第42話 新女王を引き付ける
「ディアっ! もう、五分経ってるんだけど! そろそろ、私達、やばいんだけど!」
コルンは大声を出しながら、現状を訴えてきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。さっき、大斧が粉砕しているところを見た。体も縮まってたし、完全に時間切れか……」
フィーアは苦笑いを浮かべながら、肩の力を抜いた。
「ま、まだ、諦めちゃ駄目だ……。ここからが強くなるところだってディアが言っていただろ。限界を超えてこそ力になるんだ!」
キクリはあきらめず、手斧と剣を振るってロックアントの大群をくい止めていた。
「キクリ! コルンとフィーアを引き連れてここまで来るんだ! こっちの方がまだ戦える可能性がある!」
俺は身の丈に合わない大剣の前に来て叫ぶ。
「無茶言うなっ! こんな大群の中、疲労困憊のおれが二人を担いで移動できるわけがない……」
キクリは珍しく弱気な発言をした。
「死にたくなければやれ! やらなければ死ぬだけだ!」
俺は三名を信じて巨大な新女王の方を引き付ける。
手を目一杯伸ばしながら跳躍してやっと大剣の柄を握ることができた。大剣は抜けず動かずの状態で台座に鎮座している聖剣のように大きな胸に突き刺さっていた。
「これが抜ければ……」
俺は柄を握りながら体を屈めて腕の力で身を持ち上げる。その反動で抜けないか試してみるも無理だった。身を左右に振り、少しでも空間を開ける。
「ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
ロックアントの新女王が反応した。どうやら、小さな傷でも身が攻撃されていると悟ったらしい。
「ロックアントの女王の寿命は一〇○○年を超える個体もいると聞く。なら、俺が三五個の傷をあたえれば、お前は一気に老いるっ! この大剣は俺の愛剣とほぼ同じだ。なら、一〇○○年は持つはずだっ!」
俺は大剣の柄を持って身を全力で振るう。
「ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
新女王が叫ぶと、周りにいる大量のロックアントがコルン達から新女王がいる方向に身を一八〇度回転させる。
「ギュィイイイイイインっ!」
ロックアントは新女王が攻撃されていると理解し、中央に寄って来た。体力の限界を迎えていたコルンとフィーア、キクリは命拾いしたわけだが危機は一向に迫っていない。
「でぃ、ディアの方にロックアントが……、い、行かなきゃ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……。こんなにフラフラなのに、戦わなければいけないなんて……、冒険者は大変だな……」
「ふぅ……、コルン、フィーア、おれが連れて行く。その間に体力と魔力を回復しろ」
「ええ、お願い」
コルンとフィーアはキクリに抱き着いた。
キクリは両者を持ち上げ、走る。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
俺は大剣を引き抜けず、手を放して呼吸を整えていた。辺りを見渡すと周りがロックアントだらけだった。新女王の体に上ろうとしているのか、ゾロゾロと集まってくる。
「くっ……。おびき寄せちまったか。ここも危険だな……。もう、安全地帯はどこにもなさそうだ」
俺は今すぐロックアントの新女王に決定打を打ち込みたかった。そうしなければ、統率の取れたロックアント達と戦わなければならない。
そうなったら勝ち目はない。
皆、体力の限界で疲れ切っている。そんな時に辺りを埋め尽くすほどのロックアントと戦えるわけがない。何としても、新女王を倒さなければ……。
俺は気を引き締め、再度大剣の柄を握り、全身を揺さぶって突き刺さっている胸に傷を与える。三から五往復したころ、大剣が少々曇る。どうやら、俺に掛けられた呪いが武器と新女王の寿命を削っているらしい。
「ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
新女王は身の危険を察し、体を揺さぶって身を守ろうとした。だが、その行為は仲間を地面と擦りつけたり、弾き飛ばしたりするのみで俺に何の影響も与えられない。どうも胸の中央に立っているらしく、脚が胸に付いているため、どれだけ動こうとも遠心力がかからない位置になっていた。
周りにいたロックアント達は守ろうとした女王に倒され、転がっている。何と周りが見えない新女王だろうか。
コルン達はあらぶる新女王の様子を見ながら体力を温存し、俺は新女王の動きを利用して力強く体を揺さぶる。大剣が左右に動き出した。胸の岩に亀裂が走る。
「来た……。このまま行けば倒せる!」
俺は手ごたえを感じ、小さな子供の体を大きく大きく動かす。亀裂が広がり、大剣がくすんでいく。武器と新女王の寿命を連続で削っていると……。周りに飛行する物体が現れた。
「翅有りだから飛べるのか……。いったいどういう原理で、その重い体を飛ばしているんだ」
新女王の親衛隊達は他の巣に移動するための翅をもっていた。新女王も持っているが、こんな狭い場所で飛行することはできないはずだ。外に出られていないのが幸いしている。だが他のロックアント達は飛び始め、新女王の体に張り付き、俺に向って攻撃してくる。
「ギュイーン!」
ロックアントは大あごを動かしながら俺を襲った。
「くっ!」
俺は大あごの攻撃を大剣の柄を持って回避する。鍔に足を置き、両足で跳ねながら大剣の穂先を胸に押し付ける。だが、全く入らない。
ロックアントが大剣を上り始めようとした瞬間、俺は柄にぶら下がるようにしっかりと持ち、ロックアントの顔面を真横から思いっきり蹴り飛ばす。倒せはしないが女王を攻撃しながら、生き残るために戦うしかない。
「ギュイーンっ!」
ロックアントは一匹、二匹、三匹と増えていき、大剣を取り囲むように集まり始める。
「このままじゃ不味いな……」
俺はポールダンサーの如く、大剣の柄を巧みに使って小さな体を最大限生かし、ロックアント達を蹴り飛ばしていく。その動きは新女王の胸を傷つける運動力になっており、着実に寿命を削っていた。
死に物狂いで戦っていると新女王の動きが大分鈍くなった。寿命が近いのかもしれない。
ロックアント達は一度蹴り飛ばせば勝手に動いてくれる新女王のおかげで周りに溜まりまくるわけではなかった。でも、新女王の動きが鈍っていると言うことは他のロックアント達が集まりやすいと言うことでもある。だが……。
「ディアっ! 待たせた!」
キクリは空中に浮いた二枚程度の足場だけで一五メートルまで到達し、二名の仲間を引き連れていた。
「おっさんが頑張って時間を稼いでくれたから魔力が結構回復した」
コルンはキクリから降り、ロックアントの頭部に小さな水滴を放ちまくる。
「諦めない気持ちはこれほどまで活路を開くものなんだな。教えてくれてありがとう」
フィーアは魔力で作られた矢を放ち、飛んでいるロックアントの頭部を射抜いていく。
「お前ら……」
新女王の動きが鈍り、攻撃範囲外で待機していた三名が到着した。周りのロックアントを引き付けてくれているおかげで新女王に集中できる。
「キクリ! この大剣、お前の親父のだろ!」
「あ、ああ。どう見ても親父の大剣だ。まさか、ここに来てたのか……」
キクリは目を潤わし、泣きそうになっていた。
「泣くのは後だ。外骨格が硬すぎて大斧が壊れた。今、傷を付けられるのはここしかない。このまま、ロックアントの新女王の寿命を削り切る。力を貸してくれ」
「わ、わかった! 何をしたらいい!」
「とりあえず、この大剣を抜いてほしい」
俺は片方の鍔を持ち、少し持ち上げる。
「よし来た!」
キクリは力仕事と言うことで気合いを入れ、俺と反対側の鍔を持つ。
「一気に行くぞ!」
「おうっ!」
俺達は息を合わせ、大剣を真上に持ち上げようとする。だが、新女王が動き、力が安定しない。
「くっ、こうなったら」
キクリは手斧で鍔を叩き上げる。すると甲高い金属音が鳴り、耳の奥が痛い。でも威力が高く、大剣が傾いた。すぐに反対側に移動し、もう一方の鍔も叩き上げる。すると大剣が空中に放り出される。
剣身はくすんでいるがライトボールの光をキラキラと反射させ、俺を魅了した。
俺が大好きな武器そのもので考えるよりも先に飛び上がり、手が伸びる。
柄を持つと大剣を初めて握りしめた時のような高揚感が体を巡った。きっと名品なのだろう。
この武器の持ち主は新女王を倒しきる前に力尽きたのか、倒されたのかわからないが、俺が意志を引き継ぐ。
「キクリ! 俺が大剣を同じ穴に叩き込む。その後、連続で柄尻を叩け。一発勝負だ!」
「わかった! 任せろ!」
キクリは決意を固めた良い顏をする。決意に満ち溢れ、やる気が漲っている若者のギラギラした表情がたまらない。こっちまで力が貰えるようだ。
「ふっ、良い顏しやがって。俺はその顔が大好きだ!」
「っ!」
キクリの表情が真っ赤に染まり、持っている手斧に力を込めすぎて持ち手が変形している。あれだけの力があれば……。
「コルン! ロックアントの新女王の地面を沼地に変えろ! これで決める!」
「まったく! 私が疲れることばかり頼まないでよっ!」
コルンは大きな杖を振るい、詠唱を放った。新女王の胸下にある地面が沼地に変わり、移動を一瞬止めた。これで傷が狙える。
「すぅ……。ルークス流剣術、カエルラ撃流斬!」
俺は大剣を頭上に掲げ、大きく振りかぶって遠心力を生み、加速させる。背を大きく反らせながら腹筋に力を入れた。
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