第48話 決まり事
俺とコルン、フィーアは視線を合わせ、はにかんだ。
「もちろんだ。俺達はお前がいないと満足できない体になっちまった。世話を掛けると思うがよろしく頼む」
俺は右手を差し出し、握手を求めた。
「ありがとう」
キクリは俺の手を握り、友好関係を結んだ。
「よし! 今日は依頼の成就とキクリの門出を祝って宴会だ! いい酒と美味い飯を用意しないとな。ディアたちは出発の準備でもしていろ。明日、漁船に頼んで近くのクゴウチ国に送る。そこから飛行船でルークス王国に帰るのが一番早い」
ゲンナイは鍛冶場を飛び出していった。俺達はあっけにとられたが「じっちゃんも仕事ができるようになって嬉しいんだ」とキクリに言われ、納得した。
その後、俺達は家の中に入り、荷物を纏める。
「ディア。なにをどれくらい持って行ったらいいんだ?」
キクリは冒険に出るのが初めてらしいので、俺に質問してきた。
「そうだな。普通の冒険者なら荷物を減らして現地調達できるものはなるべく持って行かない。衣類は街の服屋に行けば手に入るから、服や下着類にこだわりが無いのなら数枚で十分だ。重い品や食料はコルンに渡せば運んでくれる。食料はコルンの異空間に入れておけば腐らないから沢山持って行ってもいい。まあ、生活していたらすぐに無くなる」
「わかった。じゃあ、この革袋に入るくらいの衣類、主武器、予備武器、点検道具、料理道具、調味料くらいでいいか」
キクリは満面の笑みで出発の準備を進めた。旅に出るのがよほど楽しみなようだ。
「キクリ、言っておくが冒険は楽しいことだけじゃないぞ。今回みたく酷い目にあう方が多い。それでも来るか?」
「当たり前だ。おれは世界を見てどの職業を極めるか考える。そのための旅でもあるんだ。行く手を阻む者がいるなら倒して進し、回答が無いなら見つける。おれはディアと言う冒険者を知って世界をもっと知りたくなった。その責任はとってもらうぞ!」
キクリは童顔を俺に向け、ニシシっと口角を上げる。
彼女の笑顔は春風が吹くような温かみがあり、どうしても見惚れてしまう。母がくれる無償の愛とはこういう感情なのだろうか。
――ほんと良い笑顔をする女だな……。
世の男は皆、笑顔に弱いので俺も不意にドキリとさせられてしまった。
「はは……、責任か。まあ、キクリが危険な目にあったら俺がまた助けてやる。それが熟練冒険者の責任の取り方だ」
俺はキクリの肩に腕を回し、微笑みかけた。
「ふっ。やっぱりディアはいい男だな。こんなおれを守るなんて言ってくれて、ありがとう。物凄く嬉しい。おれもディアを守るぞ!」
キクリも俺の肩に腕を回し、無垢に笑った。
俺達は兄妹のような関係を築けていた。一ヶ月以上、一緒に生活してきたが彼女は俺によく懐いていた。
俺は兄妹がいない。娘もいない。だからか、父性が湧くと言うか……、後輩のコルンとキクリを守りたくなる。フィーアは年上だからか母性に近い感覚を得ており、一緒にいると安心する。
まあ、俺は仲間に欲情しないようにしなければならない。
男女パーティーの欠点は何かいざこざが起こったら信頼関係が破綻する点だ。今のところ、そう言う問題は起こっていないが、どうなるかわからないのが男女の仲だ。だから俺はパーティーを作らず、一人で仕事をして来た。
もう、引退間近だと言うのにパーティーを作っているなんて変な気分だ。
皆、それぞれに目標があり、俺達はその目標を達成するために冒険者パーティーを組んでいる。だから目的が達成されれば俺達は自然と己の道を行くはずだ。
コルンは俺の呪いが解けたら最強の魔法使いになるために努力するだろうし、フィーアも自分が満足できる強さを手に入れたら里に帰る。キクリも自分がやりたい仕事を見つけ、世界を見て回れば国に帰る。
それぞれの行き先がしっかりしているからこそ、俺達は同じ方向を見て一致団結することができるのだ。いざこざを起こせば冒険どころじゃなくなるのは明白。好きになっても手は出したら駄目だ。生憎、子供の体で性欲は少ない。呪いがかかっている間は安全なはずだ。
俺達は出発の準備を終え、軽く鍛錬をしたり、今後の流れを説明したり、冒険者パーティーの決まり事なんかを話し合った。他人が予期せぬところでイライラを募らせていたら仲間の連携がうまく取れない可能性があり、規則を決めるのは重要な手段だった。
「じゃあ、お金に関しての規則一、稼いだお金は仕事をした者で当分割。規則二、仕事のお金と自分のお金は分ける。規則三、病気や怪我を負った時、武器や防具の新調などに使うお金は仕事のお金に振り分ける。くらいかしらね」
コルンは律儀に紙に規則を書き記した。まあ、破った場合は罰金を支払わなければならないので、契約を結ぶのは悪くない。
「冒険者パーティーで一番の問題は金だ。これで仲間内で金の問題を話し合わなくて済む。それだけで仲が悪くなる確率は減る。まあ、この中で金にガメツイのはコルンくらいか」
「ちょ、ちょっと! なんか、私が悪いやつみたいじゃない。お金は大切なのよ! 学費だって返さないといけないし、老後にもお金が沢山いるんだからね!」
コルンは未来を見据えてお金を貯めることができる良い冒険者だ。彼女にお金の管理を任せておけば資金の心配をする必要が無くて気が楽になった。ほんと適材適所だな。昔は俺一人で全部やっていたので正直物凄く助かる。
「なにを怒ってるんだ。コルンはお金に感心があって無駄遣いしないじゃないか。お金の管理ができるのは良い冒険者の特徴だ。別に罵ってるわけじゃない。そのまま、お金の管理を続けてくれ。頼りにしてる」
俺はコルンの頭を撫で、感謝した。すべすべの金髪が妙に心地よい。
「な、なによ……。か、勝手に触ってくるんじゃないわよ……」
コルンは視線を下げ、身を縮めるように手を股に挟んでいた。手が寒いのかな?
金の規則を作った後、男女間の規則を作る。
「相手が嫌がる行為をしない。これにかぎる。いい、相手が嫌がると思ったことはしない!」
コルンは俺に指差して大きな声を上げた。なぜ、そこまで強く言うのか……。
「わ、わかってる。お前達が嫌がるような行為はしない。約束する」
俺は両手を上げて宣言した。
「じゃあ、私が嫌がる行為を言ってみなさいよ」
「うーん、キスとか?」
「…………」
コルンは耳をじんわりと真っ赤にしながら押し黙った。
「ん……、どうした?」
俺はコルンが反応してくれなかったので、困惑した。
「ふ、ふん。い、嫌に決まってるじゃない。当たり前すぎて反応に困っちゃったわ」
コルンは腕を組み、俺から視線を背けた。
「だよな。俺はコルンとキスしても嫌じゃないが、コルンが嫌と言うのなら出来ないわけか」
「…………へ」
コルンは間の抜けた声を出し、瞳孔が少々開いた気がした。金髪がふわりと浮かび、魔力が無意識に漏れている。なぜか、動揺しているらしい。
「規則の話しをしているだけだ。なに、本気にしているんだ?」
「ば、ばーか、ばーかっ! そ、そんなのわかってるし! ディアの変態! 私とキス出来るとか、もう少女性愛者じゃんっ! 雑魚雑魚のおっさんの癖にっ!」
コルンは俺を罵倒しながら立ち上がる。そのまま俺の体をポコポコと殴ってきた。だが、全く痛くない。――いったい何をしているんだ?
「お、落ち着けって。じゃあ、皆に訊いておく。絶対にされたくないことはなんだ? 俺は一人の時間を邪魔されることだ」
「わ、私は浮気……」
コルンは落ち着いたのか、座布団に座り直し、ぼそっと言った。
「浮気……。コルンに恋人なんていないのに、誰が浮気するんだ?」
「でぃ、ディアは風俗禁止! あんなところでお金を使うのはもったいなすぎる!」
「な……、さ、最近は全く行ってない。そもそも、浮気となんの関係があるんだ!」
「い、いいから! 風俗は絶対に駄目! あと浮気も駄目っ!」
コルンは俺を握り拳で殴る。俺は何も悪い行いをしてないのに……。
「私は……睡眠を邪魔されることだな。眠りを妨げられるのは我慢ならん」
フィーアは胡坐を組みながら話した。やはりフィーアは寝ることが好きなようだ。俺も好きなので気持ちはわかる。
「んー、おれは……手入れ中の武器を使われることかな。全部やり終わってないのに使われると怒る」
キクリはナイフを持ちながら言う。そのナイフで刺されたら俺の肉体は簡単に裂けるだろうな。
「よし。じゃあ、皆の嫌な行いは把握できた。これで不意にイライラせずに済む。後はその都度、言い合って修正していこう。冒険者パーティーは信頼関係が一番重要だ。心に鬱憤を溜めず、ある程度相手に伝えないと間がぎくしゃくする。連携が滞り、重大な失敗につながる可能性だって高くなる。いいか。俺がこれだけ言うってことは相当重要な内容だ。一瞬の失敗がパーティー全滅の要因だったなんてよくある話だ」
「そ、そうね。どうせなら、最後まで仲良く解散したいわ」
「そうだな。私もこのパーティーが好きだから仲は良好でいたい。私の性格はずぼらだから皆に迷惑をかけると思う。今から謝っておく」
フィーアは頭を下げる。自覚しているようでよかった。
「おれは皆と生活して、波長の良さを感じた。もう、居心地がよすぎる。皆と冒険をするのが楽しみで仕方がない。そんな皆との仲が悪くなると考えたら耐えられない。おれの悪いところがあったら何でも言ってくれ。直せるように努力する」
キクリは両手を握りしめ、やる気を見せた。このように皆と意見交換が出来ているだけ俺達の仲は良好だ。
俺はこの仲間達と話し合い、関係を深めるにつれ、これからの困難も共に乗り越えていけると確信した。
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