第38話 最高の異能


 早板は七年前、高卒でドラフト8位で巨人に外野手として入団。

 しかし、最初の二年間の成績はあまり良くなく、そのほとんどを二軍で過ごしていた。

 このままでは、プロ野球選手としてやって行くのは難しいと言われていた三年目、その才能が突如開花する。

 センターを守っていた彼は、あと1mでホームランという犠牲フライをキャッチし、そのままバックホーム。

 見事にキャッチャーのミットのど真ん中に豪速球が入る。


 これまで、肩の強い選手はいたが、ここまで正確に投げた選手はいない。

 しかも、彼はそれはを一ヶ月で三度成し遂げた。

 コントロールも速さも、普通ではない。

 その活躍から、五月には一軍へ。


 一軍の選手でも打つのが難しい160km越えの投手からホームランを打った。


「試しに、投手やってみるか?」


 監督が冗談でそう言って、その年の消化試合で彼はマウンドに上がる。

 そこで日本人最速となる170kmのストレートを投げた。

 ノーヒットノーランを達成。

 消化試合とはいえ、相手はリーグ優勝を決めたチームだった。

 四年目からは、投手に転向し、ノーヒットノーランを三回。

 23試合に出場し、負けたのは3試合のみという驚異の成績を叩き出し、今年から活躍の場をメジャーリーグに移した。


 新人王とMVPの両方を獲得し、しかも、顔もイケメンということで話題の彼であったが、それが異能によるものなのではないか……という、疑惑が出る。

 日本人特有である異能の存在は、世界情勢に詳しい一部の人間や都市伝説好きの人間であれば周知の事実。

 しかし、二十五年前の御船百合子たち真日本人教のことは、今のようにインターネットがここまで発展しておらず、他国の国民全員が知っていることではなかった。

 各国政府の上層部と日本という極東の島国に興味を持った一部の外国人が、異能欲しさに真日本人教の門を叩く程度の認知度。


 それが、この一件で世界中に広まったのだ。

 オリンピックで驚異的な記録を出した金メダリストや、それまで全く無名だったが突然現れて世界大会で新記録を樹立した選手にも同じような疑惑が……

 異能者が試合に出るのは、公平性に欠けるのではないか————そんな議論がされるようになっていた。

 これは薬で運動機能を高めるのと同じではないか……そんな話も出ている。


 早板はその疑惑の渦中の人物で、なおかつ試合が終わって帰国している現在、恋人である舞との熱愛報道まで出ている。


「新人王を獲ったら、プロポーズするって言われて……それで、マジで新人王獲っちゃったし、しかもMVPまで。ほら、パパは野球好きだし、絶対気に入ってくれると思ってたんだけど……異能者だったのよ」

「————それじゃぁ、この疑惑は本当なのか?」

「うん。彼はね、二年目のシーズンが終わった後、真日本人教に入って、異能に目覚めたの。投げる球が超速くて、コントロールも抜群っていう、野球選手としては最高の異能よ」


 異能者は、自分の異能を自由に選ぶことができない。

 そう考えると、早板はとんでもない幸運の持ち主であるが、それと同時に異能者であることが彼の今後の野球選手としての人生を潰すかもしれなかった。


「どうしたらいいか本当にわからなくて……お兄ちゃん、異能者相手に仕事してるんでしょう? 誰かいない? 異能について詳しい人……————記者に目をつけられてる私が、真日本人教に行くわけにも行かないしさ」

「いるにはいるが……」


 兜森は悩んだ末、千に連絡する。

 すると、明日にでも舞を連れて本庁においでと言われた。



 *



「ひゃぁ……!! 兜森さんの妹さんっスか!? めっちゃ美人」


 翌日、鳥町は出勤するなり舞の顔をまじまじと見つめる。

 舞は一般人ではあるが、芸能人と接触することの多いメークアップアーティストだ。

 芸能人と遜色ないほどの美人である。


「————ぜんっぜん兜森さんとは顔が似てないっスね!」

「でしょう? よく言われるわ」

「おい、どういう意味だ」


 血は繋がっていないのだから、顔が似ていないのは当たり前のことなのだが、そういう言い方をされると、兜森の顔が不細工だと言われているような気がする。


(本当に失礼極まりない女だな……こいつ……!)


「その通りですけど……兜森さんっていうより、どっちかというとあーしの親友に似てる気がします」

「お前の親友なんて、誰が知ってるんだよ。例えるなら芸能人とかにしろ」

「ええ!? そんなこと言われても、あーし芸能人とかあんま知らないっス」

「まぁまぁ、誰に似てるなんてそんな不毛な話どうでもいいわ。私は私だから」

「ほぉ……自信家なんですねぇ」

「それにしても、こんな若い刑事さんがいるのね……そっちの方が驚きなんだけど」

「いや、そいつお前と一つしか変わらないぞ?」

「えっ!?」


 今度は舞の方がまじまじと鳥町の顔を見る。

 どう見てもつい最近まで大学生だったようにしか見えないが、二十五歳と二十六歳。


「いくつ……?」

「二十五歳になったばっかりっス」

「に……二十五!? これで!?」


 スーツを着ていなかったら、高校生に間違われてもおかしくない。


「あと、警部な。俺より階級上だ。こんなんでも」

「警部!?」

「ちょっと、兜森さん!! こんなんってなんスか!? 失礼な!!」


 職業上スキンケアには力を入れている舞だったが、とても信じられず開いた口が塞がらなかった。

 確かに、あまり化粧をしていない方が肌に負担がかかっていなくて良い場合もあるが————

 つい気になって鳥町の頬をなんどもツンツンしてしまう舞。


「なにこの肌……どうなってんの!?」


 どんどん話が逸れて行く。

 そこへ、なにも知らずに飛び込んで来た茶木。


「————すみません! あの、お取り込み中のところ失礼します!!」

「茶木刑事? どうしたんスか? なんか事件でもありました?」


 茶木はとても慌てている様子で、どこから走って来たのか息も上がっているし、あせもかいていた。


「殺しです!! 現場に犯人が残した犯行声明が残されていて————被害者も犯人も、両方異能者の可能性が高いんです。一緒に現場に来てくれませんか!?」


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