第41話 新女王
「ディア! 助けに来た!」
地面に立つ少女は振り返り、笑顔で叫んだ。もう、勇者と錯覚しそうなほど凛々しい。
キクリの体に身体強化が付与されているらしく、力が明らかに上がっている。
俺に使うよりも元から身体能力が高いキクリに付与した方が効率が良くなるのは理解できるが、飛び込んでくるのは理解できなかった。
「ば、馬鹿野郎! なんで逃げなかった!」
「冒険者は助け合いだろ。助けられたから、助ける。それだけだ!」
「もうっ! キクリ、かってに飛び出さないでよ!」
コルンの少々高い可愛らしい声が上から聞こえた。
「コルン、あんまり喋るな。舌を噛むぞ」
空中に土製の板が現れ、コルンを背負ったフィーアが現れる。体を浮かせるより、足場を作った方が魔力の消費を抑えられると考えたのだろう。土壇場で思考を回せるのがやはり冒険者気質だな。
「お前ら……。何しに来たんだ。なんで逃げてないんだよ……」
「な、仲間を置いて逃げられる訳ないでしょ! 新人研修の責任からかってに逃げないでくれる!」
コルンはライトボールを出現させ、視界を確保した後、俺の方に大きな杖を向けた。血圧が上がっているのか、彼女の白い肌の褐色がよくなっていた。この危機で顔面が蒼白するるよりはいいか。
「私はディアからまだまだ色々教わりたいからな。死んでもらったら困る」
フィーアはコルンを下ろし、弓を左手に持つ。
「はは……。お前ら……。冒険者としては失格だが、仲間としては……最高だ」
俺は目頭がぎゅっと熱くなり、腹の底から叫びたい気分だったが、湧き上がる力を身に溜めるために気を静めた。
「ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
キクリが発生させた巨大な振動の影響で怯んでいたロックアントたちは新女王の一声で気を取り戻し、俺達に向ってくる。
「ディア、私の魔力はもう一割も残ってない。身体強化だと一五分が限界」
コルンはキクリの体に付与した身体強化を解く。
「一五分でこの数を駆除するのは不可能だな……。何なら、コルンも魔法を使わないといけないわけだし、仕えて五分ってところか。フィーア、俺の呪いを解呪してくれ。大人の方が身体強化の影響がデカい。その間に、新女王を倒す!」
「まったく……、私の魔力ももうほとんどない。でも、私はディアに掛けよう」
フィーアは微笑み、俺に手の平を向ける。
「『解呪(ディスペル)』」
フィーアの解呪魔法が俺に掛けられた。すると俺はおっさんの姿に五分だけ元に戻れる。一日に一度しか使えないが、力は子供の時より上がる。
今、気づいたが体の痛みが引いており、体力が戻っているような気がした。どうやら子供の体とおっさんの体が入れ替えると身体能力が回復するらしい。
全身がズタボロだったのにおっさんの姿になったら痛みが引いているのがその証拠だ。
「ふぅ……。キクリ。その大斧を貸してくれ」
俺が持っていたゲンナイの剣は小さく、力が伝わり辛い、そのため、あまりに身の丈に合っていないキクリの大斧が今の俺に丁度良いと考えた。
「あ、ああ……。構わない」
キクリは慌てながら俺に大斧を差し出す。逆に俺はゲンナイの剣をキクリに渡した。大斧は物凄く重く、一撃の威力が高い。時間制限がある今なら手数よりも一撃の威力の方が重要だ。
「コルン、身体強化を掛けてくれ」
「言われなくてもわかってる!」
コルンは杖先を俺に向け『身体強化』を付与した。
筋力が増大し、若かりし頃に戻ったような節々の柔らかさを手に入れた。若さと経験則が合わされば、恐れる敵はいない!
「時間がない。俺は通常のロックアントを無視する。三名は通常個体の注意を引け」
俺は全力で駆けながら命令する。命令している時間も惜しい。
「ここが冒険者の正念場だ! 生きるか死ぬか! 自分で選べ! この瞬間に限界を越えろ!」
俺は大量のロックアントがいる前方に突っ込む。ロックアントの胸を足場にしながら、新女王のもとへと全速力で移動した。
コルンが発生させた光により、足下がはっきりとわかるようになったので足を踏み外す心配は無いが、いかんせん数が多すぎる。
でも親玉を倒せば奴らの統率力は無くなり、駆除が用意になる。その状況になば、生き残れる確率がぐんっと増す。
とにもかくにも、五分以内に新女王を倒さなければいけないと言う条件があまりにもきつすぎる仕事に俺は心底わくわくしていた。先ほどまでもう死ぬと考えていたのが嘘のように、今を全力で生きている。
ロックアントたちが大量にいるおかげで足の踏み場に困ることはなかった。動かれる前に移動し、空中に浮いている足場に飛び移っているかのような感覚に陥る。
後方を見ている余裕はなく、前方の超巨大な新女王を倒すことだけしか考えない。
「ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
新女王が叫ぶと、ロックアントたちが俺の目の前に覆いかぶさるように集まってくる。津波の如く、大量の個体が圧力をかけて来た。
「すぅ……。ルークス流剣術。マゼンタ撃斬!」
大斧を縦に振り、ロックアントが集まった巨大な波を真っ二つに切り裂く。そのまま突っ込み、俺は超巨大な新女王と相対する。
「ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
ロックアントの新女王は俺めがけて大あごを振りかざしてきた。俺の体長の八○倍以上ある個体が全身の力を使った攻撃を放ってきたのだ。
通常個体でも顎を開けさせるのは苦労すると言うのに八○倍の力を持つとなると受け止めると言う選択しはあり得ない。
一瞬で攻撃範囲外に移動できないので回避することも不可能。なら……、流すしかない。
「すぅ……。ルークス流剣術、シアン流斬!」
俺は大斧の柄を握り、新女王の巨大な大あご攻撃を地面に流した。すると大あごが地面に衝突し、巨大な凹みを作る。直撃したらいくら身体強化をしているとは言え、ぺしゃんこになってしまうだろう。
「ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
ロックアントの新女王は攻撃を回避され、悔しがっているのか、体を回転させ、巨大な尻を俺に向って鞭のように撓らせながら攻撃してくる。
あまりにも強烈な一撃が地面や大量のロックアントを巻き込みながらせまってくる。もう、一五メートルを超える巨大な壁だ。
「ふぅ……、俺なら出来る、俺なら出来る……」
俺は震える体に鞭打って巨大な尻の一撃に備える。一瞬でも拍子を外したら藻屑同然に土砂に巻き込まれてあの世行。でも、まだ死ぬ気はない!
「シアン流斬っ!」
俺は土砂やロックアントたちを無視し、斧の刃先を超巨大な新女王の尻にのみ当てた。新女王の尻が頭上を擦過し、突風が吹く。
体が吹き飛ばされそうになるも、重たい大斧と共に地面に這いつくばって耐えた。
辺りを見渡すと半径八○メートルの円形のまっさならな広場が出来上がっていた。たった数秒で更地にするなんて建築業者も驚きだろう……、夢物語と言うかもな。ただ、夢ではなく、体を回転させるだけで荒れた土地を一瞬で平地にしてしまう化け物が俺の目の前にいる。
「ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
ロックアントの新女王の姿が完全に露になった。黒っぽい外骨格。黒い岩でできた胸。胸から六本の脚が生え、体を支えていた。パンパンに膨れた腹部が見え、あの中に一体何体のロックアントがいるのかと想像するだけで吐き気がする。
「お前を駆除させてもらうっ! すぅ……、フラーウス連斬っ!」
俺は爆発音を置き去りにして地面を駆ける。新女王に攻撃させる前に俺が攻撃し、最大火力の一撃で決める。
「ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」
新女王が大あごを閉じたり広げたりしながら、威嚇してくる。だが、その頃、俺は女王の目の前にいた。
「『跳躍場(ホッパー)』」
コルンの大声が聞こえると地面に魔法陣が浮かぶ。俺は何の疑いも無く、脚を踏み入れた。もともと身体強化の影響で跳躍力が上がっていたのに加え、魔法の天才であるコルンの魔法陣による反発力を貰い、高く高く跳躍。ロックアントの新女王の頭上を取った。
「このまま……。ん?」
新女王の胸の背後に大剣が突き刺さっていた。俺が使っていたような形で、ふと親近感がわく。
「……そうか。あんたもここに来たのか。鍛冶師の癖に二体の女王に致命傷を負わせかけるとか相当強い男だったんだな」
大剣の刺さり具合からして俺が持っている大斧でも攻撃が通ることがあらかた予測できた。あの武器が最も硬い部位の胸に突き刺さっているのに対し、弱点である頭部を狙って攻撃するのだから容易く叩き切れるはず……。そう思ったのだが俺の見立ては甘かった。
「はぁあああああああああっ! ルークス流剣術奥義、ニガレウス撃流連斬っ!」
俺は大斧でロックアントの新女王の頭部を刻んだ。だが……。
「なっ!」
俺の持っていた大斧の持ち手部分と刃の部分が粉砕した。対してロックアントの新女王の頭部に入った傷は一センチメートルも無い。ただただ無数の小さな傷がつき、遠目で見たら無傷と同じだった。
「くっ……、嘘だろ……」
俺は大斧が粉砕しただけでも心が十分抉れたと言うのに、体が戻っていく。大斧の方が大剣よりも威力が出る。それにも拘らず、ここまで攻撃が入らないのは頭部の方が硬いからだろうか。そう考えると俺の判断が完全に誤っていたことになる。
――くっそ、攻撃したくて思考が纏まっていなかった。少し考えればわかるはずだ。大剣で頭部が破壊できなかったから胸に攻撃したのだろう。
先ほどの女王より新女王の方が、外骨格がバカみたいに硬い。つまり、大量の鉱石を食していることがわかった。まさか親元を離れず、巣の中で親のすねをかじりながらずっと生活している新女王が一〇年間も地下深くの鉱石を食い荒らしていたとは……。そりゃあ、ここまでデカくなよな。
「てっ、考えている場合か。この状況は不味いぞ」
俺は転がりながらロックアントの頭上に到着。硬すぎて俺の体の方が怪我を負いそうだ。つるつるとした表面を滑りながら、巨大な胸に上る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます