第31話 二人だけの秘密
聖典は、自分の祖母があの有名な異能者・御船百合子であるとこを、璃子に話した。
異能に目覚め、真日本人教の施設に一週間預けられ、空から定期的に訓練のために信者の幹部が様子を見にくるということはあったが、璃子は一度も百合子自身に直接会ったことはない。
テレビに出ているのをたまに見たことがあったり、施設内に飾られていた写真や肖像画で見たくらいだった。
通常であれば、異能に目覚めていない状態で真日本人教の信者となり、その後、百合子の異能で異能に目覚めるか、付与される。
そうした中で、霊視以外の特殊な異能に目覚めた者だけが施設で訓練を受ける————という仕組みになっていた。
璃子は百合子から異能を目覚めさせられたわけでもなく、自ら目覚めたためその部分は飛ばされ、施設に入っている。
それまで真日本人教にも異能にも関わりがなかった璃子でさえ、御船百合子の名前は知っていた。
「それじゃぁ、お祖母さんに聖典も異能をもらったの?」
「いや、違うよ。真日本人教はね、子供に異能は付与させない決まりになっているんだ。確か、高校生くらいにならないとダメなんだよ」
「どうして……?」
「よくわからないけど、子供のうちから異能が使えると、自分自身が異能のせいで死んじゃう可能性があるんだって……あとは、まだゼンアクっていうのが子供じゃ判断できないから————って言ってたかな?」
「そうなんだ……」
(ゼンアクってなんだろう……?)
「僕も知らない。だからね、僕の周りには大人の異能者はいるけど、同じ子供の異能者っていないんだ。璃子ちゃんだけだよ。僕はそれが嬉しかった」
聖典はぎゅっと璃子にハグをする。
すれ違った通行人たちは、可愛らしい子供同士のカップルにしか見えなかっただろう。
けれど、同時に彼は小声で璃子にだけ聞こえるように小声で言ったのだ。
「僕が異能者だってことは、二人だけの秘密だよ? お祖母ちゃんにも、パパとママにも、このことは話してないんだ」
「え……? どうして?」
「だって、僕のこの異能が知られたら、大変だもん。僕は人の心が読めるから……色んな人の、色んな秘密を知ってるから」
「色んな秘密?」
「うん。だから、隠さなきゃ。もう少し大人になるまで」
璃子は、聖典の言っている意味がわからなかった。
秘密を知っていることを、どうして隠さなければならないのか……
ついさっき、九条の秘密をバラされたくなければ————と、脅すようなことを言っていたのに、どうして、家族にもその異能を隠しているのかわからない。
「璃子ちゃんだって、学校じゃ異能のことを秘密にしてるでしょう?」
「うん。そうした方がいいって、パパが……アクヨーされたら困るって……」
「僕が隠しているのも、同じ理由だよ。僕の異能のこと、大人が知ったら、きっと悪いことに僕の異能を使おうとする。だから、誰にも言ってない」
「それじゃぁ、なんで、私には話したの?」
「そんなの、璃子ちゃんが好きだからだよ」
聖典は、こういうことをすぐ口にするタイプだった。
嫌いなものは嫌い、好きなものは好き。
そして、自分が損をするような発言は決してしない。
まだ小学二年生の子供だが、他人の心が読める聖典は誰よりも大人びていて、こう言われたら喜ばれるというポイントを把握している。
実はこの日まで璃子は聖典に対して、心を開いていなかった。
理由のわからない、一方的な好意を不思議に思うだけで、ただ聖典がついてくるから一緒にいるだけ。
ところが秘密を共有されたことにより、璃子は聖典を受け入れることになる。
聖典にはいつでも、なんでも、すべて話した。
話さなくても聖典にはすべてわかっていたけれど、それまで我慢して、ずっと抑えていたものを言葉にしただけで、璃子の心は軽くなる。
両親に対する不満。
他の子の親は、こうなのに。
いつもそばにいて欲しい時、そばにいてくれない。
仕事が忙しいという理由で、何度も約束をなかったことにされたこと。
本当はずっと一緒にいたい。
毎日そばにいて欲しい。
美田園は嫌いじゃないけど、やっぱり、本当のパパとママに、他の子達と同じように遊んでもらいたい。
もっとちゃんと、私を見ていて欲しい。
聖典はうなづきながら、璃子の話を聞いて共感し、その上、こうしたらどうかと璃子には思いつかなかったような提案までしてくれる。
そうして、四月になり三年生になった璃子は、聖典が言った通り同じクラスになった。
三年三組。
担任がまた九条になるのは嫌だと思っていた璃子の願いも叶って、産休に入った九条に代わり、
クラスメイトも、璃子のいじめに加担していた女児たちとは完全に離れることができ、新しい友達も普通にできる。
特に
菜々は年の離れた姉がいて周りの子達より大人びていて、小学生の男子に全く興味がない。
知世はとてもおおらかな性格で、いい意味で何も考えていないため、誰かを羨んだり、妬んだりするような子ではない。
性格は全く違うのだが、璃子とこの三人はとにかく波長が合っていた。
「ねぇ、リコピン! リコピンって、聖典くんと付き合ってるの?」
「……付き合う? 付き合うって何?」
「ともも知らなぁい。つき合うってなぁに?」
「彼氏かどうかって意味で聞いたんだけど……リコピンもともちんも子供ね。そんなことも知らないの?」
「知らなぁい。なっちは物知りだねぇ」
互いをリコピン、なっち、ともちんとあだ名で呼び合う間柄で、聖典との関係も二人は良好。
聖典も、「あの二人は優しいから、璃子ちゃんを安心して預けられる」なんて言うくらいだった。
しかし、三年生になって最初の参観日が近づいた頃、璃子は不安に襲われる。
去年のように、「璃子ちゃんのママだけ来てない。かわいそうだ」と、言われるのではないかと……————
(もし、そうなったら、また、同じことが繰り返されてしまったらどうしよう)
聖典は璃子のその不安にいち早く気がついて、こう提案した。
「そんなに不安なら、パパとママをしまえばいいじゃない」
「しまう……?」
「うん。しまっちゃえばいいんだよ。参観日の時に取り出せばいいじゃん」
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