第39話 落ちる
「これなら案外楽に攻略できるかもな」
キクリは伸びをしながら体を解す。
「うん……。戦いはせず、魔石の設置だけしていくか。戦う準備はしておくに越したことはない。だが、くれぐれも無理をするな。無理なんてしても結果は変わらない。余裕をもって帰還できる冒険者が一番有能だ。突発的に起こった問題も最低限回避できるくらいの体力は常に残しておくべきだ。わかったか」
コルンとフィーア、キクリは頭を縦に動かして理解した。
俺達は八階層に忍び足で入り、照明代わりの魔石を壁に打ち込んでいく。天井が広く、何か巨大な生き物が岩壁を削り取ったようないびつな形をしていた。そのことはいい……、ただ俺は唖然とする。
「どういうことだ……。ロックアントの女王がもう瀕死だ……」
「ギュィイイイイイイン!」
目の前に数百匹いるロックアントたちが俺達に威嚇音を鳴らしている。女王の親衛隊と言ったところだろう。
広い空間なら先ほどよりも戦いやすく、数百匹程度なら今の体力でも対処できる。なんなら、ロックアントの女王も地面にぐったりと倒れ込み、動く気配がない。
横幅五〇メートル、高さ一五メートルの超巨大な魔物はまさしく女王の名に恥じない貫禄だった。胸の岩の部分が金属質で明らかに硬そうだ。鉱物を大量に食してきたのだろう。
ロックアントの女王の寿命はざっと三〇〇年。移り住んできたのか、この場でずっと生き続けていたのかわからない。ただ違和感だったのは女王の頭部に見える明らかな破損だった。何かで抉ったような……、切り割かれたような傷が女王の頭部にありありと見えた。
「あの傷、人為的に付けられた傷だよな……。いったい誰が……」
「もしかして……、親父……」
キクリは瞳を潤わせながら呟いた。
「なるほど、キクリの父親か。その可能性が一番高いな。まさか、ロックアントの女王を倒せるほどの実力者だったとは」
「でも、ロックアントの女王が死んでいたら、七階層まで埋め尽くすほどのロックアントが生き残っているわけないわ。まあ、傷を受けて体力が一気に低下したのは事実ね。キクリのお父さんがいなくなって一〇年でしょ。つまり女王は傷を付けられて一〇年間、魔物を生み出し続けていた。でも今にも力尽きようとしているってところだと思うわ」
コルンは軽く分析し、杖を構えている。どうやら、怖気づいているわけではないようだ。
「じゃあ、親父はあのロックアントの女王にやられたのか。そうなんだとしたら、おれが親父の仇を取ってやる!」
キクリは手斧の持ち手に力を入れる。するとメキッと言う金属が潰れる音がはっきりと聞こえた。無意識に気を引き締めているのだろう。
「あのロックアントを駆除してから今にも死にかけのロックアントの女王を倒す。それだけなら、今の流れのまま行けるはずだ」
フィーアは矢を打つ準備をすでに終えており、今すぐ攻撃動作に移行できる。
「いったん引きたいところだが、逃がしてくれるとも思えないな」
俺は剣の柄を握り、ロックアントたちに敵意を見せる。籠城していたロックアントたちを冒険者の俺達が倒させてもらう。
「全員、戦闘態勢」
俺が言うと前衛に俺とキクリ、中央にフィーア、後衛にコルンの陣形を取る。すでにしっくりと来る形で異様な安心感があった。お互い援助し合える陣形なので魔物相手に効率がいい戦いが出来る。
「行くぞ!」
俺はゲンナイの短剣を片手で持ちながら勢いよく走りだす。
「了解っ!」
キクリとフィーアも同時に走り出す。
コルンは後衛からの援護を行うのが主な仕事だ。
「ギュィイイイイイっ!」
ロックアントたちは大あごをガチガチと鳴らし、最大限の威嚇をしてきた。その後、俺達に果敢に攻撃してくる。
あの顎に挟まれたら腕の一本を覚悟しなければならないほどの力が加えられる。並大抵の冒険者なら、大群に押しつぶされてあっけなく食われるだろうが、生憎俺は金級の冒険者だ。このような死地、何度も潜り抜けている。なんなら、今は仲間がいてくれるのだ。負ける気がしない。
「ルークス流剣術、フラーウス連斬っ!」
稲妻のような素早い足さばきと閃光並みに素早い連続切りが繰り出せる剣術を使い、ロックアントの頭部を一瞬の隙に八匹以上切り裂いた。一秒過ぎれば数十匹の頭が割れる。それだけでロックアントの進行は著しく遅くなっていく。
「おっらあああああっ!」
キクリが手斧を振るとロックアントが砂のように舞い上がり、勢いよく吹っ飛んで行く。
――剛力にも程があるだろ……。あの拳で殴られたら、ただの人間はあの世行だ。
「『ウィンドアロウ』」
フィーアが一本の矢を放った後から、風で作られた貫通力抜群の矢が多数飛び、ロックアントの頭部を貫いていく。
「『ウォーターバレット』」
コルンの生み出した水滴攻撃が俺達の前方に無数に放たれる。弾け飛んだ水滴の粒が照明を反射し、チラチラと輝きを放っていた。熱った肌に冷たい水しぶきが掛かると冷静さを取り戻すきっかけになり、集中力が増す。
大量にいるロックアントの進行が俺達の攻撃によって著しく遅くなった。このまま攻め落とすと心に決め、手を緩めない。
俺とキクリは生きているロックアントの頭部を攻撃し、先に進む。ここまで進行速度が落ちれば大群の処理はフィーアとコルンに任せても問題ないはずだ。
「キクリ、踏み込み台になってくれ!」
「ああ、こいっ!」
キクリは両手を合わせるように構える。
俺はキクリの手の平に靴裏を乗せ、脚に力を込めた。
「おらっ!」
キクリの怪力により俺の体は地上一五メートルを軽く超え、ロックアントの女王の頭部に移動した。ゲンナイが鍛えた短剣の柄をしっかりと握り、気を溜める。
「ルークス流剣術、マゼンタ撃斬っ!」
俺は全身の力を剣に集約させ、剣身をロックアントの女王の頭部に叩き込んだ。硬い外骨格を切り裂いていき、地面まで縦一直線の裂け目が生まれた。
どばっと溢れ出すのは炭を混ぜたようなどす黒い液体。
身動きが取れなかったのか、はたまた死んでいたのか、どちらかわからないが、俺はロックアントの女王を倒した。
元から瀕死だった魔物に最後の止めを刺しただけに過ぎないが、ここまで来るのは結構大変だったことを考えると女王が瀕死の状態で助かったと内心思っている。
これで、小人族はこの鉱山で安全に仕事ができるはずだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。よし、キクリ、俺達も残りのロックアントを駆除する」
「了解だ!」
キクリは頭を縦に動かし、手斧を持って生き残っているロックアントを駆除していった。
一時間くらい戦い続け、何百匹もいたロックアントの駆除に成功。辺り一面にロックアントの死骸が倒れ、乾燥した地面は黒い体液を吸って靴裏にくっ付くほどべちゃべちゃになっていた。
「はぁー、いい汗かいた。さてと素材の回収をしないと……」
俺は濡れている地面の上を歩いていた。少しすると靴裏から伝わってくる地面の感覚に違和があった。
「ん? なんだ……」
「どうしたの?」
コルンはローブの袖で額の汗をぬぐいながら近づいてくる。
「なんか、地面の感覚がおかしいと思ってな……」
俺は濡れた地面に触れ、軽く叩いてみる。すると、どこか軽いと言うか、脆そうと言うか……。俺の冒険者の勘が言っている、危険だと。
「皆、いったん引くぞ。ここは……」
俺は後方を向き、キクリの方を見た。
「え? 素材の解体はしないのか?」
キクリは女王の胸を持ち上げ、ずしずしと歩いてきていた。力持ちにも程がある……。だが、それよりも伝えなければならない。
「ま、まて、キクリ! 重い素材をこっちに持ってくるな!」
「え……」
キクリが一歩足を踏み出すと、地面に亀裂が入る。地割れや土砂崩れのような自然の驚異と同じ現象を見て背筋にナイフを突きつけられたと錯覚するほどの悪寒が走る。
「な、なんで地面が割れるんだ……」
キクリはその場で動けなくなっていた。
「き、キクリ、落ち着け。そのまま動くな。コルン、キクリを動かせるか?」
「は? あんなデカい魔物を持ち上げられる訳ないでしょ。そもそも、魔力がもうほぼ無いわよ……」
コルンの発言から、俺は全身に冷や汗を掻いた。
「でぃ、ディア……ごめん、腕が痺れて来た……」
キクリは超巨大な岩をずっと持っているような状態だ。そりゃ疲れるだろと思いながら、精一杯考える。
「後ろに下がれないか?」
「む、無理だ。もう、止まっちまったから一歩でも動いたら倒れるかも……」
「後ろにそっと下ろせないか?」
「そ、そっと下ろしても振動は起こるぞ……」
キクリはロックアントの女王の死体にじりじりと潰されていく。
――このままでいたらキクリが潰される。地面が割れていたとしてもただの地割れなら問題ない。ともかく、キクリが潰されることは防がないとな。
「コルン、最悪誰かが地割れに落ちたとしても、数秒浮かせられるか?」
「う、うん……。それくらいなら……」
コルンは小さく頷いた。
「フィーア、コルンで対処できなかったとき、フィーアの風魔法も使う。気持ちを作っておいてくれ」
「ああ。わかった」
フィーアは今でも冷静だ。氷の膜が張られた泉の上に立っている感覚を覚えながらも冷静でいられるのは流石だ。
足を一センチ動かしただけで濡れた地面に罅がビシッと入り、心底生きた心地がしない。
「キクリ、後方にゆっくり降ろせ。無理なら、落としてもいい」
「わ、わかった……」
キクリは膝を折り、ロックアントの女王の死体をゆっくりと下ろす。
「く……っ」
キクリは力が抜けたのか最後の一瞬、一センチメートルほどの高さから女王の胸が地面に落ちた。
ズシンッ! と言う大きな音共に俺達の体が縦に震える。
「…………」
この場にいる四名が息をするのも忘れ、身を完全に硬直させていた。
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