第39話 金メダリスト殺人事件
金メダリスト殺人事件。
のちにそう称された事件が起きたのは、平成三十五年十一月二十一日火曜日のことだった。
前回の冬のオリンピックにて、日本女子初の5回転ジャンプを武器に金メダルを獲得したフィギュアスケーター・
NHK杯の練習で貸切にしていたスケートリンクに時間になっても現れず、コーチが自宅マンションを尋ねると、部屋の中が荒らされていて、床に氷上の遺体が転がっていた。
暖炉横の白壁に大きく『異能者に大会資格なし』と書かれている。
「うわぁ……これはひどいっスね! ってか、タワマンなのに暖炉!? 珍しい!!」
鳥町は現場についてすぐに壁に書かれている文字を確認。
「最上階の住人限定のオプションだそうです」
「へぇ、そんなのあるスか!! 知らなかった!!」
ここは20畳の広いリビングが売りの3LDK。
床は白い大理石、壁紙の色も白で、東京の街を一望できる超高層マンションの最上階。
殺人事件なんて起こらなければ、きっとモデルルームのように綺麗な部屋だったに違いない。
それが、壁には血文字と飛び散った血痕。
観葉植物や棚が倒れ、ガードしようと手に取ったのだろうクッションは裂けて中に入っていた羽毛が散乱。
床の血だまりの中にいくつも落ちて、固まっている。
「遺体の状況、それと目撃証言によりますと殺されたのは昨夜の10時から深夜1時……死因はこの血痕の量から見てわかるとおりおそらく失血死です。手や腕に防御創もありますし、複数箇所刺されていて————部屋もこの状態なのでおそらく犯人と争った末に刺殺されたのだと思います」
「悲惨な殺人現場って感じっスけど、これのどこに犯人が異能者の可能性があるんスか? 被害者はアスリートとはいえ、小柄な女性だし、異能者じゃなくても可能じゃないっスか?」
茶木から状況を聞いて、鳥町は首を傾げた。
氷上が異能者だというのは、この犯人が残した血文字でわかるが、犯人が異能者である可能性を主張する理由がわからない。
「それが、スポーツ庁とマスコミ各社に届いてたんです。『異能者であることを認めてメダルの返還と謝罪をしなければ金メダリストを殺す』と脅迫文が……異能者を大会に出場させたことに対する抗議文と一緒に……例の、最近テレビで話題になってる八咫烏っていう異能者集団のテロ組織から」
「……八咫烏から!?」
「この現場の他にも、二件同様の事件が起きてます。卓球で世界ランキング1位の中国選手を破ってアジア大会で金メダルを取った
三名とも金メダリストということもあって、セキュリティのしっかりした高級マンションで暮らしていた。
防犯カメラの映像を確認したが、事件があったと思われる時刻に怪しい人物も映っていないし、深夜ということもあり目撃情報も今の所ない。
事件が起きた部屋の隣や下の階の住人などに何か物音や声を聞いていないか尋ねても、高級マンションということで防音対策もしっかりしていることが仇となっていた。
「三人ともリビングで亡くなっているので、顔見知りの犯行である可能性もあるんですが……八咫烏の名前が出てきたので、捜査協力をお願いしたいんです」
「なるほど、了解っス。じゃぁまず、その送られてきた脅迫文と抗議文。それから、鑑識の結果をできるだけ早くください。特に、血痕が玄関に残っているかどうかは最優先で」
「玄関に……?」
「この被害者の部屋は、タワマンの最上階。でも、荒らされているのはリビングだけで、他の部屋には見た感じ血痕がありません。犯人はこれだけ大量の血を浴びているのに、血が乾くまで待った……とは思えないし、凶器のサバイバルナイフは遺体に刺さったまま。凶器からは指紋も検出されてないっスよね?」
「え……はい。出てないです。拭き取られたようで————」
鳥町の言うとおり、リビング以外の部屋には見たところ血痕や争ったような形跡がない。
一続きになっているキッチンのシンクで血を洗い流した可能性もあるが、見た目だけではわからなかった。
「あと、他の現場の窓は開いていたかどうかも……」
「え?」
「ここは開いてるっスよね? クレセントが下がってるし」
リビングの大きな窓は、バルコニーに続いている。
「防犯カメラに怪しい人物が映っていないのなら、玄関じゃなくて、開いている窓から侵入したと考えるのが普通っスよね?」
「いや、でも、ここはタワマンの最上階ですよ? どうやって入るんですか?」
「異能者でも、異能者じゃなくても方法は色々あるっスよ。屋上からワイヤーでベランダに降りたとか……まぁ、八咫烏が絡んでるなら異能を使ったんでしょうけど…………まずは相手がどんな異能を持っているか、確かめないことには対応のしようがないっス」
鳥町の推理は正しかった。
鑑識が隅々まで調べたが、血痕が出たのはリビング、ダイニングキッチン。
シンクにも微量に残っていて、バルコニーにも少し。
それぞれの現場の第一発見者たちの証言によると、三つの現場とも玄関には鍵がかかっていたが窓は開いていた。
それに魚住の遺体はリビングから廊下へ出る扉の前に倒れていて、内開きのドアだったため少ししか開けることができなかったそうだ。
どの現場も犯人は窓から逃げたのだろう。
だから、防犯カメラにはその姿は映っていない。
ロープやワイヤーなどを使って降りた形跡はないが、その代わりに奇妙な場所に
マンションの外壁に、くっきりと、足跡が残っていた。
まるで、壁の上を裸足で歩いたかのような、奇妙な足跡が————
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます