第41話 悪者かヒーローか
異能者という言葉が世間に浸透し始めたのは、平成十年以降からだ。
その三年前から、異能者に恋人を殺され、日本代表になる夢まで失ったのなら、美香子が異能者が嫌いなのも納得がいく。
「隙間さえあれば自由に侵入できる————か。もしかして、薄井くんと同じ異能かな?」
「薄井……?」
「ああ、兜森くんがここへ異動する前に辞職したんだよ。異能者だから、交番勤務だったけど創設時のメンバーに選ばれたのだけど……とある事件で彼は他の異能者に恐れをなして警察官自体をやめてしまったんだ」
薄井は現在、兜森と同じ二十八歳。
年齢的にこの野球部での事件とは合わないし、彼が異能に目覚めたのは警察官になった後だ。
パトロール中に不審車両を発見し、職質をしようと車に近づいた時、その車が暴走。
車にひかれるところだったが、異能に目覚めた薄井の体はのし棒で伸ばしたクッキーの生地のように薄くなり車体の下に滑り込む。
「薄井くんは自分の体を自由に変形させる異能を持っていたんだ。だから密室殺人なんかが起こるとね、彼に隙間から入って中を確認してもらうなんてこともあったね。この調書に載っているそのOBの大学生が同じような異能の持ち主なら、他の部員や生徒たちが彼の姿を見ていないのも納得がいくね。透明人間とまではいかないが、通常じゃありえないところに隠れることができるからね」
調書によれば、矢手内に暴行をした部員たちも当時、薬のせいで自分が何をしたか記憶に残っていないと主張していた。
美香子の言うように、本当にその異能者の男が存在していたなら、罪をなすりつけることなんていくらでも可能だろう。
「それも、まだ世間的に異能者の存在が認知される前の話だし……まぁ、恨んでも仕方がないね。確かに何らかの犯罪に異能を使う輩がいるのはいるけれど、同じように人助けのために能力を使っている人もいるってことを知ってもらえればと思うなぁ、僕は」
「————人助けですか?」
異能を使う犯罪者の話は聞いたことがあっても、人助けに使っているというのは初耳だった兜森に、千はスマホである男の映像を見せる。
「例えば、元消防士の彼ね。彼は雲を操ることができる……まぁ、簡単にいえば自由に雨を降らせる異能を持ってる。世界中で雨が降らずに困っている地に行っては雨を降らしてね。彼のおかげで多くの作物が枯れずにちゃんと育つようになった」
それは、様々な異能者をヒーローとして紹介しているネット配信番組で、彼の他にも多くの異能者が異能を使って活躍している様子を映していた。
個人情報保護のため、顔にはモザイクがかかっていたり、マスクをして顔を隠している人もいるが、本当に彼らはヒーローのように人を助けている。
体がゴムのように伸びる異能者は、電柱に掴まりながら腕を伸ばし、洪水で濁流に流されていた老人を助けた。
怪力の異能者は、震災で瓦礫の下敷きになってしまった子供を重機が来る前に救い出した。
予知夢を見る異能者は、幾つもの事件を未然に防いでいた。
病を治すことができる異能者は、医者にはもう助からないと言われ絶望していた人を何人も救っていた。
「あとは、こういうのもあるね。この人は、毎年慈善事業としてやってるみたいなんだけど……」
千は別の動画を再生する。
それは、どんな高い場所にでも登ることができる異能者の男が、暖炉のある養護施設の煙突から、サンタクロースの格好をして出て来るというものだった。
「————今時、暖炉があること自体珍しいのに……わざわざ本当に暖炉から……!?」
もちろん、暖炉の火は消えている。
サンタクロースの格好をした男は、壁をまるで歩くように登って、大きな煙突の中にスルスルと入っていき、下の暖炉から登場。
サプライズで子供達にプレゼントを配っていた。
「これは去年の映像だけど、きっと今年もやるんだろうねぇ……————そうだ、この映像をお母さんに見せたらどうだい?」
「なるほど、異能者にもいい人がいるってことを見せてあげれば……子供達がこんなに嬉しそうな顔をしているんだから、さすがのママも考え方を変えてくれるかも……ですね!!」
千の提案に、舞は嬉しそうに笑っていた。
子供達を笑顔にする異能者もいるのだと、悪い人ばかりではないと知ってもらえればと……
美香子は異能者は大嫌いだが、子供は好きで今はベビーシッターとして働いているくらいだ。
「相談にのっていただいて、ありがとうございました」
「いいんだよ、頑張ってねぇ」
「はい!」
舞が元気に本庁を出て行ったのと入れ違いで、鳥町が戻ってきた。
「————あれ? 舞さんはもうお帰りになったんですか?」
「ああ、今帰ったところだよ? 会わなかったかい?」
「えーっ! じゃぁ、入れ違いっスかね……残念」
鳥町は戻って早々に駄菓子コーナーを眺める。
チュッパチャップスの味をストロベリークリームとプリンどちらにするかで迷っているのか、言葉には出さなかったが「どちらにしようかな天の神様の言う通り」と指を動かしていた。
「————おい、飴より先に、報告しろよ。現場どうだったんだ?」
兜森がツッコミを入れると、プリン味を手に取り、フィルムを剥がしながら鳥町は答える。
「まだ全部の鑑識結果が出たわけじゃないんで、予想でしかないんスけど……犯人、窓から逃げてるっぽいんすよ。それもタワマンの最上階。なんで、多分空を飛べるとか、高い場所に登れる系の異能かなーって思うんすスよね。あ、あと、被害者の家、三件とも暖炉があって————」
「……暖炉?」
タワマンに暖炉があるなんて珍しいという思いと、そして、先ほどまで見ていたサンタクロースの動画が兜森と千の脳裏に過ぎる。
「————暖炉に残っていた薪、中途半端な燃え方してて……まるで上から水でもかけ他みたいに火が消えてるんスよねぇ、あーし暖炉って使ったことないし、火を消すときは水をかけるもんなんスかね? でも、もう一度つけるときに薪が濡れてたら火がつかないと思ったんスけど————他の現場も同じ状況なら、窓からじゃなくて煙突からって線もあるんじゃないかと…………」
「…………」
「…………」
「え……? なんすか? 二人とも、あーし、変なこと言いました?」
兜森と千が同じような表情で無言で鳥町を見ていたため、わけがわからず鳥町は首をかしげる。
「あ、そんなサンタクロースみたいなことするやつが犯人なわけないと思ってます? でももうクリスマスは来月っスよ?」
「…………」
「…………」
「え? なんなんスか? マジで……二人ともなんで無言なんスか!?」
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