第37話 七階層

「ん……。ちょっ! ディア達、大丈夫か!」


 洗濯物を干していたキクリはボロボロの俺達を見てすぐに駆け寄って来た。

 その後、魔力が付き、回復魔法が使えなくなっていたフィーアに変わってキクリお手製の軟膏を傷に塗ってもらった。森で取れた薬草から作ったらしく、痛みが引いていく。その後、包帯で傷を保護し、俺達は包帯塗れになる。


「すまない、キクリ。思っていた以上に、ロックアントの数が多すぎる。三人じゃ、六階層が限界だ。誰か、前衛を一人増やしてからじゃないとこれ以上潜るのは危険だ」


 俺は居間でキクリに看護してもらい、薬茶を飲む。苦いが節々の痛みが消えた。

コルンとフィーアも看護され、俺は頭を下げる。


「二人共すまない、六階層に入る前にいったん考えるべきだった」


「別に、生きているんだから謝る必要無いでしょ。あと、私もいけると思ったから同罪よ。ディアの方が、傷が酷いし、うまく援護できなくてごめん……」


 コルンは魔法の命中率の低さを自覚し、俺に頭を下げる。


「私も、ディアにばかり負担を掛けさせてしまっている。私とコルンがもう少しうまく動ければ、ここまで傷を負わず、攻略できたはずだ。すまない」


 フィーアもコルンと同様に頭を下げた。


「とりあえず、数日は傷の治療と前衛の確保だな。ちょっくら探して……」


 俺は立ち上がり、小人族が多くいる繁華街にでも言って誰か手伝ってくれないか探すことにした。その時。


「おれに行かせてくれ」


 キクリは俺が立ち上がると同時に話しかけてきた。


「え……、いや、依頼主の孫に手を掛けさせるわけには……」


「おれ、親父の仇が取りたいんだ。体力があるし、筋力もある。自分で言うのもなんだが、打たれ強い。前衛にぴったりだと思う」


 キクリは力こぶを見せる。女性とは思えないほどがっしりとした肉体で子供の俺より遥かに力持ちだ。


「魔物との戦闘経験はあるか?」


 俺はキクリに向って真剣に訊いた。


「ちょっ! ディア!」


 コルンは俺の方に声を掛ける。どうも俺の考えを読んでいるようだ。


「ある。森の中の魔物となら、この前のブラックベアー以外倒した。すべて一人でだ」


「……命の保証は無いぞ。それでも、手を貸してくれるのか?」


「もう、半月くらいディア達を見てきたが皆、必死に働いてくれている。おれも手伝いたくなったんだ。ディアが言っていただろ『助けられたら助け返すのが冒険者だ』って。おれはブラックベアーから助けてもらった恩をまだ返せていないと思ってる。だから、おれにも助けさせてくれ」


 キクリは右手を差し出してきた。


「ああ、一緒に頑張ろう」


 俺はキクリの手を取り、一時的ではあるが仲間に加わってくれた。彼女が使う武器は斧だ。普通は大斧を使うそうだが、今回は手斧を使わせる。道中は小回りが利きやすい方が安全だ。親玉と戦う時は大斧の方が良いだろうな。


 体の傷を治すために三日療養し、キクリの戦闘訓練を行う。

 魔物と戦っていただけあり、動きの切れは目を見張るものがあった。加えて一撃一撃が強力だ。大木の幹に手斧を振りかざすとボガンッと言う恐怖の破裂音を発しながら完全に折れる。

 小人族の戦闘民族感が強まり、コルンとフィーアは恐怖していた。ただ、魔法の類が使えないので完全な肉弾戦のみしかできない。これでまだ、成人したばかりなのだから、伸びしろは大きいと言わざるを得ない。


「はぁ、はぁ、はぁ……。ディア、どうだ?」


 キクリは森の中を全力で動き、三時間以上も戦える体力を持っていた。革製の胸当てと短パンだけと言う服装が何とも蛮族っぽいが、強者感がある。


「うん、悪くない。だが、鉱山の中で、全力の一撃を何発も放ったら階層が壊れる。手加減しながら、体力を温存して長期戦に備えるように。全力を出す場面が来たら、俺が言う」


「わかった。ディアの言うことにしたがう」


 キクリは手斧を肩に当て、口角をぐっと釣り上げながら無邪気な笑顔を作った。


 ――あれだけ動いて笑っていられる体力……。何ともすさまじいな。


 俺が出会う者が皆、光る才能を持ち合わせている。だが、俺にそう言った才能の欠片は一片もない。まあ、諦めないって言う根性だけはあったのか。って、年齢で冒険者を諦めようとしていた奴がよく言うぜ……。


 コルンの魔法、フィーアの向上心、キクリの万能、全て才能だ。

 本来は良い師匠について才能をさらに開花させるべきだと思う。でも、今は俺のところにいる。

 俺は冒険者の心得くらいしか教えることができないが、皆、俺にしたがってくれている。そんなことが、ただ純粋に誇らしかった。


 こんな俺でも信頼してくれる者はいたんだ……。


 俺は森の中で柄にもなく深けていた。すると鍛錬で血の巡りが良くなり、薄橙色のきめ細やかな肌に汗をうっすらとにじませた肌が桃色になっているキクリが目の前に来た。


「なあなあ、ディア。そろそろおれを可愛がってくれないか……」


 キクリは俺に抱き着いてくる。


「ちょっ! キクリ! 馬鹿じゃないの!」


 コルンはキクリを魔法で俺と引きはがす。その影響でキクリは空中で宙ぶらりんになる。


「いやぁー、おれはディアにご奉仕しなきゃいけなくてさー。でも、ディアがおれに手を全然だしてくれないんだよ。おれがちんちくりんだから魅力がないのか?」


 キクリは革製の胸当ての裏に手を入れ、軽く揉んでいた。


「そ、そんなの知らないわよ! と言うか、そんな痴女みたいな行動止めなさい!」


 コルンはキクリと言い合い、仲を深めていた。

 年齢が近い者同士、仲良くなれたのかもしれない。

 フィーアは仲介役となり、両者の間に立った。仲間の絆を深めておくことは最重要事項だ。これから先、どんな危機が待ち受けているかわからない。

 俺は絆が命を繋ぎとめるなんて言う臭い場面を何度も見て来た。その都度、俺は仲間が欲しかったななんて思う訳だが、今、すぐ近くに可愛い後輩たちがいる。


 ――俺がもっとしっかりしなければ。腐っても冒険者を二三年以上やっているんだ。熟練者として彼女らの成長に繋がるように教育し、なにがなんでも守るぞ。


「三人とも、喧嘩はしてもいいが相手を罵ることだけはするな。相手と意見が食い違うことは何度もあるが、その意見を理解し、それでも納得がいかなければ反論しろ。相手の意見を曲げようとしたり、完全に間違っているなんて言う発言はするな。仲間の信用度を落とすぞ」


「……あんた、やっぱりギルドマスターに向いてるわよ」


 コルンはキクリを地面に降ろし、呟いた。その後、コルンとキクリ、フィーアは話合いを行い、女子同士だったからか、仲を深めるのに時間は掛からなかったようだ。


 六階層攻略から三日後、体の傷は治り、道具や装備、回復薬の準備をすませ、俺達は鉱山の七階層に向かう。

 一から六階層まで補強が完了しており、崩れ落ちてくることはなさそうだ。


「キクリ、ここから先、見た覚えがないくらい大量の魔物がいる。びびらず、どっしりと構えろ。冷静に処理すれば、八階層まで行けるはずだ」


 俺は扉を止めている木材を外す。


「ああ。わかった」


 キクリは長い癖っ毛を編み込んで止め、すっきりした顔立ちになっていた。

 服装は急所を守る革製の防具を身に纏い、脚や腕、腹などは肌が露出し、完全に曝されていた。

 筋肉が金属よりも硬いとか言う根性論に近しい馬鹿みたいな発想で、防具を付けなくてもいいそうだ。まあ、実際、滅茶苦茶硬い。腹筋なんて鉄板が入っているのかと思うくらいだ。

 手斧を右手に一本。背中に大きな斧が一本。コルンの異空間に何本か予備が置かれている。


「じゃあ、コルン。光を頼む」


「了解『ライトボール』」


 コルンは杖先に光りの球を発現させ、小さな隙間から何個か入れ込む。七階層に向かう通路にも拘らず、壁や地面、天井にロックアントがびっしりと集まっていた。


 俺は爆竹を通路の中に入れ込み、扉を閉じる。パンパンっ! と言うデカい音と共に、ロックアントたちが騒ぎ出す。奴らは耳がすこぶるいいので、いきなりの破裂音に気絶し、天井にいる個体が床に落っこちていた。

 頭にロックアントがいきなり落ちてきて即死した者を何人も見ているので、ロックアントを討伐するときに一番注意しなければいけない所だ。


「よし、行くぞ」


 扉を開けると、失神したロックアントたちが足を痙攣させたようにぴくぴくと動かし、動きが鈍い。その間に、各自、ロックアントの頭部を破壊していく。倒した後は胸だけ回収し、残りは自然に発生しているスライムに与え、消化してもらう。

 

 呼吸をいったん整えて岩壁に魔石を打ち込み、今後の視界を確保。七階層の扉を直し、安全地帯を作る。その後『ライトボール』を七階層に送り、様子を見た。


「ギュィイイ……」


 辺り一面がロックアントだらけ。廃墟にいるゴキブリや鼠よりも大量発生しており、背筋に怖気が走る。


 ――なんだ、この数。多すぎるだろ。増えるだけ増え続けたのか。何匹増えても鉱山だから餌に困らなかったんだな。だが、このまま行くと確実に溢れ出しちまう。その前に駆除しないとな。小分けにして戦うか。


「今から、七階層のロックアントを六階層におびき寄せ、小分けで倒す。キクリ、入口で俺が良いと言うまでロックアントを中に入れろ。その後、思いっきり閉めるんだ。力が強い、お前にしか頼めない」


「ああ、任せておけ!」


 キクリは腕を持ち上げ、凛々しい力こぶを見せる。顔と似合わない体が魅力的と言えば魅力的か……。

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