第42話 サンタクロースの現在


 鳥町はサンタクロースの動画を見て、早速その異能者について調べた。

 サンタ帽子と髭をつけているが目と鼻は映っていて、年齢的にはおそらく40代後半から50代前半の男性。

 それも、養護施設に毎年寄付ができることのできる人物。

 動画を制作した会社に問い合わせてみると、足壁あしかべのぼるという建築家の男だった。

 足壁は、足壁建設という建設会社の三代目社長で、収益の一部を子供達に寄付していることで有名な人物。


 翌日、鑑識の結果がある程度出たあと鳥町と兜森は足壁建設本社へ。


「うわぁ……すっごい高い!!」


 さすが建設会社。

 最上階が見えないほど高い、ガラス張りの美しい社屋はまるで美術館のように美しかった。


「おい、口開きっぱなしだぞ。ちゃんとしろ……アポなしで行くんだから」

「わかってますよ!! さて、行きましょう。兜森さん。わたくしを誰だと思っているんですか?」


 一人称わたくしとは普段が無縁すぎて、兜森は一瞬鳥肌が立つ。

 今日はよく晴れていて暖かいほうなのだが、悪寒までする。


(慣れねぇ……気持ち悪い)


 鳥町は手からシュルッと警察手帳を出して見せ、受付嬢を驚かせる。

 しかし、さすが社長が異能者なだけあって、異能者自体は珍しくないようだった。


「捜査にご協力いただきたいのですが……社長さん、今、どちらにいます?」

「確認いたします。少々お待ちください」


 受付嬢が確認の電話をしている間に、兜森はぐるりと辺りを見回す。

 ロビーには大きなクリスマスツリーで飾り付けされており、カフェが併設されていた。

 こちらは社員以外でも利用できるのか、様々な年齢、性別の人々がコーヒーを飲んでいる様子が見える。

 そして、社員用のエレベーターへと続くゲートの前には、屈強な警備員が三人。

 なぜか警備員の制服に帽子だけサンタ帽子という謎の組み合わせだった。


「————ご案内いたします。こちらにお名前をご記入ください」


 許可が降りて、入館証を渡され社長室に通された二人。

 社長室は最上階にあり、ここにも暖炉が設置してあった。


「どうも、社長の足壁です。警察の方が、僕に一体何のご用ですかね?」


 足壁は身長は低いのだが、五十代とは思えないほど屈強な男で、スーツを着ているのにその筋肉が隠しきれていないほどの体型をしている。

 目元には笑い皺が寄っていて、人の良さそうな、優しそうな印象を受けた。


「この動画、足壁社長だと聞きました。毎年、クリスマスにはこうして子供達にいるんですよね?」

「ええ、僕は幼い頃に両親を事故で亡くしましてね、先代の社長に引き取られるまではこの養護施設で育ったんです。ですから、その時の恩返しといいましょうか……それに、すべての子供にとって、やはりクリスマスは特別であるべきだと、そう思っているんです」


 足壁の話によれば、この養護施設の建て替え工事も足壁建設が担当したそうだ。

 足壁がいたころ、冬は暖房器具が壊れてしまって、とても寒い思いをしたため数年前から縦壁自身がデザインした暖炉を取り付けたらしい。


「実は、この暖炉についてお聞きしたいのですが……今日、都内で起きた殺人事件のことはご存知ですか?」

「ええ、ニュースになっていましたから。確か、亡くなったのはみなさん金メダリストだとか」


 鳥町は三つの事件現場の暖炉の写真を足壁に見せながら確認する。


「そうなんです。その三人の殺害現場には暖炉がありましてね……全てこの数ヶ月の間にこちらの建設会社の方で取り付けたと聞いたのですが、間違いないですか?」

「……ええ、そうです。暖房器具は今はすっかりエアコンなどの電気製品が主流となってしまっていますが、私はやはり一番暖かいのは火だと思っていましてね。うちで建設したマンションの最上階に限ってですが、オプションで取り付けさせていただいています」

「それに、あなたは異能者なんですよね? こちらの動画によれば、どんな壁でも登ることができる————ちなみに、一昨日の10時から深夜1時の間、どちらにいらっしゃいましたか?」

「その時間なら、自宅にいましたが……それが何か関係があるんですか?」


 足壁は、首を傾げていた。

 もし足壁が犯人だったら、おそらくもっと動揺するか、逆に冷静を装う。

 それが、本当にわからないという表情をしている。


(やっぱり、ただの偶然で、この人は関係なさそうだな……)


 最初はたまたま、鳥町の考えている犯人の侵入方法と一致しただけではないのかと、兜森は思った。

 どこからどう見ても、足壁は善人にしか見えない。

 実際、養護施設には毎年寄付をしているし、社長室にたどり着くまでに社員たちの様子をみたが皆楽しそうに仕事をしていた。

 和気藹々わきあいあいという感じがして、笑顔が絶えず、皆人が良さそうに見えた。


「映像を確認させていただいたんですけどね、壁の上を歩いてますよね? 裸足で……」

「ええ、私はどんな壁も登れる異能者ですからね」

「……では、足形を取ってもよろしいでしょうか?」

「足形……? 一体なぜです?」


 鳥町は左手からスマホを出すと、よく見えるように足跡の写真を見せる。

 これは壁に残っていた足跡の写真だ。

 現場が高所すぎるため、一つしか撮影することができなかったが……


「————今、確認中なんですけどね、煙突の中からも同じ足跡が見つかってるんです。でも、妙なんですよ。養護施設の煙突も、タワマン最上階の煙突にも、屋根と柵がついているので、人間が入れる隙間がないんです。煙突掃除で外す時は、大きなものですから最低でも二人以上いないと作業できない形状なんです。足壁さん、あなたの異能は、どんな壁でも登れる異能ではなく、体の形を変形できる異能ではないですか? 例えば、足の裏を吸盤のようにして歩いている……とか」


 どの現場からも、ありえない場所に足跡が見つかっていた。

 明け方に少しだけ雨が降った影響で、ほとんど消えてしまっているが、煙突の中にはたくさんの足跡。

 それから、人間の指紋を縦長に引き伸ばしたような、奇妙な指紋も検出されていいた。


「それと、あなたの顔にどこか見覚えがある気がして、確認したんですけどね……」


 鳥町はスマホを引っ込めると、今度はタブレット端末を出して、足壁の方へ画面を向ける。


「これ、あなたですよね? 二十五年前、平成十年。御船百合子と一緒にテレビに出演した————異能者A」


 それは、まだテレビ画面が4:3のアナログ放送だった頃の古い動画の一場面。

 御船百合子が目覚めさせた異能者Aは、口元はマスクで隠していたが小柄で背の低い若い青年。

 彼は手と足の形状を変えて、番組セットの高い壁をよじ登ったり、自在に体を薄くしてわずか5センチ幅の隙間から隣の部屋へ入ったり……

 軟体動物のような動きで視聴者を驚かせていた。


 そして、兜森もその映像を見て驚いていたその刹那、兜森のスマホに舞から着信が入る。

 普段なら仕事中には出ないようにしているのだが、何度もしつこくかかってくるので、仕方なく社長室から出て電話に出ると、舞はとても焦っているようで————


『お兄ちゃん大変!! あのサンタクロースが犯人だって!!』

「え……?」

『ママに、映像見せたの!! そしたら、サンタクロースの男!! 野球部のOB!! あの時の大学生だって!!』

「……は?」


 まさかの事態に、兜森は耳にスマホを当てたまま、社長室に戻る。

 ほんの数十秒外に出た間に、社長室の鳥町と足壁の様子が一変していた。




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