第三章〈愛剣の代わりを求めて〉

第28話 今後の予定

 ブラックワイバーンを討伐した次の日、俺達は里長のスージアのもとにやって来た。スージアの家は吹っ飛び、更地になっていた。


「すみません、家を守れなくて……」


 俺は頭を下げる。


「気にしなくてもいい。家なんてまた作ればいいんだ。命があっただけ儲けものだよ。その様子だと、もう行くようだな」


「はい。えっと、フィーアを連れて行っても本当に良いんですか?」


「構わない。バカ孫が決めたことだ」


 スージアはフィーアの方を見ながら言った。


「里長、私は外の世界を見て、今以上に強くなってきます」


 フィーアは緑色の綺麗な髪を後頭部で結び、元から小顔にも拘らず、さらに小さく見えカッコよくなっていた。心地よい風により、髪が靡き、森の自然な香りが漂ってくる。

 胸を隠す胸当てと布製の防具を付け、白い肌が特徴的なくびれた腹と色っぽい臍が晒されていた。寒そうだが動きやすさ重視なのだろう。


「そうか……。ま、生きて帰ってくるんだな。別に外の世界で楽しく暮らしているのなら、帰って来なくてもいい。寿命が長いんだ、好きなように生きなさい」


「はい。ありがとうございます」


 フィーアは頭を下げ、スージアに挨拶を終える。姫にも感謝の気持ちを伝え、大森林にある森の民の里をあとにした。


 俺達は大森林の中を歩き、ルークス王国まで帰る。


「ディア、コルン、改めてよろしく頼む」


 フィーアは歩いている時、不意に頭を下げながら話し掛けてきた。


「ああ。こちらこそ、よろしく頼む。俺が前衛、フィーアが中間、コルンが後衛の体制で移動していく。ルークス王国の王都に返るまでに次の行動を考える」


「はぁー。フィーアが仲間になるのは心強いけど、この先、何があるかちょっと不安ね」


 コルンは珍しく、弱気な発言をした。


「確かにな。森の民でも解けない呪いだ。普通の方法で解けるとは思えない。危険な旅になるだろう。それでも、付いてくると言ったのはコルンの方だ。冒険者は発言や行動に責任を持て。責任が持てないのなら冒険者失格だ」


「わ、わかってるわよ。私のせいでおっさんがそんな体になっちゃったわけだし、最後まで責任を持つに決まってるでしょ。ただ、討伐難易度特級のブラックワイバーンを実際に見てあんな化け物がいったいどれだけいるのか不思議に思っただけよ」


 コルンは視線をそらし、呟いた。


「この世界にブラックワイバーンくらい強い存在は沢山いる。俺達もそうだからな。世界は広くて面白い……。だから、冒険者って言う職業があるんだよ」


「ふっ……。そうね」


 コルンは少し微笑み、恐怖心が少々和らいだのか、前をしっかりと見て歩きだした。


 俺達はドンロン街まで走って移動し、飛行船でルークス王国の王都まで飛んだ。


「う、うげぇ……」


 コルンは飛行船で酔い、またしても盛大に嘔吐した。だが、今回はゴミ袋を用意していたので周りに醜態を晒すことは無かった。まあ、本人の辛さは変わらないがな。 


「おお……。これが王都、里とは全然違うな」


 フィーアは巨大な建造物が聳える王都を見回し、緑色の瞳を輝かせていた。顔に傷があることが気にならないくらい綺麗だ。


「じゃあ、ウルフィリアギルドに行くぞ」


 俺達は王都にあるウルフィリアギルドに移動した。


「おお、ディア! 帰って来たのか! まあ、その姿からして失敗だったようだな」


 ギルドマスターのギレインは俺の姿を見るや否や受付台を飛び越え、駆け寄ってくる。そのまま俺めがけ加齢臭漂う抱き着き攻撃をして来た。帰って来て早々に最悪な気分になった。


「おい、依頼達成書と魔物の素材を渡す。別室に行くぞ」


 俺はギレインの顔を小さな手で押し、離れる。


「ん……。ディア、大剣がぶっ壊れたのか? あの大剣が壊れるなんて、ありえるのか……」


 ギレインは俺の背後に掛けられた折れている大剣を見て呟いた。


「ああ、ちょっとな……。色々あってぶっ壊れた。普通なら壊れるわけないんだが……。まあ、後で話す」


 俺達はウルフィリアギルドの別室に移動し、今回あったことをギルドマスターに報告する。


「多くのワイバーン種討伐依頼を完遂、解呪は失敗、ブラックワイバーンを倒したと……。ふっ、そうか」


 ギレインは俺の解呪が失敗したと言うのになぜか口角を上げ、暖かい視線を送ってくる。加えて俺の頭を右手でぐしぐしと撫でてきやがった。全く嬉しくない……と言えば嘘になるか。


「さっさと手をどけろ。俺は子供じゃねえっての。今回の解呪は失敗した。メリー教授のところにもう一度行って話しを聞いてくる。ワイバーン種の素材と依頼の報酬はギルドカードにまとめて入れておいてくれ。その方が安全だ」


「そうだな。ブラックワイバーンを倒したとなると大量の素材を持ちかえってきたわけか。老後の心配はいらなくなったな」


「ふっ……。そうだな。だが、俺はこのままの状態で歳をとるかわからない。一生このままの体型なんてごめんだ。だから、解呪の旅は続ける。そのための活動資金にもするつもりだ」


「ディアのギルドカードに報酬を全て入れてもいいのか? コルンと……、綺麗な森の民の方は……」


 ギレインはフィーアの方を見て呟いた。


「初めまして。フィーア・リーンと言う、森の民の戦士だ。強くなるため、ディアたちと共に旅をすることにした。よろしく頼む」


 フィーアはルークス語を喋っていた。コルンの熱血指導で移動中に簡単な会話が取れるくらい語学力が向上していた。

 コルンは勉強を教えるのが上手いらしい。冒険者をやるよりも学園の教授の方が向いてるんじゃないだろうか。


 ギレインも簡単な自己紹介を言い、握手を交わした。


「私達はおっさんからお金をもらうので、気にしないでください。そもそもブラックワイバーンを倒したのはおっさんの力のおかげなので……。私達はそんな力になっていません……」


 コルンは自分が何もできなかったと今でも卑下している。自信家だったのに立て続けに強い魔物と遭遇し心をぽっきりと折られたようだ。でもコルンの力が無かったら確実に勝てていないのも事実だ。そんなに落ち込む必要はないのだが、弱い自分が許せないと言う。


「コルン、新人冒険者なら、生きて帰って来ただけでも十分立派だ。もっと誇れ! 特級の魔物と二度遭遇して生きて帰って来た新人冒険者なんていやしない。それだけでコルンは優秀だ。これから強くなればいい。時間はまだまだたくさんあるんだからな」


 ギレインはコルンの頭をぐしぐしと撫で、褒めた。やはり、褒め方が俺と似ている……。いや、俺がギレインに似ているのか。どうせなら俺もギレインみたいなおっさんになりたかったな。


「は、はい……。頑張ります……」


 コルンは頭を下げながら、呟いた。


「ディア、このまま旅を続けるのは良いが、その武器じゃこの先、戦っていけないぞ」


「ああ。わかってる。だから、東国に行こうと思ってる」


「なるほどな。小人族の国か。確かに、あそこなら良い武器を新調できるだろう。大金も入ったことだし、奮発して良い品を買ってこい」


「そのことなんだが、俺は武器の寿命を奪っちまうらしい。この大剣はブラックワイバーンとの戦いで寿命を削ったんだ。一〇〇〇年壊れないって言われてたが、このざまだ」


 俺は愛剣の柄を手に取り、少しだけ残った剣身を撫でる。


「小人族が言うのなら、一〇〇〇年耐えると言うのもあながち嘘じゃないな。それが壊れたとなればディアの話しも嘘じゃないのだろう。つまるところ、良い武器を買ってもまたすぐに壊れる可能性があるってことか……」


「そう言うことだ。だが、武器がないと魔物と戦えない。買ってもすぐ壊れたら大金がもったいないし、どうするかずっと考えているんだが、いい案が思いつかなくてな……」

「馬鹿が足りない頭を使って考えてもいい案が浮かぶわけないだろ。考えるより動け。それが俺の教えだったはずだ。忘れたか?」


 ギレインは右手を握りしめ、腕を振りながら話す。


「ははっ……。そうだったな。じゃあ、メリー教授に会って話をしてくる。その後、王都を出て東国にすぐに向うからそのつもりでいてくれ」


 俺は依頼達成書をローテーブルに置き、立ち上がる。


「ちょっと待て、どうせ、東国に行くのなら東国の依頼を受けて言った方がお前の気持ちがあがるだろ」


 ギレインは待合室を出て行き、戻ってくると依頼書の束を俺に渡してきた。


「鉱山内に現れるロックアントの討伐……。なるほど、って、依頼数が多くないか?」


 依頼書の束をめくっていくと、ロックアントの討伐依頼ばかりだった。


「最近、出現が頻発しているらしい。噂じゃ、女王がいるんじゃないかって話だ」


「女王……。おいおい、やめてくれよ。また特級じゃねえか」


「ははっ、そんな何度も出会える存在じゃない。安心しろ」


 ギレインは大口を開けながら笑う。


「まあ、それもそうか……。わかった、ロックアントの討伐なら慣れてる。任せておけ」


「ふっ頼もしいじゃねえか。にしてもディア。いい顔をするようになったな。昔よりも生き生きしてるぜ」


 ギレインは子の成長を嬉しがる父親のような優しい笑顔を俺に向けてきた。


「うるせえ。まあ……、昔よりは生きてるって実感できる」


「そうか。よかったな」


 ギレインは微笑みながら、呟いた。


「……ああ」


 俺も小さく呟き、部屋を出た。


 コルンはウルフィリアギルドの倉庫が満杯になるまで素材を異空間から出し、ギレインを驚かせていた。それでもまだ、渡しきれていないため、帰って来た時にでも渡すとする。

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