出すのか、微笑みを自然と浮かべている。


 ――普通に上がってしまった。依頼主に不審者だと思われないか心配だな。


「あんたら、鹿はさばけるか?」


 小人族は内臓が抜かれた鹿を籠に入れながら訊いてきた。


「ああ。解体なら得意だ」


 俺は腰から革製の鞘が付いたナイフを取り出す。


「そうか。なら、こっちの包丁を使え。その方が早い」


 依頼主の孫は布で覆われた一本のナイフを渡してきた。柄を触っただけでわかる。これはやばい……。


「間違っても指は切るなよ。スパッと落ちるぜ」


 孫はにやりと笑いながら注意喚起してきた。


「あ、ああ。わかった。えっと……」


 俺は信用してもらうために名前を言おうとした。


「じゃあ、おれは風呂の用意をしてくる。その間にさばいておいてくれ」


 依頼主の孫は俺の話しを聴かず、玄関から外に出て行った。

 

 ――俺達を信用しすぎだろ。悪い目にあった覚えが無いのか?


「なんか、話しを聴かない子ね……」


 コルンは腰に手を当てながら目を細める。


「まあまあ、夕食をごちそうしてくれるようだし、言葉に甘えようじゃないか」


 フィーアはすでにお腹が空いたのか、お腹を撫で、鹿の方に視線を向ける。


「さて、冒険者たるもの仕事せずして食うべからず。二人も手伝えよ」


「えー」


 コルンは解体が苦手なので普通に嫌そうな声を出した。だが嫌々言いながら詠唱を呟き、ローブから作業着に一瞬で着替えた。俺は彼女の一瞬の早着替えに驚きを隠せない。


 ――その魔法、すごく便利だなよ。俺も使えるようになりたい。


「もちろん、手伝う。早く食べたいからな」


 フィーアは肉が食べられると言う確証があるだけでやる気満々だ。何とも単純な奴だが、そこが憎めない。


「じゃあ、俺が解体していくから、フィーアは鹿の皮を鞣してくれ。コルンは肉が腐らないよう、瞬間冷凍と殺菌の魔法を頼む」


「了解」


 両者は息が合った返事をして、頷いた。


 俺は手に持っているナイフの刃を覆っている布をゆっくりと取る。現れたのは銀剣以上の輝きを放つ鋼だった。美しすぎて言葉を失う……。

 コルンとフィーアからしたらただの刃物にしか見えないかもしれないが、長年刃物を愛用していた俺からすればここまでの上物を見た覚えが無い。王都に売られている東国製のナイフを見た時はここまで上物じゃなかった。


「と、とりあえず解体するか」


 俺は鹿肉を部位ごとに完璧に切り分けた。ただ、驚くことに骨まですっぱりと切れる。これ、魔法が付与されているだろと言いたくなるも、コルンは何も付与されていない刃物だと言った。


 ――このナイフ、いったいいくらで売れるんだ?


 そんなことを考えていたら手もとが狂うと思い、いったん呼吸を整え、解体をさっさと終わらせる。


「ふぅ……。終わった」


 俺は解体よりも刃物の扱いに神経を使ってしまった。そうしないと本当に指が落ちると思ったのだ。ナイフの刃に付いた油を綺麗な布で拭き取り、刃に撒いていた布とナイフが置いてあった場所に戻しておく。

 これ以上してはいけないような雰囲気を感じた。


 俺達が解体を終えたころ、依頼主の孫が玄関に戻って来た。


「おお、もう終わったのか。子供だから舐めていたが意外と優秀な冒険者だったりするのか?」


 手に炭の粉を付け、火おこしをして来たとわかる依頼主の孫が聞いてきた。


「まあ、そこそこだ。あと俺は子供じゃない。三八歳のおっさんだ。名前はディア・ドラグニティ。よろしく」


 俺は血を拭き取った手を差しだす。


「おっさん……。理由がわからないが、そう言うことでいいか。えっと、おれの名前はキクリ・サザナミ。よろしく」


 キクリは俺の手をぎゅっと握った。手の皮が厚く、マメだらけ。相当鍛えているとわかる。子供ではなさそうだ。


「私はコルン。魔法使いよ」


 コルンは本当に簡潔な自己紹介をした。


「私はフィーア・リーン。森の民だ。強くなるために冒険者をしている」


 フィーアは頭を軽く下げた。


「子供体型のおっさんと魔法使い、森の民……、面白い冒険者達だな。まあいい。風呂を沸かしてきたから、先に入ってくれ。おれはその間に夕飯を作っておく」


 キクリは指先を家の奥に向けた。どうやら、奥に風呂場があるらしい。


「コルン、フィーア、先に入ってこい。汗まみれで気持ち悪いだろ」


「じゃあ、お言葉に甘えて先に入らせてもらうわ」


「東国にも風呂はあるんだなー。楽しみだ」


 コルンとフィーアは玄関で靴を脱ぎ、暖簾をくぐって行った。


 俺はキクリと二人きりになった。キクリは防具や武器を玄関の棚に置き、靴を脱いで解体された鹿肉が入った木箱を持って、広い料理場に移動する。


「ディア、嫌いな食材はあるか?」


 キクリは俺の方を向かず、訊いてきた。


「いや、冒険者は食べられる品なら何でも食べる。あいつらにも好き嫌いなんてさせない」


「そうか。なら、何を作っても文句は言われないな」


 キクリは木箱に入れられている野菜を新しく出したナイフで手早く切っていく。それをデカい鍋に突っ込んだ。人参、大根、白菜、水菜、シイタケなどなど、どれもみずみずしくてうまそうな品ばかりだ。


「ディア、湧水が家の裏から出てる。その木製バケツで汲んできてくれ」


「ああ、おやすい御用だ」


 俺はキクリが指さしたバケツを持ち、玄関から家の裏に回った。細い竹のような筒から綺麗な水が流れており、井戸の方へと入っている。俺はバケツを洗い、限界まで水を汲んだ。そのまま、キクリの元に戻る。


「水を汲んできたぞ」


「ありがとう。じゃあ、囲炉裏の炭に火をつけてくれ」


「よし来た」


 俺は平屋の居間にある囲炉裏に向かい、中央に置かれた炭の乾燥具合を見る。新しい品らしく、十分燃えそうだ。近くにあった火打石と麻紐、細い小枝を取る。慣れた手つきで麻紐を解し、火打石を打ち付け火種を作り、小枝に引火させる。その火を使って炭を熱した。


「三八歳って言うのはあながち嘘じゃないみたいだな。子供の手付きじゃない」


 キクリは大きな鍋の持ち手を天上からつるされた鎖に引っかけた。そのまま、鍋を炭で熱する。


「鍋料理か?」


 鍋の中は水と具材でいっぱいになっており、すでに美味そうだ。


「そうだ。鹿鍋にした」


 キクリは料理場の棚から壺を取り出し、囲炉裏のもとまで戻ってくる。胡坐をかき、木製のスプーンを壺に突っ込んだ。東国特有の調味料だと思われる味噌を掬い、山盛りの味噌を何杯も鍋の中に落としていく。

 すると水だった液体が泥のように濁っていき独特の香りが水蒸気と共に上がってくる。腹が空く匂いだ。


 キクリはお玉で味噌を掻き回し、鍋の中を炭でしっかりと熱する。その姿を見ていると、背後から猟銃を後頭部に突きつけられた。


「きさま、何者だ」


 声は渋く、ドスが効いている。俺は手を上げ、武器を持っていない状況を示した。


「じっちゃん、その人はルークス王国の冒険者だ。依頼を受けに来たらしい」


「依頼だと? 今さら……。なんなら、ガキじゃないか。こいつに何ができる」


「そうだけど、来てくれただけでも……」


「ちっ……」


 後頭部に付きつけられていた猟銃は取り払われた。後方にいた者は囲炉裏の奥に回り、近くの棚から箱を取り出すと胡坐をかきながら座布団に座る。


 目の前にいる年老いた小人族はキクリに似ていた。だが、顔にいくつもの切傷があり、歴戦の猛者のような風格がにじみ出ている。


 年老いた小人族は箱からパイプを取り出し、乾燥した香草をボウルに入れた。小枝を炭に付け、引火させたあと香草に火をつける。小枝は囲炉裏の中に捨てた。

 煙を吸い、吹かした。何度もすぱすぱと吸い、いったん落ち着いたのか、パイプをひっくり返し、香草を囲炉裏に捨てる。


「はぁ……。ガキ、冒険者なんだってな。位はなんだ」


 年老いた小人族は伸びた髭を触りながら訊いてくる。ロックアントの依頼だけなら銅級や銀級でも十分だが、俺は違う。


「金級だ」


 俺は金級の証である金板が掛けられた首飾りを見せる。


「……こりゃ、驚いた。お前は人族か?」


 目の前の年老いた小人族は目を丸くした。どうやら、ちっぽけな冒険者が来たのだろうと落胆して罵るために位を訊いたようだ。


「ああ、人間だ。だが、今は呪いが掛けられてこんな姿になってる。本当は三八歳だ」


 俺を罵ろうとしていた作業着姿の小人族はいったん考え、視線を俺に向ける。


「金級の冒険者がこんなちっぽけな国に何しに来た。たかがロックアントの討伐依頼なんかで来るような階級じゃないだろう」


「確かにな。俺は別の目的があってここに来た。ロックアントの討伐はついでだ」


 俺は背負っている壊れた大剣を取り出す。


「え……。じ、じっちゃん、これ、親父の……」


 キクリは俺の大剣を見て、目を潤わせる。


「ああ……。間違いない。あいつが打った大剣だ」


 年老いた小人族は目を細め、皴を作りながら大剣を見つめる。

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