第67話 異能者襲撃事件
平成三十五年十一月二十四日金曜日午前0時を過ぎた頃、真日本人教の本部正面入り口前に、一体の男の死体が放置される。
監視カメラに突然現れた死体に気づいた警備の人間がすぐに確認しに行ったが、その顔は
警備から連絡を受けた御船百合子の指示で、幹部たちがその死体を回収し、孫の聖典でない事を確認する。
「————違う、これは、あの子じゃない」
これが御船聖典であるなら首の後ろに黒子が二つ並んでいるのだが、死体にはそれがなかった。
「それなら、高橋聖典の方でしょうか?」
「そうかもしれない……
百合子の側近の一人である若い男は、名前を呼ばれて一歩前へ出る。
「はい、教祖様」
「この男の霊は、まだそばにいるかしら?」
冷上は、じっと男のまわりを観察すると、確かにこの男の霊はまだそばにいる。
けれど、死体の顔と霊の顔が一致しない。
「————足元にいますが、顔が違います。おそらく何かの異能で顔を変えられたのではないかと……」
「顔を変える? そういえば、喜奥の顔が使われた事件が起きたばかりね……同じ異能者の仕業かしら?」
「おそらく……本人も急に顔を変えられたと訴えています」
「そう……詳しく話を聞き終わったら、要点ををまとめて報告してちょうだい」
「かしこまりました」
霊視の異能をもつこの冷上が死んだ男の霊と対話したところ、彼は高橋聖典のDNA採取に協力しようとした佐藤という全く別人の男だと判明。
顔を変えたのはアヤカという金髪の女で、高橋聖典の指示で何かの異能で殺された。
この日の内に情報を聞き出された佐藤の死体は、秘密裏に教団が所有している山に埋められる。
しかし、この時の様子を撮影した通行人がいた。
SNSで拡散された動画には、教団が死体を警察に通報せずに回収する様子が映っており、死体の顔が高橋聖典に似ていると話題に。
その上、その動画が出回って以降、高橋聖典は一切表舞台から姿を消していたこともあり、『真日本人教が、反異能者を訴える高橋聖典を殺した!』『真日本人教信者が、異能で高橋聖典の死体をどこかに隠した!』という噂が流れる。
教団はそんな事実はないと突っぱねたが、真日本人教や異能者に対する非異能者からの不信感はますます強まり、ついに爆発したのは、一ヶ月後のクリスマスだった。
高橋聖典が行方不明となって一ヶ月が経ち、彼がCEOを勤めていた会社では彼の秘書だった福来彩香がCEOに就任。
高橋聖典と同じように、反異能者、反真日本人教だと公言していた著名人たちも数人行方不明になっていたり、遺体で発見された人もいたのだ。
その中には、元財務大臣の岡根大二郎もいた。
岡根は『インフルエンサー炎上焼死事件』で孫娘の命が狙われたことで注目が集まり、孫のために国の金に手をつけていた————なんて疑惑が出たせいで大臣を辞任している。
一国会議員となった彼は、高橋聖典と同じようにメディアに出るたびに異能者を批判するような発言を繰り返していた。
平成三十五年十二月二十五日日曜日に日付が変わった瞬間、真日本人教の本部、関西支部、派生団体である純血協会も非異能者から襲撃される事件が起こる。
異能者であることを公表していた有名人も、次々、何者かに襲われ、世間はこれを異能者襲撃事件と命名。
大きな社会問題へ発展した。
「異能者であろうと、非異能者であろうと、同じ人間です。一体なんの権利があって、罪なき人を傷つけるのですか。私が異能を付与した方々の中には、外国籍の方もたくさんいます。彼らも同じように傷つけるのですか? このままでは国内だけでなく、外交問題にも発展します。我々は特別な力を持っているだけです。畏れることは何もありません」
御船百合子は全世界に向けて、声明を発表する。
「真日本人教は、一切、高橋聖典氏の件には関与しておりません。教団本部前で撮影されたとされるあの映像も、何者かが作った偽物です。そして、そのすべての元凶は、八咫烏と名乗るテロ集団にあります。八咫烏は我々真日本人教とは一切関係のない組織です。あのような卑劣なテロ組織と、我々、真日本人教の信徒の方々を一緒にしないでいただきたい」
悪いのは八咫烏だと主張し、この八咫烏解体のために警察に協力することを約束した。
異能を持って、異能を制すると。
事態を重く見た日本政府は、国内で唯一の《異能》犯罪対策室がある警視庁に捜査を委任。
《異能》犯罪対策室に、奇しくも真日本人教と共に八咫烏を逮捕・送検するよう命令が下る。
「————心の中ぐちゃぐちゃだね」
「そうだな。だから、ここに来た」
兜森は、命令が下ったその日の夜、『居酒屋こばち』で一人飲んでいた。
近所のファミレスで、本堂から喜奥恵についての調査報告を聞いた後、どうしたらいいかわからなくなったのだ。
喜奥恵が実の母親であることが確定してしまったせいで、聖莉の言う通り、心の中がぐちゃぐちゃになった。
「自分の子供より、よくわからない、目に見えない存在を選んで、捨てたくせにね。ずっと会いたかったなんて、図々しいよね。それに弟までいたとか……最悪だね」
「そうだな。最悪だ」
「でも、本当のお母さんだから、どうしたらいいかわかんないか……そうだよね」
本堂の調査によれば、喜奥恵は兜森敬と離婚した後、真日本人教に入信し、異能を得て司法試験に合格し、弁護士へ。
平成十五年には、教団幹部の喜奥肇と再婚し、二人の間には息子が一人。
夫婦仲は良好で、近所でも有名なおしどり夫婦。
現在大学生の腹違いの弟も真日本人教の信者だという。
息子の異能については書かれていなかったが、噂によれば近年、親子間で異能が遺伝するという論文が出ているらしい。
瞬間記憶とアカシックレコードにアクセスできる異能の息子なのだから、記憶に関する異能の確率が高いという話だった。
「自分を捨てた家族と、一緒に戦うって、すごく気持ち悪いね」
心を読める聖莉の言葉には、自分で自分の心がわからなくなっている兜森にとって、グサグサと刺さるものがある。
聖莉はテーブルの上に頼んでもいないオレンジジュースをポンと置いて、兜森の前に向かい合って座ると、頬杖をつきグラスを傾けながら、まるで一緒に酒でも酌み交わしているかのような感じで言った。
「わかるよ。すごくわかる。聖莉もパパが悪い人だったらすごく嫌だもん。でもさ、本当の親だからなんなのって感じ。今更家族ヅラしないでほしいって思わない? ここまで育てたの誰よ」
とても小学一年生のセリフとは思えない。
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