Case4 青春小学校女児連続失踪事件

第28話 平成十八年六月二日金曜日


 平成十八年六月二日金曜日。

 青春あおはる小学校ではこの日、授業参観が行われていた。

 二年三組の教室の後ろに立つ、二十代から三十代前半の若い母親と数人の父親。

 皆が両親のどちらか、または両方が我が子の様子を見に来ているにも関わらず、鳥町璃子の保護者は家政婦の美田園だった。

 血の繋がった家族でもなく、そして、他の保護者たちよりは一世代上の美田園は、はっきり言って浮いている。

 児童たちもそれをわかっていて、ひそひそと小声で言うのだ。


「璃子ちゃんのばあやが来てる」

「璃子ちゃんのパパとママ、また来てないんだね」

「参観日なのに、ママがきてないなんてかわいそう」


 両親が忙しいことは、璃子も理解しているし、納得もしている。

 誰もきてくれないわけじゃない。

 美田園がいる。

 璃子は父と母と一緒にいる時間より、美田園と過ごした時間の方がずっと長い。

 しかし、同級生たちは、それはおかしいと、かわいそうだと口にしながら、璃子を見下していた。

 彼らの親もそうだ。

 参観日にもPTAの集まりにも一切顔を出さない。

 両親ともに仕事に忙しいく、また、家政婦を雇えるほど裕福な家の子供であるということに、嫉妬もあったのだろう。


「璃子ちゃんのパパとママは、子供の面倒を全部家政婦に任せている。ダメな親だ」

「あんな親の子供でかわいそう」

「いつも一人で、かわいそう」


 かわいそう。

 かわいそう。

 口ではそう言いながら、何もしない。

 ただ、面白がっていた。

 話題にするのを。

 両親に対する偏見と悪口。

 子供は親の真似をする。


 鳥町璃子には、友達と呼べる人間が一人もいなかった。

 かわいそうと哀れんで、見下されている。

 自分が普通の家の、普通の子供とは違うのだと実感するのには十分だった。

 みんなとは違う。

 かわいそうな子。

 両親から愛されていない。

 かわいそうな子。

 普通じゃないから。

 ママとパパだって、あの子の悪口を言っていたから。


 一年生の頃は、そんなことは気にもしなかったが、二年生になるといつの間にか璃子はクラスのみんなからいじめの対象になっていた。

 本人の見ているところで、わざと聞こえるように「かわいそうな子」と嘲笑われる。

 お金持ちの子供なんだから、いくらでも手に入るだろうとお気に入りの消しゴムや鉛筆、下敷きを盗まれたり、教科書に落書きをされたり、破かれたり、上履きを隠されたり……

 少しずつ、確実に、それは璃子の心を蝕んでいく。


 自分がいじめにあっている自覚はあった。

 一度、担任の九条くじょう京子きょうこに助けを求めようとしたが、彼女はいじめをしていた児童たちと璃子をクラスのみんなの前で握手をさせ「はい、これで仲直り」と、形だけの意味不明な対応をされた。

 九条は教師になって今年で十年目。

 一度も受け持ったクラスでいじめがなかった事を誇りに思っているが、実際は見てみないふりをし続けていただけの偽善者だった。


 この無意味な仲直りのせいで、むしろ璃子に対するいじめはエスカレート。

 教師に期待しても、何も改善されないのだと悟った璃子は、学校に行くのが次第に億劫になってくる。

 ついに璃子は学校に行きたくないと、珍しく家にいた父に訴えたが、父はそれを良しとしなかった。


「そんな程度のことで、学校を休むな」


 いじめぐらいで————と、はっきりそう言ったのだ。

 自分も子供の頃、同じようなことがあったが、我慢して毎日学校へ通ったと。

 それならせめて、一度だけでもいいから参観日に来て欲しいと頼んでも、結局仕事を理由に、この日も璃子の保護者は美田園だけ。

 父も母も、自分には関心がないのではないか。

 本当に、自分はかわいそうな子供なんだと、まったく頭に入らない授業をやり過ごし、美田園の運転する車で下校した。

 車に乗り込む時、「あんな高級車で学校に来るなんて……しかも、家政婦でしょう?」と誰かの親が言っていた羨望の言葉も、璃子には悪口を言われているようにしか感じなかった。


「————お嬢様、学校は楽しいですか?」

「……なにそれ、ばあや、ヒニクってやつ?」

「いえ、そういうわけでは……お嬢様がお辛いなら、私の方からお祖父じい様にお話ししましょうか?」

「……お祖父様だって、どうせパパと同じ考えでしょ? そっくりだもん。いつもそう」

「そうですか……?」

「…………」


 璃子はそれから、次に美田園が話しかけるまで一言も言葉を発しなかった。

 ただ、車窓から青空を眺めているだけ。

 けれど隣の車線を走る引越し業者の大きなトラックに遮られて、何も見えなくなる。


「お嬢様、駄菓子屋さんにでも寄りましょうか?」

「……うん」


 昔からある老舗の駄菓子屋。

 両親は駄菓子なんて体に悪いと言うが、美田園はいつもこっそり、機嫌の悪い璃子のために寄ってくれていた。

 隣にできた新しいパン屋の駐車場に車を停め、後部座席のドアを開けたところで、美田園の携帯に着信が入る。


「お嬢様、先にお入りになって、好きなものを選んでいてください」

「わかった」


 璃子は車を降りて、一人で駄菓子屋の中に入った。

 小さなプラスティックのカゴを持ち、お菓子を物色していた璃子が当たり付きのグミを手に取ろうとしたその時だ。


 璃子が乗って来た車の隣に停まっていた乗用車が、駄菓子屋の店舗に勢いよく突っ込む。

 高齢ドライバーが、ブレーキとアクセルを踏み間違えたのだ。

 大きな音を立てて窓ガラスが割れ、車体に押された陳列棚と棚の間に璃子は体を挟まれそうになる。

 反射的に、それを防ごうと手を前に出した。


 それは本当に一瞬の出来事で、悲鳴すら上がらなかった。

 自分を押しつぶそうと迫る棚に手が触れた瞬間、棚だけが消えて、床に駄菓子が散乱。


「え……?」


 何が起きたかなんて、この時は理解できなかった。

 目の前にあったものが、触れたはずの棚が、目の前から消えたのだ。


「お嬢様!? 大丈夫ですか!?」


 これが、鳥町璃子が異能に目覚めた瞬間である————


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