第30話 東国

「ディア、船の移動はどれくらいかかるんだ?」


 フィーアは俺に質問してきた。


「そうだな、いくつもの港に着いて貨物を下ろしたり乗せたりする分、飛行船より時間が掛かるな。東国までの道のりを考えると、三〇日くらいだと思うぞ」


「たった三〇日か。短いなー」


 フィーアの感覚は人とずれており、三〇日が三日程度としか思っていない。人間にとっては一年の一二分の一が無くなるのだが……。


「ま、移動の間、鍛錬が出来るから丁度良いだろう。よし、フィーア。近接戦闘の鍛錬をするぞ!」


 俺は体を動かし、温める。


「よろしく頼む!」


 フィーアは軽く頭を下げ、微笑んだ。


 快晴の日はフィーアと鍛錬を行い、雨や嵐の時は船内で瞑想や狭い場所でも筋肉を増やす鍛錬を怠らない。

 フィーアやコルンからまだ鍛錬するのかと言う呆れた視線を向けられるも無視して自分がギレインに教わり今まで行って来た努力をコルンとフィーアにも教えた。


 三〇日の間、貨物船で移動し続け、東国にやって来た。


 東国は海に囲まれた島国であり、小人族が住んでいる。彼らの特徴として人の二から三倍長寿。成人男性でもゴブリンのような小柄な背丈、だが身体つきは男女変わらずごつく頑丈だ。

 一つの職に生涯を費やし、多くの国の王がこぞって宝剣を作らせるくらい腕が良い鍛冶師が何名もいるそうだ。ただ、気難しい性格と言うのも有名な話で、金をいくらつぎ込まれようが一振りの剣も打たない者もいるくらい厳しい。

 俺が大剣を作ってもらった時はギレインの紹介だった。あいつは小人族にも好かれていたからな、お零れで売ってもらったに過ぎない。だが、あの大剣に命を何度も救われたのは事実だ。


 俺達は貨物船から出て、港に降り立った。漁港でもあるらしく、見た目が綺麗な魚が何匹も売られていた。王都に売っている魚は色合いが気持ち悪いのだが、東国近海で上がる魚はどれもこれも銀剣のように美しく、目を引く。見ているだけで腹が減って来た。


「はぁー、やっと着いた……。もう、三〇日ずっときつかったんだけど……。これなら、飛行船で移動した方が気持ち悪い期間が短くて楽だった」


 コルンは何を食べても吐き出してしまうので三〇日で結構痩せていた。少量の食べ物を胃に入れてギリギリ生きていた。ただ、そんな過酷な状況に身を置かれた体は魔力で保管しようと臍下当たりにあるマナが成長し、魔力量が増えていた。辛い思いをしないと成長出来ないなんて、魔法使いは不遇だな。


「ふっぐー、はぁー。なんか、森の中を思い出すくらい静かな場所だな」


 フィーアは伸びをして、空気を肺一杯に吸っていた。確かに空気が澄んでいる。ただ、薪を燃やしている香りが漂って来て、何かが燃える臭いはどこも変わらないなとしみじみ思う。


「さてと、依頼主の家に行くぞ」


 俺は革製のボンサックから束になった依頼書を見る。全て同じ依頼者だった。きっと多くの者が依頼主のもとを訪れ、依頼を出しているのだろう。

 このような離れた異国に来る冒険者は少ない。何名も別の者が依頼を出しても無視されるのが落ちだ。だから、今回のように同じ依頼者にすることでギルド内で纏められ、ギルド側も対処せざるを得なくなる。

 東国に武器を買いに来た冒険者くらいいるだろうって思うかもしれないが、東国製の武器は王都にも売っている。わざわざ遠出して買いに来る冒険者はいない。王たちも宝剣の依頼を出すだけでこの場に訪れようとしないのだ。


 東国の建物は木製が多い。まあ、鍛冶場なんかはレンガ造りや土製だ。建物は王都の作りと全く違い、平屋や二階建てが多い。どれもこれも精巧で家造りに命を懸けている者が建てているのだと言わざるを得ないくらい綺麗な建物ばかりだ。


「ディア、なんか、私達、煙たがられているような気がするんだけど……」


 コルンは東国内の街中を歩いている途中、俺に訊いてきた。


 東国民の服装と俺達の服装が違い過ぎるからか、周りの者が俺達に警戒しているようだった。


「お前達も王都内で獣族を見たら同じ視線をするだろう。普段見慣れていない相手がいたら、警戒するのが当たり前だ。こういう時は横暴な態度をとらず、対等な存在として扱うように。相手に嫌われたら武器なんて売ってもらえないぞ」


「はぁ……。気難しい種族と知っていたけど、睨まれるだけで心苦しいわ……。買い物するだけでも精神をすり減らしそう」


 コルンは誠実が取り得だ。だが、悪人を見るような視線を向けられ、気がめいっている。きっと長い船旅の疲れもあるだろう。


「とりあえず、依頼主に挨拶しに行って、その後、環境に慣れるために数日過ごす。そこで体調を整えるように。冒険者たるもの、体調管理はしっかりしないとな」


「はぁい……」


 コルンは気の抜けた返事をした。


「こんにちは、こんにちは、今日は良い天気だな! 皆、お仕事お疲れ様だ!」


 フィーアは言葉も通じないのに愛想よく挨拶しまくっていた。コルンより他の者と会話することが得意らしく、持ち前の精神力の強さを見せた。すると……。


「ディア、干し芋を貰ったぞ! 目が飛び出そうになるほど美味い!」


 フィーアは年老いた女性から干し芋を貰ったらしく紙袋を俺に渡してきた。彼女の口に細長く切られた干し芋が束状になってつっこまれており、口をもごもごさせながら笑っている。


「ちゃんとお礼を言ったか? えっと、ありがとうございます」


 俺は道行く女性に頭を下げる。寡黙な女性だったらしく手を軽く上げて去って行った。


 俺は紙袋に手を入れ、食べやすい大きさに切られた干し芋を摘まんで口に含む。


「うっま……」


 ただのサツマイモなのに、糖度が高く、風味豊かで、後味すっきり……。何本でも食べられてしまう美味さだった。


「コルン、今、体力が落ちてるだろ。これを食ったら、相当回復するぞ」


「はぃ? ただの干し芋でしょ……」


 コルンは俺から紙袋を受け取り、干し芋を口にする。


「うっまあああああああああああっ! なんじゃこりゃあっ!」


 コルンは叫び、周りの小人族を驚かせたあと、干し芋を泣きながらバクバク食す。大食いなので、あっと言う間に無くなった。

 その後、フィーアの愛想のよさから多くのもらい物をした。

 野菜や干し肉、乾燥したイカなど、どれを食しても美味すぎる。王都の料理が不味い訳じゃないが、これに命を懸けているんだなとわかる味だ。こんな品をタダでもらって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「東国最高! もう、愛してる! 私、ここを第二の故郷にするわ!」


 東国の食がコルンの舌に突き刺さったらしく、船で体調を崩していたのが嘘のように回復していた。食が合う国は珍しいので、俺も結構嬉しかったりする。


 コルンの翻訳の魔法で道行く小人族に依頼主の家を訊ねると族長の家だと言う。大通りを真っ直ぐ移動すると鍛冶場団地が見えてくるそうだ。そのまま、真っ直ぐ移動し、鍛冶場が少なくなって来た頃、山のふもと付近にポツンと立った一軒の建物が依頼主の仕事場らしい。


「ここか……」


 俺達は教えてもらった建物の前にやって来た。築何年だって言うくらい古い建物で樹齢何年の木材で作られているんだと思わされる外枠。家と鍛冶場がわかれており、奥の方にこじんまりとした土製の建物があった


 俺は木製の扉を三回叩き、声を出す。


「す、すみません……。ゲンナイさんのお宅はこちらですか?」


 日が沈み、暗くなってきたころだ。家の中にいてもおかしくない。そう思って声を掛けたが反応はなかった。


「誰だ。じっちゃんに何か用か?」


 山の方から下りてきたのは背丈は一三〇センチメートルくらいで低いが男と言っても過言じゃないくらいがっしりとした体形の小人族の女性だった。


 茶色っぽい髪は癖が強く所々跳ねている。ただ、肩にかかるほど長めで、じゃまにならないよう三つ編みにされており、子供感が漂っていた。

 顔はコルンと同じくらい童顔で可愛らしいが、鼻が低くのっぺりした顔で王都の者より優しい印象がある。瞳は綺麗な橙色で宝石のようだった。実年齢はわからない。

 耳は森の民ほど長く尖っていないが、少々尖っている。肌の色は小麦に近く、黄色人種と言った感じだ。俺達とさほど変わらない。

 森に溶け込めるよう深緑色っぽい長袖長ズボンを履いており、革製の防具もしっかりと着けていた。足首を守るような少々ごついブーツも履いている。背負っていたのは大きな斧と長い猟銃、大きめの雌鹿だ。


「えっと、ゲンナイさんの知り合いですか?」


 俺はコルンの翻訳魔法がかかった状態で話しかける。依頼主を知っているのなら呼んでもらおうと思った。

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