第61話 親友


 面通しを終え、舞が病院に運ばれたことに気がついた兜森は美香子をタクシーで病院に向かわせ、そのまま足壁の取り調べの続きをするはずだった。

 しかし、足壁は何を言われても黙秘を貫き、苛立ちだけが募る。

 髪を本当に水に変えてやろうかと思った兜森だったが、そこへ慌ただしく捜査一課の刑事たちがやってきて、取調室を使うから出て行くように言われてしまう。

 次々と捕まった同じ顔の強盗犯の取り調べに使うためだ。


 仕方なく足壁を留置所に戻した後、千は兜森にしばらく休むように言った。


「家庭の事情を仕事に持ち越すのはいけないけれど、君にとってショックな出来事だったことには間違いないだろう? あとは鳥町くんと僕でどうにかするから……運転も控えた方がいいね。今日はタクシーで帰った方がいい」

「……はい」


 美香子の前では気丈に振る舞っていたが、千の目には兜森の様子がおかしいことは明らかだった。

 兜森の家庭の事情まで、流石に千も把握してはいない。

 だが、複雑な状況になっているということはわかる。


 平成十九年の青春小学校女児連続失踪事件のことは、千もよく覚えていた。

 小間瀬警視総監とは彼女が警察官になりたての頃、現場研修でコンビを組まされていた時期があったし、娘があんな殺され方をされたのだ。

 首から上しか残っていない遺体は、とても直視できるものではなく、葬儀場で泣いていた彼女の姿は、今でも忘れられない。

 コンビを組んでいた頃の彼女はその名前の通り聡明で、男社会の中で生きていることもあって、強い女という印象だった。

 キャリア組なのだから、問題を起こすなとハラハラしていた当時の課長の命令をまるっきり無視して、自ら危険な現場に率先して行くようなこともあった。

 ある意味、男より男らしい……

 そんな彼女が、あんなにボロボロになって泣いていたのだ。


 それからあっという間に女性初の警視総監にまで上り詰め、この《異能》犯罪対策室を立ち上げる。

 異能に目覚めたことを千は家族以外にはほとんど話していなかったのだが、室長に任命された時は本当に驚いたし、さらに驚いたのは鳥町璃子の存在だ。

 亡くなった娘の親友だったと聞いている。

 事件の解決のきっかけになった人物であると……


 その事件で、犯人の弁護をしていたのが喜奥恵。

 勝率9割以上と噂の弁護士だ。

 裁判で死刑も無期懲役でもなく、懲役十五年に減刑させたのはその弁護士のせいだと聞いている。

 その喜奥恵が、兜森の実の母親だなんて……


 おそらく何も知らなかったであろう兜森が、冷静でいられるとは思えない。

 実の母親が、今の母親と妹にとって、憎むべき相手ということになるのだ。


 一人、《異能》犯罪対策室に残った千は、兜森が戻って来た時なんと声をかけるべきかわからず、お茶をすする。


「どれだけ年を取っても、わからないことの方が多すぎるなぁ……人間というやつは、本当に……」




 *





(病院……————いや、俺が行ったところで……)


 千に言われたまま、交通規制のせいで多少時間はかかったがタクシーで自宅までたどり着いた兜森は、ふらふらと自分の部屋に入り、部屋の電気もつけずにベッドに倒れこんだ。

 舞のことは心配だが、自分があの気持ちの悪い弁護士の息子……かもしれないというこの状況で、どんな顔をして会えばいいかわからない。

 鳥町から届いていたLINEでは、舞は過呼吸で運ばれ、現在容体は安定していると書かれていた。

 命に別状はない。


(母親……? あれが? 俺の、本当の?)


 舞が被害にあった青春小学校女児連続失踪事件のことを、スマホで検索すると、兜森は事件の起こった場所を見て納得する。

 あの夏の日、生き霊から出ている糸をたどって、慧留に連れられて行った街の警察署は、捜査本部が設置されていた警察署だった。

 母親はあの時、警察官でも職員でもなく、弁護士として留置所にいた容疑者と面会でもしていたのだろう。

 それなら、見つかるはずがない。


(でも、苗字は……? 確か、中学の時、俺、父さんに聞いたよな……? 再婚した? いつ?)


 喜奥恵弁護士についても、ネットに何か情報がないか調べたが、真日本人教の法務部にいる最強弁護士という誰が書いたかわからないようなまとめサイトくらいしか出てこない。

 何年も前の匿名掲示板がいくつかヒットしたが、喜奥恵という弁護士のせいで裁判にすらならなかったとか、人殺しが死刑にならなかったとか、そういう内容のものもあれば、喜奥弁護士のおかげで助けられたという異能者からの投稿も見つかる。

 異能者からしたら正義だが、被害にあった非異能者からすれば、喜奥恵は悪だった。


(わからん……本当に、あの女が俺の母親なのか……?)


 ネットに上がっているちっとも自分に似ていない恵の写真を父親に見せて確認しようかとも思ったが、これまでのことから察するに、敬もこのことは知らなかったのではないかと兜森は思う。

 敬は舞の事件を知らない。

 舞に事件当時の記憶がないのは、事故にあったということになっている。

 舞自身が忘れていることだ。

 わざわざそれを誰かに話そうなんてしないだろう。


(いつから、弁護士だったんだろう? 父さんとは職場結婚とかだったのか? それとも、離婚した後か?)


 複雑な状況過ぎて頭を抱えていると、スマホにLINEの通知が届く。

 中学からの親友・本堂友哉から『話したいことがある。近いうちに会えないか?』という内容だった。


(本堂……って、今、確か————)


 高校を卒業してすぐに警察官になった兜森と違って、彼は大学を卒業してオカルト雑誌の編集部で記者として働いていた。

 真日本人教や異能者について、いくつも記事を書いている。

 最近は会社を辞めて、フリーのライターとして働きながら、探偵のようなこともしていると言っていたのを兜森は思い出した。


(そうだ。本堂に調べてもらおう……あの女の事————)



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