第44話 サンタクロースの原罪


「さっきも話した通り、俺はガキん頃に親が死んで、施設にあづけられてた。そこで忘れもしない。クリスマスの夜だった。子供がいなかった足壁建設の社長夫婦が来て、俺は気に入られてね、すぐに引き取られた。毎日がクリスマスのようで、願えば欲しいもんはなんでも与えられて、幸せだった。そして俺は昔から野球が好きで、中高と野球部に入った。甲子園で活躍して、プロ野球選手になるのが夢だったんだ」


 ところが、足壁がプロ野球選手になるには、明らかにフィジカルに問題があった。

 身長も体重も、周りの同級生が成長期でどんどん大きくなっていく中、身長はピタリと止まり、どんなに努力しても上級生が多いこともありレギューラーにはなれない。

 両親に頼んで、身長を伸ばすのに良いとされる食事やサプリメント、筋トレ器具など用意してもらったが、完全に成長期が終わってしまっていた。

 足壁はそれでも諦めずに野球を続けた。

 そうして、足壁が三年生になった頃にやっと機会が回ってくる。

 三年生は足壁を含めて十二人いたが、一人は練習中に、二人は試合中に怪我をしてレギュラーからは外れ、ついに足壁は試合に出られるはずだった。


 身長は低いが、脚力には自信がある。

 誰よりもたくさん練習してきたし、やっと試合に出してもらえると期待していたのだが、甲子園出場をかけた地区大会のレギュラーメンバー発表時、信じられないことが起きた。

 入ったばかりの一年生・矢手内夏生が選ばれたのだ。

 矢手内はまだ十五歳だというのに186cmの高身長、野球経験はまるでなかったが、野球の才能を持って生まれた男だった。

 打席に立てばホームランを連発し、投げればコントロールはまずまずだが急速はプロ並み。

 唯一の自慢であった脚力も、彼の長い脚にの前では全く無意味に終わった。


 野球部を引退した足壁は、大学生になっても夢を諦められずにくすぶっていた頃、大学の先輩に誘われて違法薬物に手を出してしまう。

 そして、まるで何かに導かれるように入ったのが、真日本人教の前身であった組織団体『大日本超常現象研究所』である。

 足壁はそこで御船百合子から異能を付与され、手にした異能と薬を利用して矢手内を殺害、部員たちを薬物乱用の犯人に仕立て上げた。


「それで、どうして、金メダリストたちを殺害したんです?」

「ムカついたから……」

「は?」

「俺は自由に体の形状を変化させることができる。この異能を生かして、プロの野球選手になろうと大学卒業前に入団テストを受けた。その時には、すでに異能者の存在は世間に知れ渡っていたし、異能さえ使えば腕の長さも、足の長さも、身長だって伸ばせる。何も問題ないはずだった。それなのに……————」


 当時はまだ、異能者という存在が世間に広まったばかり。

 足壁自身も、御船百合子によって異能を与えられた人間としてテレビに出ていた。

 異能者になれたことへの感謝のつもりで、協力したのだ。

 それが————


「異能者が普通の人間と野球の試合なんて、フェアじゃない————そう言われたよ。そんなのは、ドーピングと一緒だと。ドーピングしている選手と、戦うなんてありえないだろう……って」


 異能者になってしまったことで、足壁は全ての競技で公式試合にも大会にも参加できなくなってしまった。


「ずっと諦めていた。もうこれは、仕方がないことなんだと……でも、最近、おかしいと思うことが多くなった。ここ数年で、あらゆるスポーツで日本人選手の記録が異常に伸び始めている気がした。絶対勝てないと言われていた中国人選手に卓球で何度も勝ったり、男子の4回転ジャンプでも難しいとされているのに、女子で5回転するフィギュアスケーター……水泳も陸上も、日本人が1位になるには難しいと散々言われてきた競技で次々と逸材が現れているようになった……これは絶対に、何かあると思った」


 足壁は自ら彼らのことを調べ、金メダルを獲得した選手、一位を獲得した選手のほとんどが異能者であることを隠していた事実を突き止めたのだ。


「だから、不正をしたあいつらに制裁を下そうと……ずっとそう考えていた。ちょうどテレビでも異能者のことが問題になっていたし……そこで、たまたまウチの会社で建てたマンションにあいつらが入居しているのを知って————」


 そこまで話したところで、急に取調室のドアが開けられる。

 驚いて全員がそちらを向くと、ベリーショートヘアで紺色パンツスーツ姿の50代くらいの女性が一人入って来た。

 彼女は黒縁のメガネのフレームを指でクイっとあげると、にっこりと微笑んだ。


「私、弁護士の喜奥きおくと申します。少し、足壁さんとお話ししたいことがありますので、席を外していただけないでしょうか?」


 まさに、絵に描いたようなキャリアウーマン。

 できる女感たっぷりだった。


 渡された名刺には、『真日本人教』法務部と書かれている。


(真日本人教————!?)


 弁護士・喜奥めぐみ

 彼女は数々の異能者による事件で無罪、減刑を勝ち取ってきた敏腕弁護士である。





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