第30話 僕が守ってあげるから


 御船聖典は、とにかく女子からモテていた。

 顔が小学生にしてはもう出来上がっていて、完全な美少年。

 その上、運動神経もよくて運動会のかけっこでもぶっちぎりの一位。

 クラス対抗のドッヂボールをやらせれば、大活躍。

 音楽の授業では、歌も上手いし、ピアノも習っているらしく担任の九条よりも上手い。

 勉強もできて、女子にも男子にもみんなに優しい。

 聖典にできないことなど何もない。

 璃子がいない間、璃子をいじめていたクラスメイトの女児たちは、聖典を自分の彼氏にしようと必死だった。


 そんなこととは全く知らない璃子は、ただ単純に、目の前の美少年の存在を知らなかっただけ。

 誰だろうと思っただけだった。


「……あ、もしかして、この席の?」

「うん、そうだけど……」

「そうか、初めまして。僕は御船聖典。六月からこの学校に転校して来たんだ。よろしくね」

「よ……よろしく」


(転校生……? そうか、それなら知らなくても当然か)


「病気で休んでるって先生が言っていたけど、治ったの?」

「う、うん」


(病気か……確かに、異能なんて病気と同じだよね。こんなの……)


「え……?」


 璃子はただ聞かれたことに「うん」と答えただけなのに、なぜか聖典はとても驚いたような表情で目を見開いている。

 自分が何かしただろうかと、璃子は不安になったが、何もしていない。

 聖典の反応の意味がわからなくて、ただ戸惑った。


「そっか。そうか……君も、そうなんだね」

「……え? 何が?」


 しかし、聖典はニコニコと微笑んで、璃子の手を取った。


「僕もなんだ。よかった。ここには誰もいないと思っていたから……あえて嬉しいよ」

「え? え?」

「ところで、君の名前は?」

「と……鳥町璃子」

「璃子ちゃん! 可愛い名前だね」


(何? 何が起きてるの?)


 聖典は璃子が気に入ったようで、笑顔のまま机の上の菊の花を掴んで、その花を置いた犯人であるいじめの主犯格で、聖典に恋する女児の一人・部佐ぶさ郁音いくねに投げつける。

 花瓶に入っていた雑巾を絞った水が、他の児童より大きいだけで、美少女とは程遠い顔の郁音にかかる。


「せ……聖典くん?」


 郁音は何が起きたかわからず、聖典の方を見るが……


「僕ね、いじめなんてくだらないことをする人間は大っ嫌いなんだ。璃子ちゃん、君は特別だから、みんなから妬まれているんだね。わかるよ、その気持ち……」


 聖典は、クラス全員が見ている前で璃子の頬にキスをした。


「大丈夫。これからは、僕が守ってあげるから」




 *



 それからどういうわけか、本当に璃子に対するいじめはなくなった。

 それどころか、今まで璃子をいじめていた児童全員が泣きながらこれまで璃子にした行為を土下座して謝ったのだ。

 本当に心の底から後悔しているという感じがして、璃子はその謝罪を受け入れた。

 それでこれまでされて来たことがなかったことになるわけではないけれど、三年生になればクラス替えがある。

 気まずさは残っているが、新しいクラスになれば、新しい友達ができるだろうと思った。


「璃子ちゃん、一緒に帰ろう」

「う、うん……」


 そして、聖典は璃子がうんざりするくらい、校内でも郊外でも一緒にいようとしてくる。

 家も近所であることから、登下校で聖典と一緒になることは不自然なことではない。

 けれど、席替えをしたら必ず聖典の隣になり、体育や学芸会などで何人かのグループを作るとき、聖典は一番最初に必ず璃子を選んでいた。

 女子たちは何も言わなかったが、時折、刺さるような視線を感じることもある。

 璃子は、クラスのいじめられっ子から、急にお姫様扱いになっているこの状況が理解できなかった。


「もう直ぐ二年生が終わるね、璃子ちゃん」

「そうだね」

「三年生になっても、同じクラスになれるといいなぁ……まぁ、なれるだろうけど」

「え? どうして?」


 二人が同じクラスになれる確率は、4分の1だ。

 どういう基準でクラスを分けるのかわからないが、確率的にはそこまで高いものではない。


「だって、九条先生の秘密を知っているから」


(秘密……?)


 二月の中旬、いつもの帰り道。


「うん。先生の秘密をみんなにバラすって言えば、簡単に同じクラスになれるよ」


 聖典は璃子に、とても無邪気で子供らしい笑顔を浮かべてそう言った。


「僕はこれからも璃子ちゃんとずーっと一緒にいたいし、その方がいいよね? 璃子ちゃんも、そう思うでしょ……?」

「え……? それは……」


(なんだろう……今の……ちょっと怖かった)


「ええ、怖くなんてないよ。大丈夫だよ? 僕が璃子ちゃんを守ってあげるんだから」

「え……?」


 今、璃子は「怖い」と口に出して言っていない。

 それなのに、聖典は「怖くない」と言った。


(そう言えば……何度も、こういうことが……————もしかして……)


 璃子はその時、初めてその違和感に気がついた。

 初めて聖典に会ったあの日も、今日と同じように、璃子が口に出していないのに、聖典は……


(人の心がわかるの……?)


「そうだよ。やっと気づいたの? 璃子ちゃん」

「……!?」


 璃子は思わず、自分の口を押さえた。

 気づかない間に、声に出してしまっているのではないかと、反射的に。


 しかし、聖典は笑顔のまま告げる。


「僕も異能者なんだ。このことは、二人だけの秘密だよ?」




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