第40話 ママ


 一方、兜森は舞と一緒に千から異能の話を聞いていた。

 兜森も鳥町とともに現場に行こうとしたのだが、鳥町が「妹さんが来てるんだから、一緒にいてください!」と気を使ったのだ。

 現段階で兜森の異能が役立つかどうかも不明だったため、邪魔者扱いされた可能性も否めないが……


「ほぉ、それじゃぁ、舞ちゃんの彼ピッピがあのメジャーリーガーの早板で、しかも異能者だってことなんだねぇ」

「そうなんです」


(か、彼ピッピ……?)


 千の謎の語彙力に、兜森はついていけない。

 いつの時代かわからない死語を使ったと思えば、ちょっと最近の言葉を使ってみたり……

 何日か前はマリトッツォとタピオカの話をしていた。

 数年ずれている。

 かと思えば、最近のお気に入りの曲は『アイドル』と『唱』だ言っていたりもした。


「メジャーリーガー、しかも新人賞とMVPを獲った逸材ではあるけど、それが異能によるものだと疑惑を向けられていて、実際、本当に異能によるものだと……そういうことだね?」

「そうなんです。彼と付き合い始めたのは、メジャー移籍が決まった少し前からなんですけど……その時は私、まさか彼が異能者だなんて知らなくて————私は異能者に対して偏見とかは特にないけど、ママが昔から異能者が大っ嫌いで…………」


 舞によれば、正直、野球に興味はないが、異能者であることを除けば早坂は舞にとって最高の男だという。


 メジャーリーガーだから、野球選手だったから好きになったわけではなく、雑誌の撮影でメイクを担当した時、彼の気さくな人柄に惹かれたというのが一番の理由だ。

 男性が苦手だった舞の心にすっと入ってきて、爽やかで、優しくて、下心が全く見えないのだという。


「異能者だって知っていても、好きになっていたと思います。でも、結婚となるとやっぱりママが問題で————」

「なるほど……」


 スクープ写真まで撮られてしまったため、親に紹介しないわけにもいかなくなった。


「異能者を嫌う、偏見を持っている人間がいるのは、仕方がないことだね。日本人なら誰でも異能の遺伝子を持って生まれているが、それが目覚めているかいないかの違いなだけではあるけど、目覚めていない者からしたら、理解するのは難しい。兜森くんのように死を前に目覚める者もいれば、自分の意思で真日本人教の門を叩く者もいるわけだし……」

「彼は、悩んでいたそうです。プロになりはしたけど、二年間成績があまり良くなくて……このままだと戦力外通告っていうんですか? そういうのでクビになる可能性があるって、不安になっていた時に真日本人教と出会ったそうです。もし、自分に何か異能が目覚めたら、変われるかもしれないと……藁にもすがる思いだったって————」


 そこで目覚めたのが、野球選手としては最高の異能だった。

 投げる球が異常に速く、コントロールも抜群。

 キャッチャーの構えたところにズドンと決まる。

 公式の記録では171kmが最速となっているが、本気を出せば200kmまで投げることができるそうだ。


「悪いことに異能を使っているわけじゃないんです。でも、ママはどうしても異能者イコール危険な物という認識のようで……」

「うーん、なぜこそこまで? 過去に異能者との間で何かあったのかい?」

「それが、よくわからないんです。理由を聞こうとしたことは何度かありました。でも、異能とか真日本人教の言葉を出すだけでも拒否されて……」

「俺もそれが気になって、父に聞いてみた事があります。でも、父と再婚する前の出来事のようで、詳しくは父も知らないと言っていました」


 いつから嫌っていたか、舞は記憶にない。

 御船百合子がテレビにで始めたのは平成十年。

 二十五年前のことで、舞が一歳の頃。

 物心ついた時にはすでに嫌っていたような気もしている。


「そこまで嫌っているなら、もしかして異能者に何かされたんじゃないかな? 何か事件の記録に残っていないか、調べてみよう。お母さんの名前は?」


 千はパソコンを立ち上げると、警視庁のデータベースにアクセスした。

 名前を検索すれば、過去の事件が引っかかるかもしれないかと思ったからだ。


美香子みかこです。今は兜森美香子で……旧姓は麹屋こうじや

「麹屋……? 珍しい名前だね」

「父と結婚していた頃は、薬師丸やくしまるでした」

「そりゃまた珍しい!!」


 まさかの両手人差し指入力で、千はまず『麹屋美香子』で検索をかけると、過去の事件が出て来た。

 それは平成七年に都内の高校で起こった集団暴行による殺人事件。

 野球部の一人・矢手内やてない夏生なつおの変死体が見つかり

 警察が調査したところ、一部野球部員たちが部室で飲酒、喫煙、薬物使用をしていたことが発覚。

 矢手内は薬物により意識が混濁していたところを、暴行され、死に至ったとされている。


 事件の後、決まっていた甲子園出場が取り消しになり、野球部は廃部。

 麹屋美香子の名前がその調書の中にあるのは、当時、死亡した矢手内と交際していた為だった。

 彼女は喫煙も飲酒も、薬物も使用していないものの、嫌疑をかけられた時点で内定していた女子バレー日本代表から外されてしまう。


「……麹屋美香子さんは取り調べを担当した刑事に証言しているね————『矢手内を殺したのは、チームメイトの野球部員ではなく野球部OBの大学生だ』と」


 最初に薬を持ち込んだのは、その大学生だと麹屋美香子は訴えた。

 しかし、その大学生のことを覚えているのは、麹屋美香子ただ一人。

 他の部員や生徒たちに尋ねたが、彼らは皆、その大学生のことは知らないと言った。


「麹屋美香子さんは、こうも話してる。『あいつはどんな場所にでも隙間さえあれば自由に侵入できる男で、自分を異能者だと言っていた』と」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る