第43話 絶対に落ちない男VS臭いアレに変える男


 鳥町は日本刀を構え、足壁の腕も同じようにまるで日本刀のように鋭くなっている。

 体の形状を自由に変えることができる異能で、自分の腕を刃の形状に変えたのだ。


「閉めてください!! 兜森さん!!」

「お、おう!!」


 言われるがままドアを閉めたが、何が起こっているか理解するのには時間がかかった。

 何がどうなって、戦闘態勢に入っているのかわからない。

 しかし、舞の電話から察するに、やはりこの足壁が犯人である可能性が高まった。


「鳥町、そいつ、平成七年にも人を殺しているぞ」

「平成七年!? あーしが生まれる前じゃないっすか!!」

「そんな古い話を持ち出されても困りますよ。何年経ってると思ってるんですか?」


 足壁はそう言いながら、後ろに下がりながら靴を脱いだ。


「げっ!? 裸足で革靴とか、臭そう!! 兜森さんのアレより臭そう!!」


 そして、壁に足を付け、得意の壁の上を歩き出した。

 吸盤のように伸びた足の裏で、あっという間に壁の上を歩いたと思うと、3メートル以上はある無駄に高い天井の上まで登って行く。

 天井が床、床が天井と天地がひっくり返っているような状況でも、落ちる気配なんて全くない。

 衣服や頬の肉は重力に抗えずに引っ張られるが、髪はワックスでガチガチに固めているのか全く問題ない。

 唯一の出入り口であるドアの前には兜森。

 だが、天井には空調の点検口があり。そこから逃げるつもりのようで、簡単に足で押し上げた。


「さようなら、刑事さん。捕まえられる者なら、捕まえてご覧なさい。僕の異能は、察しの通り隙間さえあればどこへでも行ける。それじゃぁ————さようなら」


 足壁は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、手を振りながら天井の上に……

 足音と一緒に天井から吊るされている照明器具がユラユラ揺れる。

 しかし————


「————……何が、アレより臭そうだ!!」


 足壁が歩いていた天井が、丸ごと全部一瞬で臭いアレに変わる。

 ゲリラ豪雨にでも打たれたかのように、社長室は水浸し。


「なっ!?」


 同時に、足場をすべて臭い水に変えられてしまった足壁は、約三メートルある天井裏から転落。

 バランスを崩した足壁の体は背中と頭を強く床にぶつけ、彼が気を失う前に最後に見た世界は、むき出しの配管と屋根の裏側だった。



 *



 足壁が軽い脳震盪を起こして気を失っている間に、鳥町は手錠をかける。


「あーでも、あんまり意味ないか……手錠なんて手の形変えちゃえば簡単に外せちゃうっスよねぇ……どうやって拘束しましょうかね?」

「そうだな……隙間さえあれば逃げられるなら、留置場に入れても無駄だろうし……」

「————うーん、とりあえず、縛りましょうか」


 鳥町は右手から長いロープを取り出して足壁の体をぐるぐる巻きにし、さらにまつ毛ぱっちりの目のイラストが印刷されているアイマスクを目元に装着した。


(何でそんなもの、持ってんだよこいつ……)


「よーし、それじゃぁ、車に運んでください」

「え、俺?」

「それ以外に誰がいるっていうんスか? 流石のあーしでも、成人男性一人運べる腕力はないっスよ?」

「いや、確かにそうだろうが……————あ、それこそお前の異能でどうにかならないのか? 異空間に収納して、取調室までついたら出せばいいだろ?」


 兜森は自分で運ぶよりその方が楽ではないかと思った。


(ぐるぐる巻きにした足壁を背をって車に乗せるのは、絵的に人さらいのような構図になるような気がするし……)


「————……あーしの異次元に生命体はしまえません」

「え? そうなのか?」

「……とにかく、運んでください。ってか、もしかして運べる自信ないんスか? 元警備部機動隊っスよね? ああ、でも、もしかして、爆弾処理ばっかりしてて訓練はろくにしてこなかったとか?」

「お前なぁ……俺をバカにするなよ」


 鳥町がバカにしたようにニヤニヤ笑っている。

 兜森はその態度にイラっとしながら、足壁の体を人さらいのように肩に担いだ。

 足壁の体はボディビルダーのようなマッチョではあるが、身長が低いためさほど重くない。

 それでも兜森はドヤ顔をしてみせる。


「おお、すごーい! よっ! さすが、刑事!! やるね!!」

「お前、本当にいい加減にしろよ……!!」


(いつか絶対殺す……!)


 兜森の鳥町に対する殺意がまた強まった。

 そうして、臭い水を浴びてずぶ濡れのまま、兜森は足壁を本庁まで運んだ。

 しばらくして、取調室の椅子に拘束された状態で目を覚ました足壁は何度か逃走を図ったが、鳥町の言葉で抵抗するのをピタリと止める。


「この刑事ねぇ、兜森って言うんですけどぉ……さっきあなたが見た通り、ありとあらゆるものを臭い水に変える異能者なんスよ。次逃げようとしたら、その体、皮膚の一枚から順番に水に変えることもできますけど……」


 しかし、彼はまさか刑事がそこまで本気でやるとは思っていないようで、何を聞いても「黙秘します」としか言わなかった。

 しびれを切らした鳥町が、兜森に指示を出す。


「兜森さーん、まずは髪の毛からお願いします。このカッチカチの髪、絶対禿げてると思うんスよぉ」

「……ま、待て!!」


 足壁は鳥町が本気だということがわかって、焦って全てを自供し始めた。



「お、俺が、殺した!! 認める!! 認めるから————髪だけは!!」



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