第29話 みんなとは違う


 高齢者ドライバーによる、誤操作による事故。

 事故に巻き込まれた被害者として、璃子は病院に運ばれたものの、かすり傷程度しか怪我をしていなかったのだが、大事をとって数日入院することになった。


 その頃、現場検証を行った警察は首をひねる。

 店主の話によると、陳列棚が一つ丸ごと消えているのだという。

 事故のどさくさに紛れて盗難にあったのかとも思ったが、陳列棚なんて盗んで何になるのか、さっぱりわからなかった。


 ところが、璃子の入院中の病院で同じように奇妙な盗難事件が起こる。

 点滴スタンド、子供用のスリッパ、ベッドを仕切るカーテン、入院食の器とスプーン、自動販売機一台、トイレの壁に設置してあったウォシュレットのリモコンなどなど、色々なものが少しずつ消えていた。

 璃子自身も、なぜか自分の触れたものがどこかに消えてしまうことに、違和感を覚える。

 最初は、気のせいだと思いたかった。

 ただでさえ、普通ではない扱いを周りから受けているのに、こんな奇妙なことが起きているなんて、口にすることはできない。


 また入院中は朝昼晩としっかり食事をとり、さらに間食でおやつも食べているはずなのに、なぜかお腹がすいて仕方がない日もあった。

 水を飲んでも飲んでも満足できない日もあったのだが、看護師に不審がられていることに気がついて、我慢した。


「お嬢様……? 顔色が優れませんが……どこか具合が悪いのでは?」

「平気よ。入院が退屈なだけ」


 これらは全て、璃子が目覚めた異能によるもの。

 まだ自分が異能に目覚めたことに気がついていない璃子はもちろん、医師も看護師も、ずっとそばにいた美田園でさえ気づかなかった。

 璃子は異能のコントロールができておらず、触れたもの、口にしたものを不規則に異次元空間に収納し続けていたのだ。

 しかし、やがて限界がくる。


 退院の前日、璃子は全てを吐き出した。


 病室いっぱいに、これまで盗難にあっていたと思われていた点滴スタンドや自動販売機、水、二日前の病院食、駄菓子屋の陳列棚まで全部、ありとあらゆるものを口から文字通り吐き出したのだ。

 璃子の口から、ありえない量のものが次々と出てくる。


 もう一度様々な検査を行った結果、医師は璃子を異能者の可能性が高いと言ったのだ。

 この頃、異能者について一番詳しいのは、真日本人教のみ。

 今よりもずっとマイノリティな存在だった。

 璃子の両親は、真日本人教に璃子の異能について調査を依頼する。

 両親は真日本人教の信者ではなかったが、真日本人教の施設がこの日本で一番異能に関する知識が豊富にあったためだ。


 そうして、一週間ほど璃子は真日本人教に預けられる。

 そこで判明したのが、璃子にはものを異次元に収納し、自由に取り出せる異能があるということだった。

 だが、その容量は無限ではない。

 容量を超えた場合、それまでに収納したものを全て口から吐き出してしまうという欠陥があった。

 また、さらにもう一つ。

 異次元に収納されたものを取り出せるには、何が収納されているか本人が覚えていなければならないということが判明する。


 異能に目覚めたばかり、それもまだ小学二年生という幼い璃子が、自由に異能を使いこなせるようになるには相当な時間を要する。

 コントロールできるようになるまでは、不規則に意識せず異次元にものを収納してしまうため、食事も異次元に収納されてしまうことがある。

 食べても食べても、空腹感を得られないのは、そのせいだった。

 いつ何を収納するかわからないため、璃子は自宅から出ることを禁じられる。


 それから三ヶ月ほど経ち、出し入れがある程度自分の意思でできるようになってからやっと学校に戻ると、璃子の机の上には菊の花が一輪、小さな花瓶に活けられ、置かれていた。


「あ、璃子ちゃん来たの?」

「ずっと来ないから、死んだと思ってた」

「あはははは」

「もう来なくていいのにね」


 また、いじめが始まるのかと思うと、璃子は死にたくてたまらなくなった。

 ただでさえ普通ではない、みんなとは違うからという理由でいじめにあっているのに、異能者だと知られたら、今よりひどい目にあうに違いないと思った。


(どうしてみんなと違うんだろう……違うことの何が悪いんだろう。こんな変な力なんて、何の役にも立たないのに————あ……でも……)


 それと同時に、頭をよぎったのが、クラスメイト全員を異次元に収納すること。

 もうこいつらの顔を視界に入れるのも嫌になっていた。

 忘れてしまえば、取り出すこともできない。

 生きた人間を収納したことは、一度もない。


(異次元の中は、どうなっているのだろう……誰か確認して来てくれないだろうか)


 そんな危険な想像に取り憑かれていた時、教室に入って来た見知らぬ男子と目が合った。


(……だれ? このクラスの生徒じゃない……よね?)


「君の方こそ誰? 僕はこの学校に転入してから、一度も君を見たことがないけど……」


(え……?)


 その見知らぬ男子こそ、璃子が入院している間にこの二年三組に転入して来た御船みふね聖典せいてんだった————




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