第29話 船に乗る

 素材をある程度渡し終えたあと、俺達はルークス魔法学園に足を運んだ。


「メリー教授、メリー教授。おきてますか?」


 コルンは扉を三回叩き、メリー教授を呼んだ。


「ううん……。ああ、起きてるよ……」


 紫っぽい長い髪を掻き、扉を開けたのは目の下が真っ黒だが、美女のメリー教授だった。ブラジャーをしていないのか、キャミソールの胸部分に二つの小さな山が見える。


 ――あれは、ちく……。


 俺が鼻の下を伸ばしていたのか、コルンが持つ大きめの杖の一撃をくらい、弾き飛んだ。


「もうっ! メリー教授、下着くらいちゃんとつけてください!」


「えぇ? 着てるじゃん……。ほら」


 メリー教授はキャミソールをピンと張り、胸のデカさを強調した。まるでコルンに大人の凄さを見せつけているかのようだ。


「ぐぬぬ……。で、デカい……。って! ブラジャーとかパンティーの方の下着ですよ!」


 コルンは奥歯をぐっと噛み締めた後、軽く吠える。


「別に気にしなくてもいいじゃないかー。おや? 君はもしや……、森の民なのではないか?」


 メリー教授は背筋を正しながら立っているフィーアの方に視線を向ける。


「初めまして。フィーア・リーンと言う。強くなるためにディアとコルンのパーティーに入った。よろしく頼む」


「おお、流暢なルークス語が喋れるのだな。初めまして、私はメリー・ポーシャルだ。この学園で呪いの研究をしている」


 フィーアとメリー教授は手を握り合わせ、自己紹介を終えた。


「いてて……。コルン、いきなり殴るなよ……」


 俺は頬を撫でながら呟く。


「あんたが鼻の下を伸ばした下品な顔をしているのが悪いでしょ。ちょっとデカい乳を見ただけで発情しちゃって……。盛ったサルめっ!」


「うぐ……。し、仕方ないだろ。中身はあと数年で四〇歳のおっさんなんだから……」


「ふふふっ。私はおっさんが嫌いじゃないよ。なんなら子供はもっと好物さ」


 メリー教授はかがみ、俺に抱き着いてきた。何日風呂に入っていないのかわからないくらいの悪臭と、ほのかに香る乳の香りが混ざり合い、絶妙にエロイ……。


 ――ち、乳でかぁ。


「うわあああああああああああっ!」


 コルンは俺の襟首を持ち、床にたたきつけた。いったいどこにそんな力が……。


 俺は気を失う。次、目を覚ましたのはベッドの上だった。


「う、ううん……」


 俺は目を覚ましたあと以前と同じようにみぐるみを剥がされ、全裸の状態だった。脚を閉じ、ショートソードを隠す。


「さ、さっさと服を着なさいよ」


 コルンは俺の下着と衣類を投げた。


 俺はなぜ毎回脱がされているのか疑問に思ったが、メリー教授が呪いを調べるために仕方がないと言うので渋々飲み込み、下着と服を着る。

 防具も着けた後、ベッドから降りてメリー教授が座っている前に置かれた椅子に座る。


「先ほど、フィーアの解呪の魔法でディアの体を一時的に戻してもらった。時間は五分だ。その後、同じ魔法を掛けて戻らないか検証したが失敗した。だが、一日経てば再度使用が可能と言うことをコルンから聞いた。その点を踏まえると、呪いが多少解除されていると言える」


 メリー教授はコルンが書いた文章を見ながら、言う。


「呪いが薄くなっているってことか?」


「そう言う訳ではない。特級の呪いが強力な解呪の魔法に耐えるために変化したのだろう。言わば適応だ」


「適応……。呪いが解呪の魔法に耐えられるようにってことか……」


「そう言うことだな。だが、悪い話じゃない。適応したと言うことは以前よりも効果が弱くなったと言うことでもある。実際、大人の姿に戻っているんだ。このまま、模索していけば長い間、大人の状態でいられるようになる可能性はゼロじゃない」


「ただ、解呪できるかはどうかはわからないと……」


「そう言うことだ。呪いに掛かれば後遺症は少なからずある。今の状態をどれだけ前の状態に戻すことができるのかが重要だ。簡潔に言うなら、もう、以前の生活に戻れないと思ったほうがいい」


 メリー教授は淡々と話した。


「そ、そこを何とか、元に戻す方法はないんですか! わ、私のせいでおっさんの人生がしっちゃかめっちゃかになっちゃったんです。一生、このままなんて……」


 コルンはメリー教授に大きな声で訊く。責任感が強いせいか、追いつめられているらしい。


「コルンのせいじゃない。リッチを倒したディアが悪い。そう決めつければいいだろう」


「そんなことできるわけないじゃないですか。お、おっさんは一応、私の命の恩人なわけですし、リッチを倒したおっさんが悪いと言って逃げるなんて、私はできません!」


 コルンは正直に言い放つ。


「ふっ……。ほんと、昔から頑固だね。別に、私は方法がないとは言っていない」


「え……。じゃあ!」


 コルンの表情が明るくなる。


「まぁー、あるとも言ってない」


「うう……。ど、どっちなんですか……」


 コルンはむっとなり、表情がころころと変わる。


「今、いろんな文献を手あたり次第あさっているところだ。文献が古すぎるから、解読にもう少し時間が掛かる。ディア、この後の予定は?」


「東国に行って新しい武器を手に入れてくる。行きは一四日くらい、滞在期間は決めていないから少なくとも一ヶ月は時間が空く。もっと長引く可能性もあるがな」


「なるほど……。じゃあ、ディアたちが無事に帰ってくるまでに、調べておくよ」


「そうか。助かる。ああ、お礼と言っては何だが、ブラックワイバーンの素材を手に入れたんだ。欲しい部位があれば譲るぞ」


「なに! ブラックワイバーンを狩ったのか! はは……、ディアは私が思っていたよりも優秀な冒険者だったようだ。まあ、リッチを倒したと言うのも半信半疑だったが確信に変わったよ。なら、お言葉に甘えようか。んー、滋養強壮に利く、睾丸でも貰おうかな。乾燥させて粉々にした後、液体に混ぜて男に飲ませれば一日中ギンギンだ」


「……」


 俺達の冷ややかな視線をいくら受けようと、メリー教授の強すぎる精神力は削れなかった。


「睾丸ならコルンが持ってたよな?」


「え……。も、持ってないわよ。睾丸は、ウルフィリアギルドに全部置いてきちゃった」


 コルンは視線を泳がせながら呟く。


「そうなのか。じゃあ、仕方ないな。メリー教授、すまない。睾丸はもう売ってしまったらしい。今度、金貨でも持ってくる」


「んー、どうせ東国に行くのなら米と言う穀物で作られた酒を買って来てくれ。酒豪の小人族ですら酔っぱらいまくる強い酒だ。だが、悪酔いしないくらい質が良い酒でな、あの楽しさが忘れられないんだ。今のディアなら余裕で買えるはずの値段だから、樽くらい……。いや、一升瓶一二本で手を打とう」


「わかった。米で作られた酒を手土産に持ってくる」


「ありがとう。いやぁ、お酒のことを考えるとやる気が出てきたよ!」


 メリー教授は古びた資料をあさり、目を通し始める。どうやら酒が絡むとやる気が出るらしい。


「じゃあ、コルン、フィーア。飛行船に……」


「いやいやいやいや」


 コルンは頭を真横にブンブンと振っていた。飛行船がトラウマになっているから仕方ないか。


「はぁ……。じゃあ、船だな。港に移動だ」


 俺達はルークス王国の王都から馬車で三時間ほど移動したルークス湾にやって来た。


「おおおおおおおおおお! でっかい、船! すごい、海に浮かんでるぞ!」


 フィーアは港に来たのが初めてなので巨大な船を間近で見て、緑色の瞳を輝かせていた。


「貨物船に乗せてもらうか、豪華客船に乗っていくか……。はたまた船を借りるか」


「なにを迷う必要があるの? 移動費はウルフィリアギルドが出してくれるんだから、値段が高い豪華客船に乗ればいいじゃない」


「まあ、そうなんだが、俺達は遊びに行くわけじゃない。依頼中に気を緩めたら依頼相手に失礼だ。貨物船なら移動中の誘惑は少ないし、目的に集中できる」


「はぁ……。でたでた、おっさんの古い考え。仕事中の休憩はとった方が良いって研究結果が出てるのよ。ずっと仕事状態でいたら疲れて集中力の低下が著しいんだって」


「なに……、そうなのか?」


「今時、休みが必要なんて常識でしょ。ほら、東国行の船を探してきて!」


「へいへい……」


 俺はコルンに指示され、港の船乗り場で東国行の船があるか聞く。東国に向かう豪華客船はなく、結局貨物船に乗って移動することになった。


「うろろろろろろろ……」


 コルンは船でも盛大に酔い、海に向って料理を吐き戻していた。


「まったく……、移動は乗り物が多いんだから、さっさと慣れてもらわないとな」


 俺はコルンの背中をさすりながら、だだっ広い青い海を見ていた。


「ディア、凄いぞ! 何にもない! 塩辛い水がそこら中にある!」


 フィーアは子供のように目を輝かせながら、辺りを見渡していた。潮風に靡く彼女の緑色の髪が艶やかでとても魅力的だ。


 フィーアは乗り物にある程度慣れたらしく、貨物船の屋上で体を激しく動かしても問題ない。対するコルンは乗り物がてんで駄目らしく、船内で無様に寝込んでいた。

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